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「さて、どこの誰だ?」
鎖で背中合わせにぐるぐる巻きにされた3人の男を前に、涼馬は問いかけた。返事を待つこともなく、男たちのサングラスとマスク、ニット帽を順番に剥ぎ取っていく。
露わになったのは、いずれも見覚えのない顔だった。少なくとも、朝っぱらから襲われるような因縁を個人的に作った覚えはない。
「二年の『卍軍』のパーティ」
黒柳は知っているようだった。
「有名?」
「いや、校内のパーティランキングだと129位だ。有名とは言い難い」
何で知ってるんだ。全部のパーティと順位を覚えていたりするのか?
涼馬はほんの少し引いた。
「ちなみに黒柳のパーティは?」
「俺らの『漸進する葦』は31位」
「持て囃されてるわりに大したことないんだな」
「耳が痛い。3学年合わせてとなると苦戦していてね」
このランキングは単純な強さだけでなく、これまで積み重ねてきた実績も大きく評価される。そのため、在籍期間の長い上級生ほど有利な仕組みになっていた。
とはいえ、学年1位の期待の新星と散々持て囃されているわりには、いまひとつパッとしない順位である。
「沙織が入ったんだ。すぐに一桁くらいにはなって貰わないと。3年が卒業して繰り上げ一桁とか情けない真似はすんなよ」
「精進しているつもりだ」
黒柳は苦笑交じりに答えた。
そんな会話を交わす傍ら、涼馬はポケットからスマートフォンを取り出していた。
まずは、鎖で情けなく縛り上げられた3人の姿を何枚か撮影する。続いて、それぞれの顔にカメラを近づけ、ドアップで撮っていった。
このとき、鎖で縛られていることが写真から分からないよう、構図には細心の注意を払った。顔だけを画面いっぱいに収め、余計なものが写り込まないようにする。
撮影を終えると、涼馬はSNSアプリのψチャンネルを立ち上げ、慣れた手つきで文章を打ち込んだ。
『卍軍の三人がお見舞いに来てくれました。全く面識も無かったのに感謝』
添付するのは、もちろん顔のアップ写真だけ。
投稿内容と写真を一通り確認し、涼馬は送信ボタンを押した。
「良い性格をしているね」
傍らで一部始終を眺めていた黒柳が、呆れたように呟いた。
「チキショウ」
背中合わせに縛られた男たちの一人から、悔しげな声が漏れた。
「何でお前がこのカスを守ってんだ。黒柳」
「さてね。一つ言えることはキミたちに質問をする権利はないってことだ」
黒柳は肩を竦め、呆れたように溜息を吐いた。それから涼馬へ向き直る。
「この後はどうするんだい?」
「どうもしない。流石にペットにするには不細工すぎるし、食べるには肉も硬くて臭みが強そうだし」
涼馬は冗談交じりに答えた。
「あ、でも、また襲撃とか、余計なことは考えない方が良い。顔が割れちゃったからね。誰に襲われても君たち三人の話はしないといけない。それも学校じゃなくて警察に」
途端に、3人の表情が強張った。
「いやいや、俺も大事にしたいわけじゃないんだけど。母さんが元刑事だから、嫌でも警察沙汰になっちゃうんだよね。そうなれば停学どころじゃ済まないだろうな。それに、今回の情報漏洩の一件で探索家協会にも貸しがある。最低でも探索家資格の剥奪は確実。もっと悪ければ前科者か」
涼馬は指を折りながら、考えられる結末を淡々と並べ立てた。
「脅しか?」
大男が顔を歪め、鋭い眼光を向けてくる。もっとも、鎖でがんじがらめにされた姿では、いまひとつ迫力に欠けていた。
「失敬な。起こり得る未来の話をしているだけだ」
涼馬は3人組の前まで歩み寄ると、身を屈め、大男の顔を覗き込んだ。
「そうならないためには、俺が誰かに襲われて怪我を負うなんてことを、未然に防ぐしかなさそうだ」
しばらく涼馬を睨み返していたが、やがてその視線を落とした。
「分かった」
卍軍の大男は観念したように項垂れて答えた。
それ以上の追及はせず、3人を拘束していた鎖を解いてやると、涼馬たちは中断していたランニングを再開した。
「なぁ、どうして沙織をパーティに誘ったんだ?」
「以前に命を救われてね。沙織の焔魔法は多くの人を救うことのできる力だ。沙織もその力で人の役に立てることを望んでいた。俺のパーティに誘ったのは沙織と仲良くなりたかったからかな」
黒柳は恥ずかしげもなく、さらりと言ってのけた。
「下心丸出しってわけだ」
「そうとられても仕方がないね」
「探索家は危険だ。俺の父さんは探索中に行方不明になってそのままだ。だから沙織にはなって欲しくなかった」
「修造さんのことは聞いている。沙織の師匠だった人だと」
そこで会話が途切れた。
いつしか運動公園を抜け、2人は早朝の住宅街を走っていた。人通りの少ない静かな通りに、二足分の足音が規則正しく響いている。
もっとも、呼吸まで同じように整っているわけではない。涼馬の息は少しずつ荒くなり、対する黒柳は未だに涼しい顔をしていた。
「……そうか」
言おうか言うまいか迷った。
それでもこれだけは宣言しなければならなかった。自分の為に。
「もしもダンジョン内でも外でも沙織に何かあれば」
涼馬は隣を走る黒柳へ顔を向けた。
先ほどのほれぼれするような流麗な動きを目の当たりにして、それでも言葉にする。
「俺がお前を殺すから」
黒柳は驚くでも、怒るでもなかった。
わずかに涼馬を見返したあと、いつもの穏やかな調子で答える。
「心して行動するとしよう」
「ちなみに、朝まで沙織の家で何をしてたんだ?」
その途端、黒柳の顔色が変わった。
ほんのりと頬を赤らめ、少しばかり困ったように肩を竦める。
「ご想像のままに」
そして黒柳は一歩分前に出た。
「殺す」
涼馬は黒柳を一発殴ってやろうと、勢いよく地面を蹴った。 だが、いくら走っても距離は縮まらなかった。
こちらが速度を上げれば、黒柳もするりと加速する。涼馬が懸命に足を動かしても、その分だけ向こうも軽やかに駆けていく。
しかも、決して追いつけない程度に距離を保つ、腹立たしいほど絶妙な加減だった。
結局、涼馬が息も絶え絶えになるまで、黒柳はただの一度も呼吸を乱さなかった。




