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「ようやく潜れる!」
涼馬は押入れの戸を開けると、その奥に広がる黒い靄へと身体を沈めた。
実に3日ぶりのダンジョン探索だった。
土日は母さんが家にいるため、ダンジョンに潜るのを控えていた。わざわざリスクを冒すよりも、探索家協会へ出向いたり、山積みになった課題を片付けたりする方に時間を費やしたのだ。
そして昨日は昨日で、担任が日中に監視に来るという話だった。何時ごろに訪ねてくるのかも教えてもらえず、迂闊に部屋を空けるわけにもいかなかった。
結局、担任が姿を現したのは、すっかり日も暮れた放課後になってからだった。
日中じゃなくて放課後って言えよ。
「相変わらず気持ちの悪い空間だな……って、えええええ!?」
涼馬は目の前の光景に唖然とした。だが、すぐさま我に返り、反射的に身構える。
すぐ目の前に、黄金色の身体を持つボスオナホクンG……らしきものが佇んでいたのだ。
そう断言しきれなかったのは、その姿が前回とは根本から変わっていたからだった。
かつては寸胴な筒状だった身体に、今でははっきりとしたくびれが生まれている。胴体の上部には肩が張り出し、そこから左右に細長い腕まで伸びていた。
何より目を引いたのは頭部だった。
以前は触手が生えているだけだった場所に、人間めいた顔立ちの頭が形作られている。その頭上では、まるでメデューサの蛇髪のように、無数の触手がうねうねと蠢いていた。
そこにいたのは、もはやただのモンスターではない。
人間とモンスターのあいの子めいた、どこか妖しげな少女の姿をしたボスオナホクンG。いや、ボスオナホチャンGとでも呼ぶべきか。
しかも涼馬の姿を見つけた途端、そいつは夕食を目の前にした麻衣のように瞳をきらきらと輝かせた。
「……じゅるり。ゴチソウ。マチワビタ」
「へ?」
「モウコナイ、オモッタ」
「喋ったーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!」
あまりの衝撃に、涼馬はほとんど反射的に踵を返した。背後の扉へ一目散に駆け込み、黒い靄を突き抜けると、もんどり打つように自室へ転がり出る。
「いやいやいやいや……」
涼馬は床にへたり込んだまま、何度も首を横に振った。
つい先ほど目にした光景が、どうにも信じられない。確かにあの化け物は人の姿をしていたし、それどころか言葉まで喋っていた。
頬を思い切り抓ってみる。
当然、夢から覚めるようなことはなかった。
もう一度、今度はさらに強く抓る。だが、指先に力を込めるたび、頬にじんじんとした痛みが残るばかりだった。
「と、取り敢えず、もう一回確かめてみるか」
涼馬は恐る恐る押入れへ身体を滑り込ませ、再びダンジョンへ足を踏み入れた。
「あ、モドッテきた」
入った途端、ボスオナホチャンGと目が合った。
白目にあたる部分は金色に染まり、その中央には真っ黒な瞳が浮かんでいる。形だけ見れば可愛らしいつぶらな瞳なのだが、異様な色彩の組み合わせが、かえって不気味さを際立たせていた。
ボスオナホチャンGは涼馬をじっと見つめている。その頭上では、無数の触手が海中のイソギンチャクのようにゆらゆらと揺れていた。
「ええと、取り敢えず話できる?」
「サッキからワラワ、ハナシしてる」
「あ、すみません」
思わず謝ってしまった。
「ええと、どうして喋れるように?」
「ショクジ、ケンコウ、チカラモドった。ソナタのせーえき、ビミ」
たどたどしい言葉ではあったが、質問にはきちんと答えてくれている。
どうやら、本当に対話する意思はあるらしい。
「えと、ボスオナホチャンGさんはどういった存在で?」
「そのナマエ、キライ、センスない」
ボスオナホチャンGはぷくっと頬を膨らませ、そっぽを向いた。
まさか、モンスターにネーミングセンスを酷評される日が来るとは。
ちょっとショックだった。
「ではなんと呼べば?」
「ナヅケヨ」
「えっとナヅケヨさんと」
「チガウ、ソナタがナヅケヨ」
ボスオナホチャンGは、ずいっと涼馬を指差した。
改めて名前を考えるべく、涼馬はその黄金色の身体をまじまじと眺めた。
以前の寸胴な筒型の面影は、もうほとんど残っていなかった。
脚にはきちんと関節があり、その上には少女らしく丸みを帯びた腰の線が続いている。股間は人形のようにつるりとしていて、生殖器らしきものは見当たらない。
腰は細くくびれ、胸には柔らかな膨らみまである。ただし乳首はなく、黄金の表面がそのまま滑らかに続いていた。
以前は影も形もなかった腕には、今や肘があり、その先には五本の指まで揃っている。
そして、顔。
やや丸みを帯びた鼻が愛嬌を感じさせ、輪郭も整っている。頭から生えているものさえ普通の髪なら、美少女と呼んでも差し支えのない顔立ちだった。
もっとも、髪の代わりにうねうねと蠢いている無数の触手だけは、正直ちょっとキモい。
「……金華はどうだ?」
「キンカ」
少女は初めて耳にする音を舌の上で転がすように、ゆっくりとその名を口にした。
「キンカ……」
もう一度。
やがて意味を噛み締めるように満足げに頷く。
「うむ。ワラワ、キンカ!」
「一応、俺の名前は涼馬だ」
「ソナタ、リョーマ、ワカッタ」
「それで金華はどういった存在で?」
「ワカラナイ、ナニも?」
