ep54 迫り来る流感
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質素な、、、良く言えば簡素な礼拝堂の小部屋は、ローランの知らせを聞き、わたしが沈黙したことにより静かな緊張感に包まれていた。
小部屋には───、
狭く小さな明かり取りの窓。
節の多い古ぼけた板間。
使い込まれたパン木材の文机と背凭れ椅子。そして小さな書棚。
エルム材の小さな丸テーブルと背凭れの無い4客の椅子。
そして壁に沿わせた一人用のシンプルな寝台。
───が、あるだけだった。
一般の教会や領都のヴィラ聖堂にある聖職者の部屋に比べれば、天と地ほどの差があった。
少し離れた場所に在る騎士団鍛錬場のざわめきが風に乗って偶に聞こえる位の静かな礼拝堂。
狭く簡素な小部屋の中で、わたしの意図せぬ無言が、ローランに緊張感を齎していたと気付けなかったが。
祖父と母が疫病に罹ることは覆せないの?
ゲーム『ライ花』みたいに祖父と母が亡くなるのは嫌だ。
それは、オリビア・アーシュレイが悪役令嬢への第一歩目になるから嫌なのでは無い。
面と向かえば、孫娘に不器用な態度をとる祖父のレイモン・ド・アーシュレイ。
わたしと弟に溢れる愛情を隠さない母、クラウディア・アーシュレイたち二人を失いたくないと心から思うからだ。
(まあ祖父には婚約者選びに関して若干思う所があるけれど。)
前世ですら流感に関しては予防しか対応策がなかった。
この世界は、ワクチンとか当然ないし。
第一、館や部屋が広過ぎて、やたら寒い。 冬なんて特に。
火鉢もどきを作ってはみたけど部屋全体を暖かくするなんて絶対無理。
一応は防寒対策と瘴気除けってことで、マスクっぽいスカーフと外出後の手洗いは、家族たちやプライベートエリアに出入りする使用人たちへ教えておいたけど、実施してくれるかどうかは分からない。
領主館のお針子たちに端切れを使って、マスクの形を一先ず作って貰ったけど、母からはノーリアクション。
アレは恐らく使用されないであろう。
顔に着けた時のビジュアルが悪い所為なのかしら。
白では無くてシュミーズ用の黒や茶褐色のリネンだったからかも。
手洗いは、祖父がアーシュレイ家の騎士団に居る水属性の魔法騎士にお願いして、夏場だけシャバシャバと手を洗って涼んだそうだ。
日頃は祖父の護衛騎士をされているらしい。
王都では、指定の場所以外での魔法の行使は禁止されているので、夏季休暇に領地で過ごす祖父には、気楽に涼めて瘴気洗浄が出来ると好評価な手洗いだった。
弟のジルベールは、中央塔前庭にある噴水で水遊びをするのが、この夏の一大ムーブ。それは、手洗いと違うゾ、我が弟よ。
母は、わたしの変わった言動にも寛容で、外出先から戻ると部屋付きメイドに用意させた木桶の水で、手洗いしてくれていた。
「わたしの言葉をきいて下さって嬉しいです。お母さま。」
「だってリビーが、私のためにならない事を口にするはずがないもの。」
って、嬉しいことを言ってくれた。
(もう、お母さま大好き!)
それは、嬉しいのだけども、コレじゃあ流感予防が儘ならない。
・・・そういえば、もうすぐ王都近郊の王領で狩猟大会が開催されるハズ。
今年は、祖父たちと一緒に家族で王都へ行ってみたらどうだろう?
勿論子供であるわたしとジルベールは、狩りに参加することが出来ないけど、祖父に頼めば何とかなりそうな気がするのよね。
何だか機嫌が良いし。
一番のネックは母かな?
