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ep56 製造責任者にお任せ



 応接間から母の居る執務室へと逸る気持ちで駆け出しかけたわたしを見て、デジレが「ゴホン!」咳払いをして止めてくれた。

 そうだった。

 これでもわたしは侯爵令嬢なのだ。


 わたしは、銀杏色のフレアになって居るドレスの裾が、翻らない範囲で足の回転速度を上げた。



 胸の鼓動を抑えて足に急ブレーキをかけ勢いを付けマホガニーの重厚な扉を開くと───



 母は嫌な予感を察したのか、胡乱気な表情で執務机から顔を上げ、此方を見た。

 吊り上がり気味な母の目が、キラリと銀色に光った気がした。

 傍に立っていた侍従と侍女のメアリーが、扉の開く勢いに驚いて、わたしを直視していた。



 「そんなに急いでどうしたの? リビー?先触れも無しに。」

 「あっ。ごめんなさい、お母さま。お話したいことがありまして。」



 わたしの言葉に促される様に母は立ち上がり、入室の許可を告げ、テーブルセットが置かれた場所へと誘った。


 革張りのソファーに怪訝な表情で腰を掛けた母の対面へと座り、わたしは母に思案しながら告げたい言葉を紡いだ。

 伝家の宝刀の〔当主命令〕を手の内に隠して。

 ズルいよね。

 母から『No』のプライドを挫いちゃう言葉だもの。

 ゴメンナサイ。

 でもわたしは、母に生きていて欲しいのだ。




 「あのう、お母さま。 祭事である狩猟大会に合わせて、わたしやジル(ジルベール)と一緒にお母さまも含めてお祖父さまと王都へ向かいましょう。勿論、お祖母さまも。」

 「、、、(ひゅっ)!!。」



 母の喉が鳴った。



 「王都(パルス)は、、、。少し、、、。」

 「ええ、お母さまが苦手なことは知っています。でも、、。」

 「・・・・・」

 「ずっと行かないワケにはいきませんよね、お母さま。お母さまがわたしをお(ロベール)さまからの醜聞から守る為、領地から動かないでいらっしゃるのも知っています。」


 父が愛妾宅に入り浸り、妻の居るアーシュレイ領地には、帰って居ないこと。

 夫から無関心に放置された可哀想な妻。

 流石に当主夫妻である祖父母の前では口にしていないと思うけど、乳母だったドロテアや侍女長のサマンサは、母やわたしへ聴こえる様に使用人たちと嘲って喋るんだもの。


 でもまあ、それもわたしが祝福を得る以前、去年までだったけどね。


 一応、祝福を得た子供は、貴族家でステイタスになるらしく、気が付けば(クラウディア)の立場が強化されていた。

 当主である祖父が、わたしや母への対応が以前と全く変わってしまったことが大きいのだろう。

 母を貶めようとしても、当主夫妻が母に分りやすく気を配っていることを察した侯爵家の侍女たちは、ドロテアたちを嗜めてくれるようになったのだ。


 母が、距離を取りたがっていた乳母のドロテアを引退させることが出来たしね。

 しかし祖母経由で、領主館にいるクロノア公爵家所縁の人たちは、碌なのがいないなあ。

 全くもう。


 


 「だけどリビー(オリビア)。 私が王都へ顔を出すとまた騒がしくなりそうよ。来年はリビーが王宮に招待されているのにあの人の噂がより大きくなりそうで。」



 家令のセバスや執事長のアランと話している時には見せない母の迷いが、パールグレーの瞳に揺れて映った。



 「だからこそですわ、お母さま。王妃様の招待で、王宮へ伺うのは甚だ遺憾ですが、断れないので利用させて頂きましょうよ。 お祖父さまがわたしを自慢して燥いで耳目を集めたようなので、アレが居なくてもお母さまは立派に次期侯爵夫人を務めているのだと、此の際、夫何て必要なの?って盛り上げて貰いましょうよ。お祖父さまに責任を取って貰う形で。」

 「リビーは、何てことを。」

 「ふふっ。だってアレの製造責任者はお祖父さまとお祖母さまですもの。」

 「くふっ。製造責任者って、、、。ふふっ。」



 母に柔らかな笑みが浮かんで、わたしの身体からも緊張が解けて行った。


 きっと祖父から王都(パルス)へとの〔当主命令〕が母に伝えられるだろうけど、心と表情を〔無〕にして厭々受け入れるより、これでワンクッション置かれて、前向きになれるのじゃないかと思った。


 ゲームのシナリオから閃き、〔命大事に〕の精神で、祖父や母に王都のタウンハウス行きを提案したわたし。


 8歳のわたしには、まだまだ王都の社交界の噂に、真っ向から晒される年齢ではない。

 だから母が王都で晒された噂の酷さなど、正直なところ良くわからない。

 心に負ったダメージの深さも。

 

 でも思うのだ。

 人としての思いやりの無い不倫野郎の父のせいで、母の行動に制限が掛かるのは、何か違うと。


 「私は田舎モノ(ブランシェ出)だから、余り王都に行きたいと言う欲求はなかったのよ。」


 とも母は言うけれど、何一つ悪いことの無い母が、変に貶められるのは嫌なのだ。

 他でもないわたしがね。



 それこそ離婚が許される社会なら、母には、とっとと離婚して幸せになって貰いたい所存。


 「リビーって、ホントに8歳児なのかしら?我が子ながら自信なくなるわ。」



 母は、白魚のような綺麗な右手を細面の顎に添えて、首を傾げて、ポツリと呟いた。

 (嫌ですわ、お母さま。貴女の娘は正真正銘(肉体は)8歳ですわよ。ホホホホ・・・)




 何だか後ろでデジレの溜息が聴こえたような?

 わたしってヤラかしてないわよね?



 重たい話し合いが終わった空気を受けて、侍女のメアリーがお茶の用意を頼み、母はデジレに優しく私の隣に座る様に勧めてくれた。


 さて、後は王都(パルス)へ行く準備をせねば。


 わたしは生れて初めてアーシュレイ領地を出て、王都へと進撃するのね!!

 なんだかテンションが上がって来たわ。


 不謹慎だけど、ちょっと楽しみ。






◇◇




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