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「いらっしゃいませ」
制服に白いメイドカチューシャとフリルのエプロンを身に着けた美少女が、恭しく頭を下げた。
案内された生徒会室は、まさしく豪華絢爛という言葉が相応しい空間だった。
床一面には深いワインレッドのカーペットが敷き詰められ、重厚な革張りのソファや艶やかに磨き上げられた木製の調度品が、ゆったりとした間隔で配置されている。どれも学校の備品とは思えないほど上質で、高級ホテルのラウンジとでも紹介された方が、よほど納得できる。
「随分とお金を掛けているんすね」
「心配はご無用だ。君たち普通科の学費から予算は出ていない。ダンジョン科の探索家の売上の一部が生徒会予算として割り振られているからな」
ふんっと副会長は鼻を鳴らした。
「大佛会長、種付 涼馬を連行しました」
部屋の奥、窓際には一段高くなった区画が設けられており、そこに重厚な執務机が鎮座していた。室内全体を見渡せるその場所は、さながら玉座を据えた謁見の間のようだった。
「ふむ、朝からご苦労でしたね」
大きな黒革の椅子にふんぞり返り、悠然と脚を組んで出迎えたのは、艶やかなピンク色の髪を揺らす幼女だった。
小柄な体躯に、あどけなさの残る愛らしい顔立ち。人気子役としてテレビに出演していそうな容姿だったが、その堂々たる佇まいには、見た目からは想像もつかない底知れぬ威厳が漂っていた。
「私は久瑠鴨高校生徒会会長の大佛 博光です」
そう名乗った幼女会長は、幼い顔立ちに似つかわしくない難しい表情を浮かべていた。
「この見た目ではありますが、私は久瑠鴨高校三年の男です」
どうやら幼女会長ではなかったらしい。
大佛会長は男だと言い張っているものの、目から入る情報はことごとくそれを否定していた。
「女子用の制服を着てません?」
「それはわたくしの趣味ですわ」
横から答えたのは、先ほど出迎えてくれたメイド姿の美少女だった。嬉しそうに微笑むと、襟足を長めに残した藍色のウルフカットが、肩先で軽く揺れた。
「はぁ、彼女は書記の早乙女 天衣。二年の女子です」
大佛会長は小さく嘆息し、傍らの少女を紹介した。
「オレは福野 海斗、副会長をしている。三年だ」
隣に立っていた副会長も、改めて名乗った。背筋をぴんと伸ばし、相変わらずの威圧的な立ち姿である。刑吏とかの方が向いていそうだ。
「他にも庶務が二人と会計がいるのですが、彼らには普通に授業を受けていただいています」
大佛会長は一通り紹介を終えると、机の上でゆったりと両手を組んだ。
「さて、顔合わせも済んだことですし、そろそろ本題に入りましょうか」
「それで俺にはどういう処分が下されるんですか?」
涼馬は一段高い場所に鎮座する小さな会長を見上げた。停学にでもなれば、押入れのダンジョンに潜り放題でちょうどいいのだが。
「ふむ、では、お望み通り単刀直入にお伝えしましょう。自主退学を求めます」
大佛会長は組んだ脚を崩すこともなく、さらりと言い放った。その愛らしい容姿と柔らかな口調には、あまりにも似つかわしくない冷徹な宣告だった。
「随分な処分ですね」
「それだけのことをしでかしてくれましたからね。名門、久瑠鴨高校の看板に、先達の方々の功績に泥を塗るような真似です。退学処分にしないだけ温情というものです。必要とあらば転校先を見つけるお手伝いもさせていただきますよ」
大佛会長は悠然と語り終えると、机の上で両手の指を組み合わせた。その表情には僅かな翳りもなく、口元には相変わらず穏やかな微笑が浮かんでいる。何も知らなければ、眺めているこちらまでほっこりしてしまいそうな姿だった。
「恩着せがましく言われましても、退学処分にする権利が無いだけ、でしょう?」
「そうとも言いますね」
大佛会長はあっけらかんとして言い放った。
「もう一度お伝えします。自主退学をしてください」
「待てよ。そもそも、俺が自主退学することに意味はあるんですか?」
「その心は?」
