ep72 デジレは葬送(冬柊)を見送る
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「お祖父さまだって此の時期は、本当ならのんびり邸で年越しの準備して居られるハズなのに。」
デジレとわたしの肉体年齢は齢8歳にして、「男なんて、、、。」と呆れ、結婚に対してのキラキラした夢をクシャリと握りつぶした(※イメージです)。
「でも此の侭、王都に滞在して居れば、旦那様が病に倒れる心配をしなくて良いのよね? リビーの予想では?」
「うん。【ライラックの花が咲く頃に】のゲームシナリオに、王都で流行病が起きたと云う記述がなかったハズ!って、その一点に賭けちゃっただけなのよね。 ハハ、、、。 気持ち的に焦っていたから、結局はゲームのヒロイン頼りだったり。 幾ら何でもヒロインをゲームシナリオの開始前に殺さないカモ?ってね。」
「リビーは良く頑張っていると思うわよ?」
「ありがとう、デジレ。」
デジレは、笑顔でわたしにそう褒めた。そして今までわたしが、行ってきたことを左手の指を一本ずつ折りつつ、列挙した。
1)ローラン先生に流感の注意喚起。
2)火鉢やヤカンを作らせ、祖父と母の寝室に湿度と温度を上げさせた。(気持ち程度)
3)領主館で育てていた薬草を飲みやすい濃度のハーブティーにして、喉が渇く前に飲ませ、水分摂取量を増やした。
4)手洗い、うがいを鬼気迫る勢いで家族たちに勧めた。
5)ローラン先生を動かしてロベリア教皇から疫病対策の回文を出させた。
(コレってわたし自身はなにもしていなくて、ローラン先生が自ら報告して動いて下さっただけだのよね。)
6)そして〔ホーリーツリー〕を屋敷の扉や窓に飾った。
デジレに真面目な声で「リビーは案外スゴいと思うわよ。」そう褒めそやかされて、わたしは大いに照れてしまった。
そして本音をポツポツとデジレに話した。
「まあ、こうやって気が付いた可能性に賭けようと、わたしが思えるのって、この世界がゲームシナリオとは違うって実感が出来ているからでも或るのよ? それに【ライ花】を知ってる心強い味方のデジレが居てくれるから。」
「はは、まあ私は、リビーの話を聴くしか基本的に出来ないけどね。」
「十分だよ、デジレ。 それにわたし以外にも変化が起きているし、、、。」
「ああ、そうね。 ソレって攻略対象者のエルヴァのことだよね。」
「えっ!? わたしが今夜、エルヴァ・ラクールのコトを話そうと思っていたのをデジレは知っていたの?」
「、、、ハァ~。 リビーのことだから気付いていないかとも、と思ってたらやっぱりかぁ。」
わたしに呆れ返って溜息を吐くデジレは、目尻を下げハニーブラウンの瞳を、白のプレートに乗せていた焼き菓子へとチラリと移した。
わたしはデジレに焼き菓子を献上するべく、両手を小さな白のプレートの底に当て、ズズイとティー・テーブルのセンターからデジレの目の前に押し動かした。
「どうぞどうぞデジレさま。いつ気付いたのかを蒙昧な私奴にご教授を。」
そう話したわたしの言葉にデジレは、ワザとらしく鷹揚に大きく頷き、プレートの上から水蜜栗を乗せた丸いクッキーをヒョイと摘んで、チェリー色の小さな口元へと持っていった。
「コホン。私が先ず気が付いたのは、ラクール公爵のジェローム第3公子にお会いした時よ? だって 攻略対象者のエルヴァの名前って、エルヴァ・ラクールでしょ? それにジェローム公子のイケメンぶりを見て、只のモブに思えって方が無理だし。」
「、、、ってコトは、エルヴァが慕っていた仲の良い兄ってジェロームのこと?」
「そうそう。 確かエルヴァが祝福の儀を受ける前年に行方不明になるのよね、ゲームでは。 それでラクール公爵家と親しそうだったクレール夫人から、ジェローム公子の家族構成を教えて貰ったのよ。 するとジェローム公子の4歳年下に〔エルヴァ・ラクール〕が、ラクール公爵の第4公子に居たの! で、エルヴァの兄は3人だったの。 長男である第一公子は19歳で既に第一王女殿下と御成婚済み。そして次男は17歳だったから年齢的にエルヴァと仲が良い兄は、10歳のジェローム公子だろう辺りを付けたのよ。」
「うっ、、、そんなコトをわたしは、全く考えて居なかったよ。うぐっ、やっぱりデジレって凄い、、、。」
「はは。いやぁ、リビーだって普段なら気付けたと思うわよ? 今のリビーは旦那様と若奥様のことしか考えられない状況みたいだし。」
「ううっ、返す言葉もありません。ぐすん、デジレさまぁ~。」
わたしは情けなさを誤魔化すために、両肩を寄せ、手を胸の前で組んでみせた。 そして目をシバたかせてオネダリのポーズを作り、デジレに甘えた声で話しかけた。
「ハイハイ。 リビーお嬢様はカワイイ、カワイイ(棒)。でも仕方ないよね。 此れってオリビア・アーシュレイ侯爵令嬢の人生が天国になるか地獄になるかの別れ道、運命の第一歩みたいなモノだもん。 取り敢えず此の12月と来年の1月を乗り越えるまで、【ライ花】に関わる情報の整理は、此のデジレさんに任せなさい。」
「うっ、ありがとう、、、デジレ。」
「ホラ、涙ぐまないでよ、リビー。 私がお嬢様を泣かせた、って思われたら大変なのだからね。」
「うん。ごめん。」
