ep74 ベチャベチャなデイドレス
◇◇
「はぁー、やっと教会の雑務から解放されたよ。」
ややお疲れ気味の表情で、黒い神父服を着たローランがフヨフヨ浮かぶ猫型精霊アルプと一緒に、サロンで寛ぐわたしたちの所へやって来た。
それは顕現祭で飾った冬柊のリースなどは未だ飾り付けた侭の1月6日のコトだった。
2階のプライベートなサロンでは、わたしとデジレとコレット、そしてジェロームが魔道具の暖炉の近くで、紅茶を飲みながら雑談を交わしていた。
12月中旬の後半から、ローランは珍しく大聖堂へ行っていた。そしてジェロームもその手伝いで付いて行き、長らくアーシュレイ邸を留守にしていた。
お茶をしていたジェロームは、ローランより一足早く午前中に戻ってきていたのだ。
わたしは10歳の神学生を働かせることに不満を持ち、ジェロームに「無理はしないでね。」などと告げていた所だった。
「そんなに大変な事をする訳じゃないから。」そう飛び切りの笑顔で笑むジェローム君に、わたしは胸を痛めていた。
「はぁ、、。 暫くは師の顔を見たくないかも。 僕にも紅茶を貰える?はぁぁ。」
大きく溜息を吐きつつローランは、銀の長い髪を緩く背中で1つに結った姿で肩を落として見せるけども、疲れていてもキラキラしい見目の麗しさは相変わらずだった。
ナゼか今一つ、ローランが教会でお努めしている神父姿をわたしは想像出来ないでいた。 幼いジェローム君が、説法をしている姿を思い描くよりも難しい。
ローランだと、説法しながら皮肉を言いそうだし、聖書について問い掛けても質問で返すだけのような気もしたのだ。
(ローランは見目が良過ぎるから、顕現祭イベントで教会が貴族向けに用意した鑑賞用なのかしら?)
わたしはローランを見ながら、そんな失礼なコトを考えていた。
「文句を言わない。 私だって手伝わされたのですよ、ロロ。 そう云えばリビー、疫病は神聖ロベリア教皇国より西のフローラル王国へと広がらずに、同じ付属海沿岸部でも東方方面の国々で収まりそうですね。 一応は東方の帝国にロベリア教皇から、疫病への注意喚起の親書は出したそうですが。」
「無理だろう、ジェリー。 東方正教会は僕らユリウス教徒の言葉を意地でも聞かないさ。」
「、、、っ! 本当ですか! ジェロームさま、それは!」
「ああ、今日アンゼル枢機卿台下から連絡があったよ。」
「あぅっ、あ、、、。」
わたしは(良かった。)と言い掛けて言葉を飲み込んだ。
疫病は未だ収まったワケではなく、付属海沿岸部の東側の人たちに広がった侭であるコトに気が付いたからだ。
でも、ずっと胸の奥にツカえていた重苦しい塊が、ホロホロと溶けて行くのが分かった。 近くに居たデジレが傍に来て、背中に手を当てくれた。 そこに何かを察したコレットがデイドレスの内ポケットから薄紅の綺麗なハンカチーフをわたしに手渡して呉れた。
アレ?