父と愛人の居る王都へは弟を懐妊して以来、大聖堂からのご指名があった時以外、足を踏み入れていなし。 あれはローランが派遣された時ね。
ふむ。
此処は頑張って母をわたしが説得するしかないわね。
明るい未来を家族揃って掴む為に。
ああ、父は家族枠に入ってません。
だって不幸の元凶ですから。わたしにとっても母にとっても。
まあ、父を甘やかして居る祖父母には、流感を乗り越えて、わたしが明るく10歳を迎えられたら、ちょっぴり仕返しするつもり。
それ位は許されるよね?
「、、、、と言う訳で、ロベリア国では対応していると手紙に書いていましたって、、、。僕の話を聞いている?オリビア。オリビア・アーシュレイ嬢!!」
「・・・。えへへへ。ごめんなさい、ローラン先生。」
「はぁ。アーシュレイ侯爵閣下とアーシュレイ次期侯爵夫人を助けたいと、オリビアは言って無かった?」
「はい!勿論救いたいです。それでですね。アーシュレイ領地で疫病が流行るのは12月の頃だと思うのですよ。なので、取り敢えずは逃げることにします。」
「逃げる?」
「はい。王都パルスよりアーシュレイ領地で疫病が発生したのって、付属海から出航した商船に乗って川を下った人々から、アーシュレイ領の河港で下船されて伝染したのだと推測したのです。 付属海からの商船の川船だとアーシュレイ領地に少し停泊した後にパルスへ行くでしょう? 我が家でウィルス、、、いえ、瘴気を予防しようと一応はわたしも行動したのですけど、如何も難しくて。 それなら家族で王都のタウンハウスに行き疫病が落ち着くのを待って見ようかと。 まあ領地で疫病が発生したら、お祖父さまは速攻で帰ってしまいそうなのだけど。 ローラン先生ならわたしと一緒になって、お祖父さまを王都に留める説得をしてもらえるのじゃないかなあーってちゃっかり期待させてもらってます。 えへへ。」
「それは良いけど、、、でもオリビア、王都パルスでも流行るかも知れないよ。」
「うーん。そうなのですけど。疫病発生時、アーシュレイ領地にお祖父さまとお母さまが居なければ大丈夫な気がするのですよね。 何となくですが。 あの、ローラン先生は、わたしを軽蔑しますか?」
「うん?何で?」
「領民とかを無視して家族の安全だけを願うって、、、こと。」
「まあ、一般の聖職者の仮面を被っている時なら何か言うかもしれないけど。 本来ある僕の立場としては、オリビアを軽蔑したりしないよ。それに未だオリビアは8歳だしね。家族を大切に思って当たり前だよ。」
「うっ、8歳児に擬態しているだけですが。」
「フフッ、そんなことも言ってたね。まあ、一応ロベリア教皇から付属海沿岸部地帯に暗黒大陸や東方からの商船を西方へは入らせないように回告を出しておいたそうだよ。 ボーっとしていたオリビアに先程説明したけどね。 これで疫病の広がりに歯止めが掛かれば良いけども。」
「はい。そう願います。わたしも。」
わたしは、ロベリア教皇とユリウス教会上層部が動いて呉れたと言う話をローランから伝えられ、少しだけホッとした。
ローランと知り合えてなかったら、死者が多いだろう流感発生の警告をわたしは、誰にも告げなかっただろうから。
幾ら侯爵令嬢とは言え8歳児の忠告など誰もマトモに聞き入れてくれなかっただろう。
もしかしたら被害が出てから「悪魔付き」とか呼ばれて白い目で見られる可能性だって高い。
ローランが〔夢視の力〕と誤解してくれたおかげでロベリア教皇まで動かしてくれた。
わたしが動くより、きっと多くの人たちが助かってくれるのじゃないかな、、、って。
いつも胡散臭いって思って居てごめんね、ローラン。
麗しのローランは、やっぱり出来る男なのね。大いに見直してしまったわ。
───ありがとう。───
ふっと気が緩んで、わたしは何となく精霊アルプを探した。
すると椅子に座ったわたしの膝の上にいつのまにかリョコリと乗って寝そべっていた。
膝に乗った水色のペルシャ猫アルプの長い尻尾が、左右へ長閑に気儘な様子で揺れていた。
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