ep70 一意専心な気持ち〔※SIDEローラン〕
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──────水が流れ落ちる音が響く黒い森の奥。 そこは闇の精霊王ノクティスが住まう場所。──────
闇の精霊王の住まう場所に水の幼子と呼ばれる次代の水の精霊王アルプが訪ねて来ていた。
愛し子であるオリビアの傍にいるソラリス神の使徒ミューに付いた魂のヒビを癒す方法を闇の精霊王から教えて貰う為であった。
此の所、聖ユリウス大聖堂の一角から使徒トリは、契約精霊で或る風精霊エリアルをアルプに飛ばし、メッセージを預けて行くのだ。
(我を伝書烏代わりに使いおって。此のまま使徒トリから体良く使われては適わなぬわ。幾ら我らの守護者たる使徒だからと言って。)
『クロ、邪魔するぞ。』
『我をクロと呼ぶな。我の名は闇の精霊王ノクティスだと何度言えば、、、水の幼子よ。』
『そう言うな。ノクティスも慣れたら、その内に気に入るぞ。それでだな、前に我が話していた件なのだが、、、』
『使徒ミューの魂のヒビか。』
『そうだ。使徒ミューの魂をじっくり視たが、契約が切れる前からの魂への記憶が消えて居ったのだ。』
『未だ未だ幼いの。アルプは。』
『ぬっ!仕方あるまい、ノクティス。 我の自我が生れて10年満たないのだぞ。』
『使徒ミューは、前回の生で契約精霊に裏切られたと思い、自ら契約を破棄してしもうたのだ。 その時に使徒ミューの魂は傷付いたのだろうよ。』
『何と馬鹿なことを。』
『その傷付いた魂の要因になった者が新たな生を得ていた。 その者の一族に我の眷属が加護を与えていたのだ。水の幼子よ。』
『まさか、、、』
『縁は廻る。 使徒ミューは、我が眷属たる闇の精霊の加護を持つニコルの魂を癒していけば、自らの魂のヒビを癒せるだろうぞ。』
『また面倒なことを。どうして闇精霊たちの加護は、お主を含めてややこしいのだ。 どうせ理通りにニコルの記憶も消えておるのじゃろう。 哀れなのは使徒ミューと契約を結んでおった風の精霊じゃの。』
『ふん!光のモノ程では無いわ。水の幼子アルプ。』
『我のように守りたい者には、水魔法で視えない結界を張るくらいに留めて置けば良いモノを。』
『人の子の内に住む我らは、闇の精霊も光の精霊も、水の幼子のように単純には出来て居らぬのだ。』
流れる水音に混じって黒水晶に覆われた空間で、闇の精霊王ノクティスと幼い声をした次代の水の精霊王アルプの軽い罵り合いが続いていた。
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◇
王都パルスの町屋敷で、アーシュレイ侯爵から僕が借り受けている客間に、ジェリー(ジェローム・ラクール)が、朝の祈りを共にしたいと言って、フワフワと宙に漂う水の精霊アルプを引き連れ訪ねて来た。
僕は今だにジェリーに慣れることが出来ない。
ジェリーの美少女然とした整った容姿を見て、再び僕はウンザリした。
まっ! 向うからしても、僕の姿を見て、「はぁ」と、小さな溜息が聞こえてきたので、自分と同じ心境なのだろうと思う。
約300年前に会ったジェリー(ディオ)は、もっと厳つい爺っぽい奴だった気がするのだが、師と変わらぬ性格の悪さを除いて、何処にも過去の原型を止めていなかった。 その容姿の違いは、面影なんて生易しい言葉じゃ足りなさ過ぎる。
僕が息を吐き出すのを止め、椅子に座り直して顔を上げれば、ジェリーは艶めいた笑みを微かに浮かべて両肩を上げて見せた。
再会してから此の約2カ月ほどこっち、互いに数え切れない程の溜息を繰返してしまっていた。
それを僕たちは思い出し、顔を見合わせ苦笑いをした。
くすんだ黄緑色のウィローグリーンと昏い黄緑の苔色で描かれた上品で精緻な壁紙に覆われた部屋には、艶やかな金の彩色が施されいた。 それはシャンデリアが吊るされた天井に描かれた官能的で優美なアトラス神話の絵画と良く合っていた。
祈りに用意して貰った台座かわりの四角いテーブルには、緋色のビロード生地に金糸の刺繍が丁寧に施され、僕が普段利用しているアーシュレイ領地の領主館敷地内にある礼拝堂より豪奢だった。