コレットから渡されたハンカチーフを手にしていると、ポロリと雫が手の甲に落ちて来た。
涙など出して居たつもりはないのに、手の甲の雫に気が付いたら、ポロリポロリと雫が落ちて来て、端の奥や胸が痛く、そして熱くなってきた。
うっ。
なんで、、、。 人が居る所でなんて、、、泣きたくないのに。
そう思って湧き上がって来た嗚咽を堪えようとすると、すっとデジレがわたしの前へと静かに移動し、小さな身体でわたしの頭ごと優しく抱き締めてくれた。
そのデジレの腕や胸の温かさや鼓動の速さに促されるように、わたしの嗚咽と涙が決壊した。
苦しかった。
ホントに苦しくて、苦しくて。
初めは、自分が『ライラックの花が咲く頃』のゲームシナリオに或る悪役令嬢の悲劇から抜け出したくて、少しでも現状を変えようとジルや母と過ごしていた。
その内に不思議生物アルプに憑かれて、視界ゼロ%の不便生活に四苦八苦させられて、青色吐息だった。でもそんな時、不器用な祖父母の優しさを知った。
わたしは嫌だと思ったのだ。
母だけじゃなく祖父が亡くなってしまうのが。
流感を防ぐなんて自分には無理だと思ったけど、それでも足掻こうと思って居たら、わたしの8回目の誕生日にデジレが告白して呉れたのだ。
デジレは、わたしと同じ前世の記憶があり『ニホン』で生きて『ライラックの花が咲く頃』をプレイして知っていたのだ。
ゲーム上のオリビアが味わう不幸を知っていて呉れたのだ。
そしてオリビアの不幸から脱するために協力してくれると言って、今までも幾度となく訪れた焦燥感をデジレはホンワリと緩和してきてくれたのだ。
もしデジレが居なかったら、、、そんな想像すらしたくない程、わたしは彼女のさり気ない優しさに癒されていたのだ。
わたしが男だったら、金のわらじを履いてでも、デジレを妻として娶っただろう。絶対に。
前世のことをローランへと知られてパニックになっていた時も、デジレは状況を把握しない侭で、わたしに適切なアドバイスをしてくれた。
今でも猫型精霊アルプのことや教会関連のことは何一つ話せていないけど、でもデジレが困ったことがあったら、今度は全力でわたしが助けるとわたし自身に誓っている。
そして精霊や教会関連の話は、デジレに伝えないことがわたしなりの恩返しだと思っている。
普通に生きていくなら、あんなヤバい組織に関わったら、絶対に駄目だと思う。
ローランだって美麗な容姿をして、何喰わぬ顔でわたしに闇魔法とか言う、訳の分からないモノを掛けていたのだもの。 本当に胡散臭い人の集まりなのだから。
此の侭だとローランたちに取り込まれないか、危い色気の美少女ジェローム君の将来も心配だよ。
でもユリウス教を国教としている西方諸国への影響力は絶大なのも確かなのよね。
だって付属海に寄港していた各国の商船をロベリア教皇の回文1つで止めてしまえるのだもの。
いやでも此の件については、土下座したい程に、ユリウス教会とロベリア教皇に本気で感謝をしている。 ローランの言う通りユリウス教会の上層部が、本音では例え人助けなどしたくなかったとしても、少なくとも母と祖父とわたしは救われたのは事実だもの。 だから犯罪的な行為でなければ協力を求められたら、わたしは出来る範囲で手を貸す所存なのだ。
一応わたしには猫型水精霊アルプが憑いているし。 ローランの言動を見ていると、精霊さまは大切にしているようだものね。
そして気が付いたら、わたしの涙やら鼻水やら泣きながらお礼ばかりを繰り返して居たから涎などの液体で、デジレのデイドレスの胸の辺り、、、というか上半身がベチャベチャに濡れて撚れていた。
「うぐっひくっ、ごめん。デジレ、、、ドレスの前が、、、。」
「うはっ、やっとリビーが気付いてくれた。 濡れるし冷たくなってくるし、もう大変なのよ?」
そう言ってデジレは、わたしの背中を軽くポンポンと叩いて、両腕を解いて、わたしからスっと離れた。
「うわっ!リビー、酷い顔だわ。」
「うっ、デジレって酷いっ!」
色々な液を放出し過ぎて、喉の渇きを覚えたわたしはテーブルの上に置いたままだったティーカップを取り、冷めきった紅茶に口を付けた。