「記憶や自我はいつからあるんだ?」
金華は少し考えるように首を傾げたあと、また涼馬を指差した。
「ソナタがいた」
「俺?」
いつのことだ。
最初に襲われた時だろうか。
確か調教魔法 淫の練習をしていて、っとそうだ。
金華を前にして、すっかり忘れていたことを思い出した。
「俺と契約して使い魔にならないか?」
「ケーヤク?」
「ああ。仲間として、一緒にダンジョン攻略を手伝ってほしい。契約すれば、このダンジョンの外にも出られるし」
そこまで言ってから、少し自信をなくす。
「……多分」
金華は腕を組み、額に皺を寄せてしばし考え込んだ。
「せーえき、くれる?」
「ま、まぁ……役に立ってくれれば」
「ならばヨシ。ケーヤクする」
金華は満足げに頷いた。
涼馬はその正面に立ち、ゆっくりと掌をかざす。
『淫靡なる扉、果てるは性の定め、隷属するは従、従えるは王、テインム!!』
魔法が発動する。
虚空に淡い光が滲み、幾筋もの細い銀の鎖が姿を現す。鎖はまるで意思を持つ生き物のように宙を這い、金華の身体へと伸びていった。
腕に、腰に、脚に。
銀色の軌跡を描きながら、次々と絡みついていく。
今度こそ。
そう思った瞬間。
パリンッ。
澄んだ音が響いた。
金華の身体を拘束していた銀の鎖は、あっけなく砕け散り、無数の光の粒となって虚空に消えた。
「あれ? 金華が抵抗した?」
問いかけると、心外だとでも言うように金華はぶんぶんと首を横に振った。
「チカラ、タリテない」
金華のたどたどしい説明をどうにか噛み砕くと、やはり魔法そのものを成立させるために必要な、最低限の魔力量が足りていないらしい。
おのれ魔力量。
どこまで俺の足を引っ張れば気が済むんだ!!
涼馬は忌々しげに、自分の両手を見つめた。
「とはいえ、魔力量を上げるならモンスターを倒すのが手っ取り早いんだけど……この階層のオナホクンを倒すのは問題あるか? 金華の仲間だったりする?」
「スキにスレば?」
金華はあっさりと答えた。それどころか、心底どうでもよさそうな様子だった。
それはそれでどうなんだ、と涼馬は思わないでもない。
「同族の情とかないのか? 前に見た時は、オナホクンをぞろぞろ引き連れてただろ」
「カッテにツイてくるダケ」
「……そんなもんなのか」
この辺りはモンスター独特の価値観なのだろうか。
もっとも、当の金華が気にしないというのなら、涼馬が気を遣う理由もなかった。
その日の狩りは、さながら接待ゴルフでもしているような気分だった。
オナホクンが現れるわ現れるわ。
しかも、金華の姿を見つけるなり、こちらへの警戒などすっかり忘れたように、ぶよぶよと身体を弾ませながら嬉々として駆け寄ってくる。
金華の周囲に集まるオナホクンたちは、涼馬が近づいてもろくに反応しない。おかげで、こちらは無防備な相手を片っ端から殴っていくだけだった。
わざわざ懐いてくる相手を騙し討ちにしているようで、さすがの涼馬も人の心、と、思わないでもなかったが、それでもやはり手を止めるほどではなかった。
結局、湧いて出るオナホクンを片っ端から狩り続けた。
「今日のところは帰るか」
そう告げて押入れの戸をくぐろうとした、その瞬間だった。
腰に何かが巻きついた。見下ろせば、黄金の触手。
「金華?」
引き剥がそうと手を掛けるが、びくともしない。それどころか触手は涼馬の腰を抱え込むように締まり、そのまま有無を言わせぬ力で身体を引き戻した。
「せーえき」
「ちょっ!」
気付けば金華の目の前まで引きずり戻され、幾本もの触手に手足を取られていた。 金華のつぶらな瞳が、涼馬の腰元のもっこりへと注がれる。
「じゅるり」
あからさまな舌なめずりだった。
「おちつけって」
言い終えるより早く、黄金の触手が一斉に動き出した。
ズボンがずるりと引き下ろされる。
触手が幾重にも絡みつき、逃げようともがく涼馬をがっちりと拘束する。金華はすっかりご馳走を前にした顔になっていた。
「あ、あ、あ」
黄金の触手が一本、また一本と伸びてくる。
ぬるりと湿ったそれらは逃げ道を塞ぐように絡み合い、やがて涼馬のものを隙間なく包み込んだ。
「うぅぅぅぅぅううう……!」
涼馬の悲し気な声だけが狭い通路に漏れる。だがその声すらもピンク色の壁に吸収されて消えていった。
「チンチン、ビクビクッ」
それから先については、なるべく詳しく語らないでおきたい。ただ一つ確かなのは、三日ぶりのご馳走を前にした金華が、遠慮という言葉をまるで知らなかったということだ。食べ放題で元を取ろうと頑張る若者のような旺盛っぷりだった。
そして、しばらく後。
「はっ……はぁ……」
ようやく解放された涼馬は、湿った床にぐったりと横たわっていた。
全身から力が抜け、指先ひとつ動かすのも億劫だった。一方の金華はというと、満足げに触手を口元へ運んでいた。
「クルシュウナイ。ジツにビミ」
金華は恍惚と目を細めた。
黄金色の頬に浮かぶ満ち足りた微笑みには、どこか神秘的で妖しげな美しさがあった。つい先ほどまでの傍若無人な振る舞いとは似ても似つかないその表情に、涼馬はしばし目を離すことができなかった。
金華は明らかに普通じゃない。言葉を理解し喋ることができるモンスターなど聞いたことが無い。だからこそテイム出来た時の価値は計り知れない。
俺は絶対に金華をテイムして見せる。
こうして、当面の目標が改めて定まった。




