ep50 読めない契約書 〔※第三者視点〕
気分転換に何となく二つほど別の話をアップして、休んでいます。
そろそろオリビアに戻ってこようと思案中。
では良いお年を。2025年12月31日
◇◇
アーシュレイ領主館の東棟近く、青々とした楡やブナの樹々に囲まれた小さな礼拝堂がある。
領主館の東棟は、王都パルスから流れる南のオルサ大河。そして領都ウィドールを北東から南西に流れるロウグ川との船の往来を監視する為、建てられた物見の塔だった。
フローラル王国建国以前から在るカナーン王国時代の建築物だ。
軈てカナーン王国末期に成り、争いが増え、物見の塔に居住する騎士や兵が増え、武器や防具の鍛冶職人も住む様に成り、日々の祈りの場の必要性に駆られ、木造の小さな礼拝堂が作られた。
百数年前では、物見の塔からヴィラ聖堂のある現領都ヴィドールまでの道は舗装されておらず、木々の乱立する高台の丘を下って行くには遠過ぎた為、礼拝堂が作られたのだ。
そしてフローラル王国が建国されるとヴィラ聖堂を中心に栄えていた荘園の街を領主は、新たな領都ヴィドールとして、小高い丘の楡の林を伐採、整地し中央塔を建て、領主館を築き上げた。
小さな尖塔が、石と煉瓦で作られた礼拝堂に付いたのは、本館にあたる中央塔完成後である。
◇
アーシュレイ領主館敷地内に在る蔦の絡まる小さな礼拝堂の司祭部屋の一室で、細身の美青年と幼い少女が、エルム材で造った素朴な丸テーブルに2人で向かい合って座っていた。
細身の美青年は黒の修道服を着たローラン。それと彼の監視対象者のオリビア侯爵令嬢。プラチナブロンドの髪をふんわりと編み込んだメガネをかけた小さな少女だった。
『男女7歳にして席を同じにせず』と言われているが、俗世から離れた聖職者は男に入らない為、遠慮なくローランとオリビアは、内密の話をしようと現在2人で過ごして居る。(主にローラン主導で。)
昨日ローランから典礼言語の講義終了後、午後のお茶の時間前に東棟近くの礼拝堂へと、オリビアは呼ばれたのだ。
ちょうどオリビアは、母から先ずは領地でのお茶会、そして一年後は王宮でのお茶会参加を命じられたので、そのことをローランに相談したいと考えて居た為、一も二もなく頷是とした。
「オリビアは、僕に話したいことが或るよね? 聞くから話してご覧。」
背凭れの無い丸椅子に腰かけていたローランが、首から掛けていたロザリオの黄玉の1つを右手で触れ、オリビアの話を促すように、ゆっくりと綺麗な紫眼を向けた。
「‥‥。あのですね、ローラン先生。母から本館や領都ヴィドールで行われる茶会に参加するようにと言われてしまったのです。わたしは、祖父からパブリックな所ではメガネを外し裸眼で過ごすように命じられていて、、、困って居るの。」
「まあ、貴族令嬢が他人の前で、視力補正具を掛けるのは、当主であるアーシュレイ侯爵閣下なら反対するだろうね。 特にオリビアは嫁入り前だし、瑕疵がつくと目当ての家との婚姻話が消える可能性もあるからね。 アーシュレイ侯爵閣下は、王家との話を勧めたいだろうし。」
「ハァ、逃げ出したい‥‥‥デス。」
「ふふっ、第一王子殿下との婚約者候補の話は、噂が先行しているだけだと、僕は思うよ。」
ローランの気の抜けた声で告げられた言葉に、俯き加減で話していたオリビアは、ガバリと上体を起こして勢い込んで尋ねた。
「ほっほ、本当ですか?」
「うん、恐らく。」
「もう! また軽くいい加減なコトを。 まあそれはそれで置いといて。ローラン先生に相談したいことは、わたしって目が悪いってワケじゃないんですよっ!」
「うん、知ってる。」
「ぐっ!」
揶揄われているようなローランの軽い口調に、オリビアは苛立ちを何とか抑え、無理矢理、続きを話した。 ローランの軽口に乗ると話したいことから逸れて行くことを今までの経験上、オリビアも分かっていたのだ。