「リビー、着替えて来るわね。下のシュミーズ(下着)まで濡れていて寒くなりそうだから。」
「うん。ごめんね、デジレ。 あれ? 皆は?」
「そりゃあ、リビーがあれだけ大泣きすれば、皆は気を利かせて退散するでしょう?」
「うぐっ。、、、ありがとう、デジレ。」
「どういたしまして? じゃあリビー、着替えて来るわね。」
「うん。」
わたしは1つ頷いてデジレの顔を見ると、デジレの目は潤んで赤くなっていたように見えた。
それは泣きすぎてわたしの目が霞んでいたから、そう見えただけかも知れない。 だってそうでも思っていないと、未だわたしの鼻や胸の奥がスンスン痛くて、再び泣き出しちゃいそうに成ってしまうから。
◇
新しい紅茶とタオルを持って来てもらおうと、ベルを鳴らしてメイドを呼ぶと、いつものプライベートエリアを担当するメイドではなかった。
そうでした。
まだ年明けの降現節が終わっていないから、現在、アーシュレイ邸の使用人が半数以上休暇中で、人手不足なのでした。
王都に或るもう1つの別邸の使用人たちと、併せて3分の1ずつ交代で使用人たちを休ませたと、執事長のクロードは話していた。
◇
そう言えば、王都パルスのアーシュレイ邸に居るメイドや下働きの使用人の7割は、王都で雇った人たちなので、プライベートエリアを任せるのは、どうしてもアーシュレイ領地から来ている人たちにお願いしてしまうとのこと。
でもアーシュレイ領地から来ているとクロードが云っても、約74年前?に王都に連れて来た人たちは、アーシュレイ侯爵が曾祖父から祖父に代替わりするように、使用人たちも当然代替わりが進んでいたりする。 王都で結婚したり、王都に連れて来ていた子供の子が勤めたりと。
まあ、家令のセバスやその息子のクロードが人選をするので間違いは無いと思うのだけども。
でも思うのだ。
王都生まれで王都育ちのアーシュレイ領地所縁の使用人と、王都生まれで王都育ちで、教会関係者の紹介で雇う使用人の違いは何ぞやと。
教会関連という場合は、神殿の施設や教会領で暮らして居る信徒のことになる。
人を癒すのは、回復スキルを持つ神殿の領分。
ってな訳で、行き場のない人を救う救貧所や孤児院は、神殿の施設で管理運営している。 一応は大神殿の或る王都パルスのみだけども。 高位貴族の幼い子女を育てる信頼と実績の乳児院(0才~7才)もあるし。
だから神殿が寄付とか寄付とか、寄付に五月蠅いのは、ある意味仕方のないことであったりする。
これは前カナーン王国が残した爪痕だったりして、他の各国とフローラル王国では、色々と違う所があるけど、取り敢えず今は割愛。
行商人とか職人とか自由に各地を飛び回っているように見えて、実は末端までコネ社会というか、紹介が無いと王都パルスで暮らすのは、難しい。
女性なら娼婦に成るか、男性なら犯罪も已む無しのならず者に成るか、位しか生活手段が無いのである。 ローランの話では、抜け道など幾らでもと云っていたが、あの人の助言は一般ピープルにはお勧めしない。
で、何が言いたいかと云えば、何だろうね?
母に対するちょっとした言動に違和感を覚えるのが、アーシュレイ領地出身と呼ばれている使用人たちなのだ。
今は、王都出の使用人たちがペライベートエリアを担当して居るのだ。 それが非常にスムーズで快適なのだ。 言動の違和感ゼロ。
変だよね。
何か在れば、執事長のクロードが指摘して改善している筈だもの。
折角、わたしの胸のつかえが取れた日に、正体不明のモヤモヤで悩んでいても仕方ない。
わたしは新たに運んできてくれた紅茶にタップリの水蜜を入れて、銀細工のスプーンでかき混ぜた。
仄かな柑橘系の薫りが爽やかにわたしの鼻孔を擽った。
自分の水分を殆どデジレの胸元に吸い込ませて、乾き切っていた喉に温かな紅茶を通して、一口ずつゆっくりと水分補給をしていった。
もう少し落ち着いたら、ローランやコレットたちにもお礼を言いに行こう。
勿論、デジレには最大級の愛を込めて。
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