ep71 悪役令嬢は心友に噂を教える
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暗い闇夜の帳が静かに降りて、私用の客室にデジレはそっと厚手の枯色のガウンを羽織って訪ねて来た。
手にはランタンを持ち、ソロソロと扉を開いて足を進めて室内に入ってきたデジレは、可愛らしい怪盗少女に見えないことも無い。
部屋にシャンデリアの灯りを点けて貰っていたので、明かりに照らし出されたデジレの姿は、ちょっぴり間が抜けて見え、微笑ましい。
「ふふっ。夜の見回りお疲れさま、デジレ。」
「もうリビーってば! 21時を過ぎて部屋を出るのは緊張するのよ? はぇー、ドキドキしたぁ。」
「ごめんごめん。でも専属護衛のアッシュたちには、今夜デジレが来るって伝えていたから、そんなにコッソリ忍んで来なくても大丈夫だったの。 フフっ、デジレに伝えて置けば良かったわね。」
「ホントよ。」
わたしはプリプリ怒るデジレを宥めて、ソファーに座るように手招きをした。
メイドに用意して貰っていた白い陶器のティーポットにはタップリのカモミールティーが入っていた。
シルバートレイに置かれた宿り木が描かれたマグカップをデジレが座った席の前に移し、カモミールティーをポットから注ぎ入れた。
「まあまあ、一息どうぞ。」
「うん、ありがとう。それよりリビーどうしたの?夜に話したい事が或るなんて。」
「それがね、デジレ。 アレと陛下が遊び仲間だったって、デジレもわたしと一緒にクレール夫人から聞いたでしょ?」
「うんうん、流石にビックリしたわ。 思わずリビーの部屋に若奥様がいらっしゃらないかと心配しちゃった。一緒にクレール夫人の話を聴いていたコレットも、声には出さなかったケド驚いていたもの。 陛下の女好きな話より若旦那様の噂がね。 リビーは大丈夫だった?」
「勿論ダイジョウブ。だって一応ゲームシナリオで、ヒロインの母親と仲睦まじいのは予習済みだもの。でも彼女と出会う前までのアレのご乱行は知らなかったけども。」
「クレール夫人の話を聴いていてヒヤヒヤしたのよ。 リビーが心配で私やコレットは、、、。」
「ドモドモですよ?デジレ。 わたしを心配してくれてありがとう。 アレのことを誰かに何か言われても、デジレやコレットが傍に居てくれるのでしょ?」
「当たり前でしょ、リビー。」
わたしたちは宮廷マナーを習っているついでにクレール夫人から、聞かされた話についてカモミール・ティーを飲みながら、溜息混じりで話し合っていた。
前半は軽い調子で、陛下の女癖の悪さをクレール夫人は笑い話に変えた。
そしてクレール夫人は敢えて今、陛下とアレとで女遊びに興じていた噂をするのか、わたしたちに教えてくれた。
それから後、アレの噂話をわたしたちに真面目な声で、クレール夫人は話したのだ。
わたしたちが建国祭前後に王宮で第一王子とお会いすることを知られたら(100%知られると断言された)、春の社交シーズンに此の町屋敷に人々が訪れるとのこと。 その時、何も知らない状態で、毒のある揶揄いに晒されるよりは、知った上で躱せるようになっていた方が身を守れると真剣に語ってくれた。
ある意味わたしは、領主館で母に他人の悪意から守られていた。
弟を懐妊してから、母が王都に出向かないことで、父の噂話がそこまで大きく成らなかったのだ。しかし来年、ハッチャけた祖父のせいで王妃殿下からの招待で、第一王子を交えたお茶会に参加することになった。
それで王妃殿下や第一王子たちが、此れを『祖父の自慢した孫娘を見たかっただけだ』と主張したとしても、穿った見方をする貴族たちは多いだろうとのコト。
ホント迷惑な話。
幾ら高望みが過ぎる祖父だとしても、わたしを王太子妃候補になど望まないだろう。 雑なわたしの本質くらいは祖父から見抜かれていると思うしね。
アーシュレイ侯爵であることを誇りにしている祖父は、比較的周囲を見れる冷静な性質だと信じているし信じたい。 一応は枢密院のメンバーが出来るくらいだから、私欲のみで我を忘れるとも思えない。
精々、孫娘可愛さに第二王子の婚約者候補へと名乗りを上げるくらいだろう。 わたしにとっては、それでも充分に迷惑な話で或るのだけれどね。
若干の祖父への不安要素は、アレへの対応を見て居れば分かるけど、身内に甘々な所かしら。
まあ、そんなコトが或るから、アレへの噂話が再燃し、大きく成ることをクレール夫人は懸念していた。
その件については、母やわたしも祖父からの話を領主館で耳にした時、ある程度は覚悟していた。
腐っていて迷惑でも、アレは母の夫であるし、わたしの父なのは覆せないから。
今回クレール夫人の話で良かったと思うは、デジレやコレットにその懸念を聞かせて置いてくれたコト。そのコトにわたしは感謝していたのだ。
『ライ花』のストーリーや前世を憶えていたとしても、デジレの心は未だ高校生で、其処ら辺は潔癖な気がするのよね。
それにコレットは、年齢より落ち着いて見えるけど、未だ7歳なのですよ。 クレール夫人の話を何処まで理解しているのか謎だけども。
ヒロインの母親と出会ってから、ピタリと女遊びを止めたコトは、ある意味良かったのじゃないかしら?何人も愛人居るって云うよりわたし的にはマシ?
