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ep57 アルプの頼み〔後半第三者視点 ニコル・メナシード〕




 フローラル王国の王都パルスは、王城を中心に変則的で歪な8角形を作り上げつつ、栄えていっっている都市である。 今も西と東に広がっている最中(さなか)で或る。



 南西には、悠久の流れが揺蕩うオルサ大河がある。

 大いなるオルサ大河の中程に島があり、切り立った岸壁の島には、パルスの大聖堂がる。

 そのオルサ大河は、地形に沿い左に大きく歪曲している。 そして蛇行しながら北上し、アーシュレイ侯爵領地へと流れて行っている。


 そんな北のアーシュレイ領から、侯爵家の帆船で山々を下り、幾つかの他領の活気のある湊を経由し、半日かけて、新たな石の都である王都パルスの町屋敷(タウンハウス)と辿り着いた。

 弟のジル(ジルベール)わたし(オリビア)たち家族は、船酔いもなく元気に町屋敷(タウンハウス)の門を馬車で潜ったのだ。



 


 貴族街の東区にあるアーシュレイ侯爵家のタウンハウスは、領主館に比べれば華やかで瀟洒だが小さなモノだ。 そして領主館東棟の様に、歴史ある旧い建物ではない。


 祖父の話によると、王都パルスのこの区画は、フローラル王国が建国してから10年経った後、約74年前にフルーブ1世から賜ったものだ。



 


 「ここは変わって無いのね。」



  磨かれた雪花石を床に敷き詰めた町屋敷の中、会話しながら進む祖父母の後から、遅れてついて歩く母が、広いエントランスホールを見渡し、ポツリと小さな声で呟いた。


 

 考えてみれば母が此の町屋敷に訪れるのは、弟の懐妊前で6年少し前になるのよね。

 感慨深くなるのも仕方ない。

 母の近くを歩いていたわたしの耳は、頼り気ない小さな声を拾った。



 エントランスホールから中央階段を上がり、影が写る程磨かれた雪花石の二階にある通路を街屋敷の使用人からわたしが滞在する部屋へと案内してもらった。


 流石にコレットやデジレ(転生仲間)たちは、馴れない船や長時間の馬車移動で疲れ果て、近くに用意されている部屋で、「一先ず休憩しましょう。」と話し合って別れた。

 当然、祖父母や母と弟も其々の部屋に。




 わたしは羽織っていた外套をナタリアに預けてソファーへ腰を降ろし、温かなカモミールティーを頼み、両腕を伸ばし強張っていた状態の筋肉を解し始めた。


 すると、王都に入ってから姿を消していた猫型精霊アルプが、フヨっと目の前に現れた。


 

 『オリビア。我は頼みがあるのだが───』








◇◇◆◇◇




 【ニコル・メナシード】




 階下の下級使用人用の部屋に閉じ込められている一人の幼い少女。

 一昨日から熱をだして寝込んでいる彼女、ニコルはメナシード伯爵家の長女である。



 細い左手首には、魔力抑制の魔銀で作られた目立たないシンプルなブレスレットが、確りと着けられている。



 メナシード伯爵家で7歳になったニコルは、両親から疎まれ居ない者として扱われている。



 ニコルは7歳を迎える1月の新年祭を過ぎて、祝福の儀を受ける為、神殿の乳児院から此のタウンハウスへと戻され、九カ月経つ。

 (中央の高位貴族の半数以上は、0歳~7歳の新年迄、子供たちを神殿に併設された乳児院へと預け入れる慣習がある。)


 乳児院に迎えに来たのは、タウンハウスを担うメナシード伯爵家の執事。


 「旦那様と奥様のご命令で、ニコルお嬢様は此方で過ごされますよう。」


 そう言って執事から案内されたのは、階下に在る狭い一人用の使用人部屋。 それまで暮らして居た乳児院の広く立派な部屋との大きな違いに、ニコルは戸惑った。 タウンハウスへ戻る前は、家族と会えることを楽しみにしていたニコルだった。 しかし帰宅後、ニコルは厨房見習いとして働かされ、階上へ上がることを禁じられ、両親から疎まれていることを知った。



 春の社交シーズンに家族たちは、タウンハウスで滞在したが、ニコルと顔を会わせることはなかった。



 そして夏。 

 王都にある聖堂で行われた祝福の儀に付き添ったのも家族で無く執事だった。 そして執事と祝福の儀に出向いたため、ニコルは下働きの同僚たちにメナシード伯爵家の令嬢だと知られ、驚かれたのだ。


 祝福の儀でニコルは、水属性と魔力レベル3の祝福を得た。 しかしメナシード伯爵家でのニコルの待遇は、変わらなかった。

 同じ日、両親から期待されていた同じ年齢の妹リリアナは、隣領の聖堂で祝福を得れなかったことで、益々ニコルは嫌われることになった。



 ニコル自身は知らない。

 彼女の誕生を望んだのは、ニコルが3歳の頃に亡くなった祖母のニコレットだけだったことを。


 書類上でニコルの母とされているのはマチルド・メナシード。 マチルドは、艶やかな金髪に青い瞳を持つ貴婦人。 

 ニコルの実母は、マチルドの侍女として生家から付いて来た実妹、キトリー・ハスレー子爵令嬢なのだ。

 ハスレー子爵家7子のキトリーは、グレーの髪と瞳をし、姉のマチルドと三才違いだった。 9人居る兄妹で、上から5番目がマチルドで美人と名高かった。そして上から7番目がキトリーだった。ちなみにキトリーは貴族学院に通わせて貰えず、13歳でマチルドの侍女見習として、両親から婚家であるメナシード伯爵家に行かされた。


