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幼少期からの友人を竹馬の友というらしい。であれば、同じ病室で一緒に乳を飲んでいた仲ならば、乳首の友とでも呼べばいいのだろうか。
沙織とは、生まれた時にはもう知り合いだった。
産まれた病院も誕生日も同じ。
そんな縁があって、そのうえ家まで隣同士となれば、自然と付き合いも深くなる。
「よーちゃん」
りょうま、という発音が幼い舌には難しかったのか。小さな頃の沙織は、涼馬のことをそう呼んでいた。
快活で、好奇心旺盛で、思い立ったらすぐに駆け出してしまうような女の子だった。涼馬はいつだって、そんな沙織に振り回されていた。
幼い頃のアルバムを開けば、どのページにも当たり前のように二人がいる。
実の妹である麻衣よりも、沙織と一緒に写っている写真の方が圧倒的に多い。
涼馬だけ、あるいは沙織だけが写っている写真を探す方が難しいくらいだった。
それほどまでに、二人はいつも一緒だった。
涼馬は右頬に指を添え、そのまま右目の辺りまで伸びる火傷の痕をなぞった。指先に触れる、僅かに引き攣れた肌。
この傷が出来たのは5歳の頃だった。
当時の二人の間では、何でも競争にすることが流行っていた。
どちらが先に家まで帰れるか。どちらが先にご飯を食べ終えるか。どちらが先に九九を覚えられるか。どちらがあっち向いてホイで勝てるか。
ありとあらゆることを勝負にして、そして、決まって沙織が勝っていた。
忖度していたわけもなく、ただただ単純に才能の差があった。
その日も、いつものように二人で勝負して遊んでいた。
対戦形式のビデオゲームだった。
何とか沙織に一泡吹かせてやろうと、涼馬は一人で遊んでいる間に、とあるハメ技を発見していた。
そして、その秘策は見事に決まった。久しぶりの、それも圧倒的な勝利だった。
日頃の鬱憤を晴らす絶好の機会とばかりに、涼馬は調子に乗った。勝ち誇り、はしゃぎ、散々に沙織を煽り倒した。
すると、沙織の頬はみるみる膨らみ、やがて顔を真っ赤にして不貞腐れ始めた。
そして、その瞬間だった。
沙織の内に眠っていた魔法が目覚め、暴発した。
昂ぶった感情がそのまま形を成したかのように、青白い焔が迸った。
眩い閃光と、焼け付くような熱。それが涼馬の顔を容赦なく焼いた。
魔法には、大きく分けて2つの種類があるとされている。
1つは、ダンジョン内で稀に手に入るマジックオーブを砕くことで、後天的に習得する魔法。
そしてもう1つが生来魔法。
生まれながらにその身に宿し、何らかのきっかけによって、ある日突然目覚める魔法だ。
沙織もまた、その生来魔法を宿す者の一人だった。
焔魔法。
炎を自在に操る魔法。
そのことが分かった日、涼馬の右頬には一生消えない火傷の痕が残った。一般的な治癒魔法やポーションでは、完全に癒やすことのできない火傷だった。
もっとも、父さんの伝手を頼れば、傷痕を消す方法くらいは見つかったかもしれない。
けれど、涼馬はそうしなかった。消したくなかったのだ。
「涼馬ちゃんのきずものにしちゃったーー」
火傷を負った涼馬よりも、ずっと大きな声で泣いていたのは沙織の方だった。
どれだけ宥めても、泣き止んでくれない。しゃくり上げながら涼馬にしがみつき、彼の服を涙と鼻水でぐしょぐしょに濡らしていた。
「ごめんなざいーー。せきにんどってわだぢがけっこんするー」
幼い沙織が、泣きじゃくりながら口にした言葉。
きっと、本人はもう覚えていないだろう。幼い子供が口にした、何の重みもない約束。
それでも、その言葉は涼馬の胸の奥で、ぷすぷすと燻り続けていた。
何年経っても、消えることなく。何度季節が巡っても、色褪せることなく。
ずっと、ずっと胸を焦がしていた。
「ああ、もう、俺、ダサすぎるぅ」
涼馬はベッドの上でジタバタと手足を振り回し、身悶えた。思い返せば返すほど、胸の奥から後悔が際限なく溢れてくる。
時間はいくらでもあったのだ。
毎日のように顔を合わせ、くだらない話をして、笑い合ってきた。
その気になれば、いつだって伝えられたはずだった。
俺が先に沙織に告白していれば、何かが違っていたのかもしれない。
だが、そんなふうに考えてしまう自分が、何より嫌だった。先に告白していれば、沙織も自分を選んでくれた。そんな都合のいい思い込みこそ、自惚れが過ぎる。
そもそも、最近の沙織のことを何も知らなかった。
探索家資格を取ったことも、ダンジョン科のクソ野郎に言い寄られていることも、告白され、付き合い始めていたことも。
何一つ知らなかった。知らされていなかった。
好きだという思いも一方的な感情でしかなかった。それどころか、大事なことを相談されもしなかった。
俺は沙織にとってはたまたま近くにあった路傍の石みたいな存在でしかなかったのかもしれない。いつもそこにあるから、何となく目に入る。けれど、そこになければないで、別に困りはしない。
その程度の存在。
「大体、高校生の分際で朝帰りは駄目だろ! 不純異性交遊反対!」
堪えきれず、誰にともなく声を張り上げた。けれど、その声は虚しく部屋に響くだけだった。
脳裏には、ホテルのベッドで身体を重ねる二人の姿が浮かんでいた。
これまで、沙織の隣にいる男はいつだって自分だった。少なくとも、妄想の中だけは。
だが、妄想の中すら自分の居場所はなかった。妄想の中の男は甘い言葉を囁き、沙織の身体を好き放題にする。
行き場のない思いを吐き出すように、使い終わったティッシュを丸めてゴミ箱へ放り捨てた。