わたしはグスグスと鼻を啜りながら、潤む目をデジレから隠すため、俯いてサフランイエローのガウンの膝元を見た。
そこでデジレは、ソファーから立ち上がり、綺麗な冬薔薇の刺繍を刺したリネンのハンカチーフをわたしの膝の上へと静かにそっと置いてくれた。
シャンデリアから黄白色の灯りが室内を静かに照らす中、傍に来てわたしの背中を摩ってくれるデジレの小さな手の平の温もりが、優しく胸へと沁み込んできた。
翌朝、元気を取り戻したわたしは、庭師に追加で〔ホーリーツリー〕の枝を大量に切って貰い、執事長のクロードに邸中に飾らせた。
冬でも生き生き生命力を湛えた鋸型の青々しい深緑の葉と、目に鮮やかな紅く丸い実をたわわにつけた〔ホーリーツリー〕で、祖母が絶句するほど、華やかで落ち着かない屋内となっていたのだった。
わたし自身は大満足だった。
◇
デジレ・ヴァーニュ男爵令嬢は、冬の曇りの空の下で、奥様のミッシェル・アーシュレイ侯爵夫人から珍しく叱られ、メイドたちと一緒になり〔ホーリーツリー〕の裁断された枝たちを裏庭の土に埋めているオリビアの姿を眺めていた。 そしてオリビアは厳かに葬送の聖句を唱えていた。
「リビー、葬儀じゃないのだから。その聖句は要らないでしょうに。」
そうデジレは独りごちて、芯から冷えてきた寒さに負けて、赤いオーバーコートの襟元をキャメルの手袋を着けた両手で押さえて、裏庭から入れる出入り口へと戻って行った。
きっとミッシェル侯爵夫人は、邸宅内の見栄えが余りにも酷かったため、人目のない裏庭に一先ず置いて於くつもりだったのだろう。
それを如何変換したらオリビアの中で、冬柊の 枝々の葬儀に成るのかが、デジレにはサッパリ分からなかった。
それでも昨夜よりは、オリビアの背筋は伸びているようにデジレには感じられた。 そのことに安心してデジレは、温かな屋内の絵画の並ぶ廊下を歩きながら、不図思い出した。
『わたしはね、デジレ。 ジル以外の攻略対象者たちとは、一切関わりたくないの! それなのに9歳で王城の庭園に前倒して行かせるなんて、わたしが第二王子とかに会ったら、どうしてくれるのよっ! もう!なのに!お祖父さまは王城での建国祭でハッチャけヤがって!!』
そうだよね。
リビーが、攻略対象者のエルヴァなんかを思い出す訳ないかぁ。
元々リビーは、ゲームシナリオと無縁で生きたいって話していたものね。
私も別にショタ枠のエルヴァは、好みじゃないし、興味もなかった。
エルヴァの攻略は、少々サスペンステイストのシナリオだったもの。
エルヴァが領地で、6歳の夏至祭を祝っていた頃に、その悲劇は起こる。
仲の良い兄が領主館から行方不明になるのだ。
(兄の名前や画像はゲーム内で不明だったのよね。)
13歳で貴族学院に入学してきたエルヴァは、既に第二王子の側近だった。 そして宰相をしていた父親のラクール侯爵と共にエルヴァは、兄の捜索を行方不明になってからずっと続けていた。
ゲーム内でのキーマンは、本来ラクール侯爵家を継ぐ予定だったエルヴァの伯父。 彼はゲームでは領地の別邸で病気療養中。 しかし現実ではエルヴァの伯父が、馬車の事故で亡くなっていた。
そして女性のキーマン?キーレディは、エルヴァの叔母であるパトリシアで、彼女は隣国ラダリア王国へと嫁いでいたのに、今世の現実では浮気性のフルーブ4世に嫁ぎ、今は4人の子に恵まれ、押しも押されぬパトリシア王妃殿下である。
フルーブ4世の年若い愛人問題さえなければ、、、と考え、私は溜息をひとつ零した。
「それにジェローム公子は行方不明処か元気いっぱいで、リビーん邸に居るし。」
美少女と見紛うジェローム公子。
珍しい桜色の髪を後ろに軽く撫でつけて、宝石のような藍色の蒼い目を皆に向けて笑む姿は、危い色気をを10歳にして漂わして居た。
「聖職者を目指す少年は、美しくないと駄目なの?」
知り合った聖職者たちの顔面偏差値の高さに『ボソリ』と漏らしたリビーの一言。 それに私は「ウンウン」と大いに同意した。
脳内に蘇った攻略対象者たちのスチルより、ジェローム・ラクール公子やランテ語の教師であるローラン卿たちの美麗さよ。
それにアーシュレイ侯爵家の領主館敷地内に在る礼拝堂に、ローラン卿が自分の世話係として連れてきた修道士の見目もソコソコ整っていた。
前世で、自分の推しだったジルは可愛らしいが、ローラン卿やジェロームには到底及ばない、、、。 それは兎も角として、ラクール公爵家の悲劇を防がなくても良い現実になっていた。
と、云うか、悲劇そのものが消滅していた。
だってエルヴァの兄・ジェロームは、今日も今日とて艶々しい笑みをアーシュレイ侯爵家の邸内で、振りまいているのだから。
サロンの扉の外まで賑やかに聴こえて来るのは、ソプラノ・ヴォイスのジェローム公子の声。 そして低めのローラン卿の声に答えるよう話しているクレール夫人。 と、ミッシェル奥様にクラウディア若奥様たち。
冬空の鈍色の外の景色を描きかえるように、華やかな談笑がサロンから、デジレの耳へと届いて来た。
◇◇
※注1 オリビアが埋めたホーリーツリーの枝に送った聖句。
葬送の聖句
「主はわたしの牧者、わたしには何も欠けることがない。主はわたしを緑の牧場に休ませ、憩いの水のほとりに伴い……」