他人がどう思って居ようと『アレが一途になっている愛人の居る』ってコトをわたしよりきっと母の方が気にしていなさそう。
母は、わたしや弟に耳にアレの醜聞を聴かせたくないって、気持ちが大きいのだと思う。 もう少しわたしの年齢が上がったら、母に直接訊ねてみようと考えて居るけれどね。
わたしは、そんな自分の思いに囚われながら、空になったことを気付かないまま、マグカップを口にして唇に空気しか触れない違和感で首を傾げた。
デジレは困った子を見るような目をして、テーブルの上にある白い陶器のポットを持ち上げて、立ち上がってポットからカモミールティーを空のマグカップに注いでくれようとしていた。
「ありがとう、デジレ。気付かなかった、アハハっ。」
「いいえ、どういたしまして。リビーお嬢様?ふっ。」
デジレは苦笑しながら、透明な薄緑色のカモミールティーをポットから、コポリと音をさせてわたしの空になったマグカップに注いでくれた。
「で、リビーが話したかったことって?」
「う、うん。ホントぉーに下世話な話で、デジレに訊かせるのは申し訳ないと思うの。 一つ目は、ホント愚痴って云うか、、、でも他に話せる人が居ないし。ローラン先生は世俗のコトに興味ないって云うし。」
「良いから話しなさいよ、リビー。その為に夜に部屋へ呼んだのでしょう?」
「そうだね。うん、あのねデジレ。実は陛下が古城で療養中だったでしょ?」
「うん。狩りの時、転んで怪我をしたとか。」
「それって嘘で。 実は愛人と古城でバカンス中だったの。しかも相手は12歳なの!」
「えっ!? まあクレール夫人の話を聴いた後だと、そういうのも或るかもと思うけど。でも12歳!?って未成年も良い所じゃない。 前王国時代なら兎も角、今は婚姻年齢が16歳よね? あっ!でも王族は13歳でも可だった! いや、駄目じゃん。 国王陛下は再婚してるし。 教義的にも!って、ごめんリビー、相手の女性の年齢を聴いて、ちょっと私は混乱してるみたい。」
「ううん。わたしもデジレと一緒よ。年齢を聴いて混乱したもの。」
「で、でもリビー?それって只の噂とかじゃないの?」
「えーと、ネタ元は言えないけど。信頼は出来る人の話なの。」
「はぁ、何か色々と国王陛下にゲンナリして来た。 12歳だと第一王子殿下と年が変わらないじゃない。 それに前世でリビーの推しだったフェリクス第二王子殿下が、、、。 不敬かも知れないけど凄く気の毒に思えてしまった。でも国王陛下って、もう色々有り得ないねー。」
「わたしだってそう思ったわ。それより来年お会いすることになって居るパトリシア王妃殿下にどんな顔をすれば良いのかと考えちゃって。 4人目の御子さまを昨年お産みに為られたばかりでしょ?」
わたしはデジレに溜まっていた陛下への苛立ちを告げた。
デジレもわたしのムカツキに呼応するように思う存分前世のノリで陛下を罵倒した。
デジレとわたしは、互いに今世の価値観に慣れようと、愚痴り合って擦り合わせを偶に行っていた。 でも流石にフラストレーションが沸点を超えそうになる時もあるのだ。
デジレは、クレール夫人の話の上にわたしの話を聴いて、不快指数が急上昇したと云う。
デジレとわたしは、マグカップで3杯目のカモミールティーに口をつけ、、、
「「女をバカにするな!」」
同時に陛下や父に向って、そう叫んだのだった。
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