香炉で清らかで爽やかなレウケーの樹皮を調香した香を焚き、銀細工の見事な燭台に置かれた蜜蠟燭に、祈りを捧げながら火を灯した。
両膝を床に着け僕たちはロザリオを持ち手を組んで、ジェリーと二人で朗々と朝の祈りを諳んじ、ただひたすらソラリス神に感謝の聖句を捧げていた。
声とリズムが合う者との祈りの時は心地良く、気が付けば朝の6時から9時前になっていた。 僕たちは結びの句をソラリス神と自らに告げた。 そして蜜蠟燭の炎を真鍮の封冠で消し、厚い絨毯が敷かれた床から立ち上がり、体内に清涼な空気が巡るのを感じながら、僕たちは壁際に並べられたソファーへと向かった。
「お疲れ、ジェリー。 ジェリーの祈りは心地良い声だった、ありがとう。」
「いえ、こちらこそありがとう、ロロ。 ロロと祈ると集中出来て、アルプ様の思いまで聴こえてきそうだったよ。」
『ウン。良くぞ飽きないものだな。ソチ等は毎日毎日、祈りを繰り返して居るが。』
「飽きないよ。僕たちは、、。アルプ様。 神の加護が授けられたのは、此のためでも或るからね。」
「そう、ボクたちには、祈りが日々の糧なのだしね。それはそうとアルプ様は、愛し子たるリビーを安心させて上げないのですか?」
『はぁ、ディオは契約精霊を呼んでもいない癖に我の感情を察するでは無いゾ。』
「アルプ様の感情に触れられるなんてジェリーが羨ましい。 僕なんか全く駄目。 もう21歳になったのに。 僕だって前回の過去世で契約していた精霊が居た筈なのにね。 今回は聖冠の儀を受けた後でも全く精霊は無反応だし。 、、、でもまあ、それはその内に何とか成るだろうと思うしか無いよね。ハァ。」
「フフ。失礼しましたアルプ様。でも今はそれよりロロは、リビーの心配事対策の方が先だよね。」
「まあなあ。オリビアが僕に失言を繰り返すのは、僕が闇魔法を掛けている所為もあるけども、、。それよりもオリビアは、アーシュレイ侯爵と母君であるクラウディア夫人のたちを流行病に罹患させたくない、と一意専心な思いで他に気持ちを向ける余裕を持てなかったのだろうな。 今のオリビアは、殆どそのことに気持ちが引っ張られている。」
僕はそう言い終わると、ジェリーは柔らかそうな桜色の前髪を左手でサイドに流した。 僕はチラリと視線だけで、右の腕を伸ばしてふわふわ宙に浮かぶ次代の水の精霊王アルプを人差し指で突くフリをしていたジェリーを見た。
次代の水の精霊王アルプは、水色のボンヤリした球体で、ふわふわと浮かびながら、時折光を明滅させて、僕やジェリーにポツポツと話かけていた。
(オリビアに次代の水の精霊王アルプは、水属性の幻影魔法で、水色のペルシャ猫姿に変化させ、彼女の目に映るようにしているそうだ。 彼女と精霊アルプは契約が済んでいるので、全身を包む水鏡にオリビアの好んだペルシャ猫を映し出して居ると、以前に威張って話していた。)
『我は人の生死なぞに関わる気はない。そして口出しもせぬ。』
「でも人が好きな水の精霊様ですもの。 だから愛し子のリビーに何かして差し上げたのですよね? アルプ様は。」
『う、五月蠅いぞ、ディオ。 我は去ぬ。 そう言えばミューよ、闇の精霊の加護を受けておるニコルの世話をくれぐれも頼んで於くぞ! フンっ!』
精霊アルプは、そう怒った口調で話すとスーと宙を移動し、ソファーの横に或るサイドテーブルに置いていた雪花石で作られた背の高い花瓶へと、飛び込み素早く消えた。
水の精霊アルプが消えた後、背の高い白い円柱の花瓶に活けられた、華やかな紫がかった桃色と雪色の蘭の花と真っ直ぐな葉が、不自然に揺れていた。
「フフ、アルプ様を怒らせたかな?」
全く心配をしていない声で、無駄に煌めく藍色の目をジェリーは細めた。 そして勝手知ったるテーブルに置かれた魔道具のベルを鳴らし、アーシュレイ邸のメイドに持って来させたアップル・ティーのセットをちゃっかり運ばせていた。 アップル・ティーの注がれたカップから立ち昇る湯気も気にせず、ジェリーは何食わぬ顔で口元へと静かに運んでいた。
そのジェリーの立ち振る舞いは、何処か老成していて、とても10歳の少年には見えなかった。
美少年ではあるのに残念だと僕は思っていた。 そして釣られるように僕はジェリーと同じアップル・ティーを口にした。
「それでアルプ様は何かしたとジェリーは思うのかい?」