「ネットの炎上なんてすぐに鎮火します。半年もすればそんなことあったっけくらいの話になる。ましてや久瑠鴨高校との関連なんて誰も憶えちゃいない」
涼馬の言葉を聞き終えると、大佛会長は組んでいた指をゆっくりと解き、机の上に両手を揃えた。
「『久瑠鴨高校 雑魚』 『久瑠鴨高校 能無し』『久瑠鴨高校 情報漏洩』現在、我が校の検索サジェストにはこのような関連語句が並んでいます。これらは今はあなたの事件と関連付けられますが、あなたのおっしゃる通り、いつしかそのような些事は忘れられ、これらのワードだけが独り歩きを始めます」
「そんなの、俺が自主退学をしたからといって無くなる訳じゃないだろ」
「あなたは殺人を犯した人間が裁かれる必要はないと? 犯人を罰したところで被害者は戻ってきませんということでしょうか?」
涼馬は口を開きかけたが、言葉が続かなかった。
「覆水盆に返らず、しかしながら、水を溢した責任は誰かが負わねばなりません。探索家の世界は実力主義、そして何よりもメンツがモノをいう世界です。自らの掲げる久瑠鴨高校ダンジョン科の看板に傷を付けられれば面白く感じない者も多い。もしもあなたが責任を取らないと言うのであれば、留飲を下げる為にあなたに危害を加える人もいるやもしれませんね」
「それは脅しですか?」
「まさか、まさか、我々生徒会がそのような私刑に関与することは誓ってありません」
大佛会長は心外だとでも言いたげに、ゆるゆると首を横に振った。
「ですが、なにせ人手不足なものでして、そのような凶行を止める術もありません。だからこそ、こうして未然に防ごうと自主退学を勧めているわけです」
「分かりました」
「では、母上ともご相談して書類にサインを貰ってきてください」
大佛会長が言い終えるよりも早く、涼馬の傍らに人影が立った。 早乙女だった。つい先ほどまで横に座って議事録を取っていたはずなのに、いつの間に移動したのか、物音一つ立てずに背後へ回り込んでいた。
そして、分厚い書類の束が差し出される。退学届けに秘密保持誓約書に他校のパンフレットがチラリと見えた。
涼馬はその手をぴしゃりと払いのけた。
書類が宙を舞い、紙片がワインレッドのカーペットへと降り注ぐ。しかし、一枚たりとも床に触れることはなかった。早乙女の手が目にも留まらぬ速さで翻り、落下する書類をことごとく回収していたのだ。
「あら、手が滑りましたわよ?」
早乙女の言葉には取り合わず、涼馬は正面に座る大佛会長へと向き直った。
「勘違いしているようなので訂正させてもらいます。あなた方、生徒会の言い分は理解しました。事件を片付けるにあたって、穏便な落としどころが俺の自主退学ということも」
そこで一呼吸置き、言葉を継ぐ。
「ですが、断固拒否します。俺に非があるのは無断で勝手に探索家試験を受験したことだけだ。その点について処分があるのであれば、あらかじめ規定された範囲内でどうぞご勝手に。だが、どこぞの馬鹿の情報漏洩のツケまで払う義理はない」
涼馬は真っすぐと大佛会長の方に指を突き付けた。
「もし、俺を襲ってくるような奴がいれば全員返り討ちです。探索家になっといて、掲げる看板が自分の実績じゃなくて母校の名前とかいう、情けないド三流にビビりはしませんから」
「ちょっと正気ですの?」
「早乙女書記、下がりなさい」
大佛会長が静かに制すると、早乙女は軽く頭を下げ、音もなく身を引いた。
「分かりました。その威勢の良さを買って、本日のお話は無かったことにしましょう。正式な処分は追って教師陣から伝えられるでしょうが、恐らく2週間の停学処分になるかと思います」
「大佛会長! よろしいのですか?」
それまで成り行きを見守っていた副会長が、堪えかねたように声を荒らげる。
だが、大佛会長は一切その可愛らしい柔らかな微笑みを絶やさなかった。
「自主退学を強制させることはできませんから。ただ、もし、心変わりがあって自主退学を望まれるということであれば、いつでもご連絡ください」
その言葉を最後に、涼馬は生徒会室からつまみ出されたのだった。