「裸眼で、周囲を視ると無数の光の粒子が乱舞して、視界が眩し過ぎるのです。 それをアンゼル枢機卿さまが、メガネで調節して下さったので、見えるように為ったのです。だからアンゼル枢機卿さまと親しいローラン先生なら、メガネを外しても周囲が普通に見える方法をご存じかと思い、今回ご相談したかったのです。」
「ハイ、了解。」
「えっ?」
「ん?出来るよ。 但しオリビア嬢に、強めの制約魔法を掛けさせて貰うけどね。 教会の秘匿事項に関わる案件だから。」
「制約魔法??」
オリビアは、耳慣れないローランの言葉に、目を白黒させた。
ローランは、ポカンとしてオウム返しで呟いたオリビアをニヤリと楽し気に見て、揶揄うような口調で《素人が知ってはイケない》秘密の話を語り始めた。
制約魔法とは、教会側が社会秩序維持を目的に秘匿事項を無闇に洩らさせない為、術者と被術者が同意の元で施す魔法。(目的は何やら胡散臭いが。)
先ず、互いの魔力で契約をスクロールに記す。
つまり、血判状のようなもの。
契約を破ろうとしても、言動が封じられる為に破れない。
「※但し、契約を破ろうと試みると寿命が縮むペナルティが発動する。」と、ローランは素敵な黒い笑顔をオリビアへと寄こして明るく言った。
「オリビアが、自死したくなったら、試してみて?」
ローランは、テーブルの上に乗った羊皮紙のスクロールに巻かれた褐色の紐を解き、丸まった紙を広げた。 するとベージュ色から一瞬眩く光輝き、レモンイエローに変わり、黄白色へと落ち着き、金色の文字がびっしりと綴られた一枚の契約書のようなものになった。
複雑な紋様に見える金色のソレは、オリビアが解読する事は叶わなかった。
そしてローランは、楕円形の果物入れの籠から、良く磨かれた小さなナイフを慣れた手つきで取り出し、オリビアの前へとコトリと置いた。
「オリビアは、親指の腹を切って、この契約書のスペースに血印を押して。」
「え、と、、、。契約書が読めないのですけども。ローラン先生。」
「大丈夫大丈夫! 教師の僕は、嘘がつけないし。 安心してよ、オリビア。」
「いえ、急に親し気な甘い声で言っても駄目です、ローラン先生。 前世からの教えで、読めない契約書に、サインしたり、印鑑を押したりするのは、禁止なの。絶対ダメ!」
「ん-!オリビアは我儘だねぇ~。はぁと!」
「可愛く言っても嫌です。それに痛いのも嫌だし。」
「あのね。 オリビアも知ってると思うけど、聖職者になる前には、神に誓う儀式が或るの。聖冠の儀と同時に聖約の儀を僕たちは行っている。 そして神からの教えを一切裏切らないと言う誓約と制約の契約を捧げているのだよ。 特に、此の神精言語の内容を違えたり出来ない仕様になっているからね。 ささ、安心して押してごらん。」
胡乱気な表情のオリビアにローランは、「神との誓いはドレ程崇高なモノであるか」を脅したりすかしたりして、得々と説いていった。
「俗世とは違うのだよ、俗世とは。」と、延々と語って来るローランが面倒になり、オリビアは渋々親指の腹をナイフて軽く切り、ぷくりと盛り上がった血を指定された場所へと押し付けた。
果物籠に掛けていた藍色の数枚ある小さなタオルの1枚をローランが取りオリビアへと渡した。 そしてオリビアの前に置いてあった小さなナイフを右手に取り、スッと躊躇いなく自分の親指の腹を切った。
ローランは、オリビアの小さな血印の上へ、2割ほど重なるように勢いよく切った親指の血印を押した。
ると契約書は、ぼわりと白い光を帯びた後、ベージュ色の羊皮紙へと戻った。それをローランはスクロールに戻し、褐色の紐で閉じ直して、丁寧に右手に持ち、椅子から立ち上がって窓際の文机まで歩いて行った。
スクロールを使い込まれ机の引き出しへと仕舞い、呼び鈴を鳴らしてグレーの簡素な修道服を着た少年を呼び、紅茶を持って来るように頼んだ。
