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「ドンマイドンマイ」
翌日の教室。
机に突っ伏した涼馬の頭を、誰かがポンポンと軽く叩いた。
「ダンジョン科の黒柳つったら有名人じゃねえかよ。そりゃお前じゃ勝ち目ねえわ」
友川 真治がヤレヤレと肩を竦ませた。
「1年の中じゃトップだよトップ。次世代のエース君」
友川が差し出したタブレットには、黒柳のネット記事が表示されていた。
何かスキャンダラスな内容でも出てこないかと期待したが、残念ながら画面を飾っていたのは『期待の新人探索家』という見出しだった。
記事に添えられた写真では、あの忌々しい男が爽やかな笑顔を浮かべている。
「それにしてもダンジョン科のトップパーティに普通科の美灯さんが加入するってだけでも大したものなのに付き合っちまうとは。シンデレラストーリーじゃん。喜んでやれよ」
「あーあー聞こえない聞こえない。アイツの悪評じゃないと耳に入らない」
「悪評ねぇ……」
友川はわざとらしくタブレットの画面を眺め、何かを探すように指を滑らせた。
「才能があって、強くて、紳士的で、非の打ち所がないね」
「アイツのどこが紳士的だっつーの。性のケダモノだ。ぜってー複数の女をとっかえひっかえしてたり」
「美灯さんはそんなクソ男に騙されるような女だと」
「そんなわけねえだろ。ふざけんな! その辺のクソビッチと一緒にすんじゃねえ」
途端、教室の女子たちから鋭い視線が突き刺さった。剥き出しの敵意に気圧され、涼馬は思わず肩を小さくする。
「ふざけてんのはどっちだか」
友川は呆れたように鼻で笑った。
「やっぱ、女子って探索家が良いのかな」
涼馬は机に頬を押し付けたまま、ぽつりと呟いた。
「今のは涼馬が悪いだろ。まっ、探索家がモテるってのは確かだけど、相手が黒柳だったら誤差だよ誤差」
友川の言葉は耳に入ってこなかった。
涼馬はゆっくりと顔を上げる。そして、机の上で固く拳を握りしめた。
「俺も探索家になる」
「は? 涼馬が?」
友川が可哀想な人を見るような目を向けた。
「俺も探索家になってアイツらをぎゃふんと言わせてやる!!」
「おいおい」
「俺の親父を誰だと思ってる。一級の探索家だったんだ。つまり俺にも才能はある!!」
「それ、涼馬の母さん許すか?」
友川の指摘は、至極もっともだった。
種付家において、探索家の話題は半ばタブーとなっている。
父さん――種付 修造が一級探索家だったことは紛れもない事実だ。
しかし、その父さんはダンジョン内で失踪したまま、すでに3年近くが経過していた。ダンジョン内での失踪者に適用される特例によって、法的には死亡扱いとなっているものの、遺体が見つかったわけではない。
だからこそ、母さんは探索家という職業をあまり話題に出したがらない。
そんな母親に、自分も探索家になりたいなどと打ち明ければ、どうなるか。
想像するまでもなかった。
「あの人の息子。血には逆らえないのね的なノリで押し通す……多分」
頭の中で母さんの顔を思い浮かべてみる。
しかし、そこに浮かんだのは感慨に浸る母親の姿ではなく、氷のような眼差しで一蹴される未来だった。
「ほぉん」
「まぁ、絶対無理だから、印鑑だけ勝手に押すよ」
「俺は知らないぜ」
友川が、本日何度目とも知れない呆れ声を漏らした。
「それに前まで探索家のこと冷笑してなかった? 命をチップにギャンブルするアホだって。真の賢者はダンジョン素材を利用して金儲けだとかなんだとか」
「それはそれ、これはこれだ。漢には賭けないといけない時があるんだよ」
「ぷっ、フラれたばっかの負け犬に漢論を語られても」
「良し分かった。表出ろよ」
「はいはい、じゃ、試験受けに行きますか」
友川の首根っこを掴もうと伸ばした手が、ぴたりと止まった。
「……は?」
「だから俺も付き合うって、探索家」
「良いのか? モテる為に命かける馬鹿だって、あんなに冷笑してたのに」