ニコルの父親は、ダニエル・ド・メナシード伯爵。

それは別に父親のダニエルが、浮気心で妻の妹のキトリーに手を出した訳ではない。


18歳のダニエルと16歳のマチルドが婚姻して、3年経っても子供が出来なかったのだ。


そして運悪くダニエルの父が、2人の婚姻の翌年、領地の狩りで事故死した。それが気弱になったニコルの祖母ニコレットを焦らせた。


夫を亡くしたニコルの祖母は、ダニエルしか爵位を継げる嫡子が居なかった為、後継問題で鬱々と悩んだ。 そこで祖母は、メナシード夫婦に借り腹でダニエルの子を得るか、離婚するか、を強く迫ったのだ。



マチルドは、考えた。


 懐妊しないことを理由に離婚させられたら、自分に碌な未来が待って居ないだろうと。 そこで実家から侍女として連れて来ていた未婚の妹を差し出すことにしたのだ。

気の弱い妹なら夫の子を成しても自分の立場を脅かさないだろうし、他人より秘密を守らせやすいだろうと言う打算で。


夫のダニエルとダニエルの母親ニコレットにマチルドは、そう提案した。


それはダニエルの母、前伯爵未亡人に了承された。


その頃16歳だった妹のキトリーに断る術もなく、ダニエルとコトは成され、直ぐにキトリーは懐妊した。


ニコルに取って不運だったのが、二ヶ月遅れで妻のマチルドも懐妊したことだった。


間の悪い運命の悪戯に、ニコルの祖母ニコレットは、絶句した。


この状況に苦悩した末、祖母のニコレットは、ニコルと同じ年の妹をメナシード家の双子として育てることに決めた。

姉のマチルドと同時期に懐妊して、不安がるキトリーに祖母ニコレットは、メナシード伯爵家の子として育てることを約束した。


しかしニコルの実母キトリーは、王都でニコルを出産後、産後の肥立ちが悪く亡くなってしまった。 そして其の侭、ニコルは王都に在る神殿の乳児院へと預けられたのだ。



二ヶ月違いの妹のリリアナは、 母親似の金髪碧眼。

マチルドは、やっと授かった子供が、自分そっくりであったことを殊の外喜んだ。


その為、母親のマチルドは、神殿の乳児院にリリアナを預けず、祖母の反対を押し切り、自ら領地の館で育てることを選んだ。

翌年、後継に成る父親似の金茶の髪に緑眼の弟ロドエルが生れた。

乳児院に居たニコルが3歳の頃、祖母ニコレットが病で亡くなった。

メナシード伯爵家を取り仕切っていた祖母ニコレットが生きていれば、ニコルは今のような冷遇生活を送らずに済んだのかも知れない。



 父のダニエルと母のマチルドが反対したにも関わらず、公の場である神殿で、祖母ニコレットはニコルを預入の際、庶子と記さなかった。 祖母ニコレットは、キトリーとの約束通りニコルをメナシード伯爵家の長女と記していた。

マチルドは、そのことをを許せずにいた。

メナシード伯爵夫婦二人のなかでは、リリアナだけが嫡出子だったのだ。

 


その腹いせが、ニコルへと向き、街屋敷での扱いを下級使用人とすることに決めたのだ。


祖母ニコレットに似たニコルの黒髪と濃緑眼も両親から嫌われる一因だった。


 


マチルド自らが離婚を恐れ、妹のキトリーに夫と閨を共にすることを頼み込んだにも関わらず、リリアナを出産すると、妹のキトリーに嫉妬、そして姪になるのニコルを不実の子として嫌悪した。


姉妹の中で一番容姿が劣り、大人しいだけで何の才も持たない見下していたキトリーから、生まれた娘ニコルに祝福が発現した。 自分が産んだ愛娘のリリアナに祝福が得られなかったことも、マチルドにとって許し難いコトだった。




「乳児院の部屋に戻りたい。」


熱に浮かされる中、ニコルは、メナシード伯爵邸に戻ってから幾度となく繰り返す願いを口にした。

 

暖かく明るい部屋。

厳しくも優しかったシスターたち。

ニコルは、乳児院でシスターたちから、伯爵令嬢として育てられてきたのだ。



「今後は、旦那様、奥様とお呼びするように。」


両親に会うことを楽しみにしていたニコルだったが、乳児院から王都の伯爵邸に戻る馬車の中、執事にそう言われて混乱したことをぼんやりとした頭で思い出していた。


少なくとも乳児院に居た間は、父親や母親と言うものに夢を見れていた。


固いベットの上で薄い掛布に包まり、熱で朦朧ととする意識の中で、ニコルは想像上の母親に呼び掛けた。


 「、、、助けて、、、。お母さ、、ま。」






◇◇



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