(ユリウス教会では、黒の修道服は神父以上で、グレーの修道服は未だ誓約を果たして居ない神学生や修道士が着る衣服だった。)
そして文机の上に置かれた長細い紺色の小さくシンプルな宝石箱を持ち、ゆっくりと歩いてオリビアの前の丸椅子に腰を降ろした。
ローランは、綺麗な紫眼の瞳を悪戯を企むように光らせ、手にした紺色の小さな宝石箱をメガネケースだと説明し、オリビアが居るテーブルの前に静かに置いた。
「さて此れで、制約魔法は完了だね。オリビアが、沈黙させられるのは、精霊や魔法のこと。それとユリウス教への疑義だね。 禁忌事項は制約魔法で強制的に沈黙させらるから、オリビアの日常生活に支障はない筈だよ。さて、此れで、僕も色々話せるようになった。 先ず、オリビアの視界で輝いていたのは、精霊たちだ。自我の無いね。」
「‥‥‥精霊!?、精霊なのですか?ローラン先生!?あの光の粒子たちは!」
精霊など大昔のファンタジーだと思い込んでいたオリビアは、ローランから告げられた言葉に茫然とした。 そんなオリビアを気にすることなくローランは話しを続けた。
本来、自我の無い精霊を人間は視覚することが出来ない。
オリビアが、無意識で無数に存在する精霊を視覚したのは、異世界の魂を持つ為に起きた一種のバグだった。
その異質な魂が、オリビアの瞳に馴染んでいない為、起きている歪みなのだ。と、ローランは真面目な顔を作って、説明を飲み込めていない様子のオリビアに話した。
「どうしたら良いの!!視たくないのに!」
軽くパニックになったオリビアは、小さく叫んで頭を抱えた。
「まあまあ、そう興奮しないで。 オリビアに正しい精霊の存在を認識して貰えたら、周囲に集まっている精霊たちは、視覚出来なくなるよ。 本来、自我の無い精霊は、人間に視えない存在だから。」
「認識方法を教えてください。ローラン先生。」
「勿論だよ、オリビア。 その為に制約魔法をオリビアに施したのだから。」
そもそも女児に、制約魔法を掛けるなんて、ユリウス教会始まって以来のイレギュラーな案件だった。
オリビアが、異世界の過去世を持つ存在だと、神聖ロベリア教皇国のユリウス大聖堂に居る大枢機卿トリとヘプタに報告し、今回の措置が決定した。
俗世の平穏を乱さない為、聖都ミスティアにある神殿の修道院へオリビアを保護と言う名目での監禁なども考えられていたのだが、次代の水の精霊王アルプの愛し子であるオリビアに、手荒な強硬策は取れず、ローランを教師役として傍に置く事で回避された。
何せ精霊たちを怒らせるのは、恐ろしい。
それが次代の精霊王となったら猶更である。
第一、主であるソラリス神の護るモノとは、〔精霊>人〕なのだ。
そもそもユリウス教を作り広めたのも精霊の存在を秘し、精霊を守る為なのだ。 そして大枢機卿たちは、精霊たちの守り手であるのだ。
そして幾らソラリス神の加護を得ている使徒たちでも、肉体は単なる人間である。
とりあえずローランは、興奮気味なオリビアを宥めて、彼女の小さな身体に、寄り添い漂っている次代精霊王の名を神精言語で教えた。
制約魔法を受け入れる契約をしたオリビアは、ローランが神精言語で告げた次代の水の精霊王の名を聴き取れるように成っていた。
「さあ、オリビア。僕の告げた名を復唱して。」
「アルプ。」
「アルプ。」
静かにその名を告げるローラン。
慌ててローランに倣い、幼い声でオリビアがその名を呼んだ。
◇◇
※大枢機卿とは※
ユリウス教上層部とは、ロベリア教皇と12人の枢機卿から成るモノを指す。
また年に二度ユリウス大聖堂で行われる神聖会議には、12人の枢機卿参加が聖典に記されている為、ソラリス神から転生の加護を得ていない者も選挙で枢機卿に為れる。
一般的には、皆に枢機卿と呼ばれるが、精霊と契約を交わし、ソラリス神の加護を持つ者を判り易く大枢機卿と表してみた。