「冷笑してたのは涼馬だろ。俺は元々興味あったの!」
友川はけらけらと笑いながら、涼馬の肩を小突いた。
こうして二人は、翌週に控えていた日本探索家協会主催の探索家資格認定試験、通称『探索家試験』に滑り込みで申し込んだのだった。
探索家資格認定試験は、いわゆる国家資格試験である。
探索家として正式にダンジョンへ潜るためには、必ず突破しなければならない最初の関門だ。
試験は筆記試験に加え、性格や資質を測る適性検査、そして健康状態と魔力量の測定によって合否が判定される。
合格率は70%前後。
運転免許よりも少し難しい程度であり、探索家の資格を取得すること自体は、さほど難しいわけではない。本当に難しいのは、その先に待ち受ける級位認定試験だった。
探索家資格認定試験に合格すると、まず『仮級』という級位が与えられる。
そこから五級、四級、三級、準二級、二級、準一級、一級と、実績や能力に応じて昇格していく。さらに、類まれなる功績を成し遂げた者には、最高位である特級の称号が与えられるのだ。
一般的には、三級がアマチュアとプロの境界線と認識されている。
三級以上ともなれば、探索家を生業として、平均以上の生活を送れるようになるからだ。そして、実に忌々しいことに、あの黒柳はすでに三級を取得しているらしい。
なので、ひとまず目先の目標は三級になることだ。
そしていつかは一級、いや、特級になって沙織と黒柳を見返してやる。
そんな野望とも妄想ともつかない想いを胸に、涼馬は試験勉強に打ち込んだ。
幸いなことに、筆記試験の内容はさほど難しくなかった。
過去問の点数も9割を超え、もはや向かうところ敵なしだった。
「いやぁ、俺は探索家になる気は無かったんだけどぉ。友達がどうしてもって言うから付き添いで仕方なく受けてぇ」
友川はニマニマと笑みを浮かべながら、涼馬の鼻先に資格証を突き付けてきた。
いつもなら「アイドルの志望動機かよ」とでも返していただろう。
適当な軽口を叩いて、胸倉の一つでも掴んで、それで終わっていたはずだ。
けれど今は、喉の奥からコヒュッと乾いた息が漏れただけだった。
そんな涼馬の様子を見て、友川の顔から笑みが消えた。
「ご、ごめんって。ま、まぁ、魔力量は先天的なものだしどうしようもないじゃん」
いつも無神経な友川が、必死に言葉を選んでいる。
そのぎこちない気遣いが、かえって胸の奥に深く突き刺さった。
探索家試験の不合格者は、そのほとんどが筆記試験で必要な点数を取れなかった者だという。事前にネットで調べたときも、適性検査や魔力測定については『形式的なものだから気にする必要はない』という意見ばかりが目についた。
だから、涼馬も気にしていなかった。
だが、引っ掛かったのはその魔力測定だった。
魔力量不足。
たったそれだけの理由で、涼馬は探索家になる資格すら与えられなかった。
筆記試験であれば、勉強し直して次の試験を受ければいい。
落ちた理由が知識不足なら、努力すれば埋められる。
適性検査であっても、まぁ、回答の仕方を工夫すれば何とかなる。
けれど、魔力量は違う。
魔力量を後天的に成長させる方法は、確かに存在する。ダンジョンに潜り、モンスターを討伐し、経験を積み重ねることだ。
しかし、それが許されるのは、探索家資格を持つ者だけだった。
資格を得るためには魔力量が必要なのに、その魔力量を増やすためには資格が必要になる。つまりはどうしようもなかった。
次の試験を受けても、待っているのは同じ結果だ。門前払いされるだけだろう。
「ごめん、一人にさせて」
「ちょ、涼馬」
「大丈夫、俺、大丈夫だから」
声が震えないよう、必死で喉に力を込めた。こんなところで泣くわけにはいかない。だが、どれだけ堪えようとしても、胸の奥から込み上げてくるものを押し留めることはできなかった。
俯いた涼馬の右目から、とうとう一滴の涙がこぼれる。涙は火傷の跡をなぞるようにして頬を伝っていった。