「まあね。水の精霊が、しかも次代の水の精霊王が、自らの愛し子の為に、何もしないなんて考えられないからね。 他の精霊なら兎も角。 自然の理に反しない範囲で、アルプ様は協力していると思うよ。」
「はあぁ。 ならそれを一言オリビアに話して呉れたなら良いのに。 ジェリーだってそう思うから、アルプ様に進言したのだろ?」
「一応はリビーのことも気になって居ましたからね。 リビーが祖父のレイモン卿へと、日々接するクロードに体調のチェックと管理法など細かな指示を必死に出してる様子も知ってましたし。」
「そうなんだよ。 特に教皇の回文で、流行病の兆しを聞いてからオリビアの必死さがなあ。 夢見の力で、流行病に罹患した祖父と母親の亡くなる夢をオリビアが視てから、もう一年経つのだよなぁ。 オリビアは見た目通りの年じゃないと判っていても、彼女の気持ちは大丈夫か?と遂心配になってしまう。 僕もなんだかんだでオリビアとは1年以上の付き合いになるしね。」
「ロロがそんな心配をする程、今は平和な時代なのですね。そう改めて思いますよ。」
「まあ、確かに。 前回の時は、僕の場合、中々ハードだったからなあ。って言ってもジェリーもだな。 あの過去世は、死ぬ前の記憶が曖昧で。 契約精霊から、いつ契約を解除されたのかすら覚えてない。」
「あの時代は、東西が別れた大シスマでしたから。 ボクは今回の目覚めで、大シスマから二回目ですね。 まあそれはそれとして。 ボクとしてはロロを心配してアルプ様に話を振ったのですよ。」
「えっ!?僕?」
「そうですよ? ボクが、意味なくアルプ様を怒らせると、ロロは思って居るのですか?」
ジェリーは、プクリと整った顔の頬を膨らませて見せた。
そんな仕草をジェリーが遣っても可愛くも何ともない、ホント。
と言うのは僕が過去世でジェリーが、爺だったことを知っているからだ。 そんな僕に可愛くブって見せても、退くだけの結果にしか為らないからな。
(そうか。ジェリーのコノ仕草のせいか、、、)
僕は、師であるのアンゼル大枢機卿がジェリーと居て疲れ果てる理由を今更ながらに分かり始めたのだ。
「で、僕の為とは? ジェリー。」
「ロロは、ボクを見て少しくらい頬を赤らめて照れても良いのですよ? フフ、まあ余り揶揄うとロロに本気で怒られそうなので、今日はこの位で許して上げましょうかね。 トリよりは反応が面白いので。」
「そんなので師に勝っても嬉しくないのだけどね、ジェリー。 で、早く続きを話して下さいませんかね?ディオ大先生。」
「仕方ないなー。可愛いロロの頼みだし。 此の所、アルプ様はロロに話かけたい様子だったのですよ。 でも肝心のロロは、リビーを気にしてアルプ様をスルーしてしまっていた。 そこで何かきっかけに成れば良いと思い、ロロの最大の関心事をアルプ様に投げてみたのです。 結果的にアルプ様は、何かリビーに手助けをしているのがロロにも判りましたよね?当然。 そしてアルプ様のロロに伝えたかったことが分かりました。 ですのでロロは精霊アルプ様の願いを叶えましょうね。 お分かりかな?」
「はぁ~ジェリー。 相変わらず精霊アルプ様の気持ちを僕が知るのは難しいな。」
「何だかロロは、今回の目覚めで精霊様に対して、不感症気味かな? それに精霊は契約した者でないと自ら余り干渉してこないでしょう? アルプ様は、次代の水の精霊王だから使徒であるミューに色々と話しをして下さっているよ? 今の侭のロロだと、契約してくれる精霊と、出会えないかも知れないよ。」
「それは、、、。」
僕は、ジェリーに困ると言い掛けて、その言葉を飲み込んだ。
前回の過去世の記憶が曖昧なせいなのか、それとも面白い価値観を持つオリビアに感化された所為なのか、良く分からないが確かに精霊との距離が出来た気がしてしまう。
この世界は精霊を守る為にソラリス神が御創りになった。
その当たり前のことを僕は何故か飲み込めないでいた。
ジェリーと祈りを捧げて清々しい気分だった筈なのに、外の天気のような曇天が僕の心に薄く広がるのを感じてしまったのだ。
何処までも陽気に笑むジェリーの見かけだけは美しい容姿に、若干の苛立ちを覚えながら。
◇◇
一意専心: 他のことに心を奪われず、一つのことに集中すること。




