十三章・2
拝啓。
こんにちは、つっきー。あれ、こんばんはかな? それともおはようございますかな? どれだろう? わたしにはわかりません。
わたしはもう、この世にはいないと思うので。
つっきー。
何から書きましょうか。
お手紙って初めて書くので、少し緊張します。
とりあえず、書くだけ書いてみますね。
まず、わたしは、隠し事をしていました。
わたしの命はもう、残り少なかったのです。
ごめんなさい。
言わなくて、ごめんなさい。
伝えなきゃ、伝えなきゃと思っていたのですが、勇気が出せませんでした。
伝えたら嫌われるのではないか、と思っていたわけではないのです。
つっきーを信じていなかったわけではないのです。つっきーはきっと、そんなことでは嫌いにならないと思います。
でも、わたしは病気のことを知られないまま、つっきーと遊んでいたかったのです。
普通の女の子として遊んでいたかったのです。普通の女の子として、見てほしかったのです。
わがままです。
ごめんなさい。
○
さてさて、このお話はここまでにします。
次はそうですね、つっきーと出会った時のお話でもしましょうか。
初めてあった時のこと、覚えていますか?
ついこの間のことのようにも思えますし、ずいぶん前のことのようにも感じます。どっちだよ。って言うつっきーの声が聞こえる気がします。
つっきーが、病院の屋上から飛び降りようとしていた時のことです。
あの日、わたしがどうして屋上にいたか、不思議に思いませんでしたか?
実はあの日、わたしも飛び降りようとしていたのです。
自殺です。
わたしも、自殺しようとしていたのです。
つっきーと同じです。奇遇ですね。
わたしはあの日、病院の先生に、余命一か月だと言われました。十六歳の誕生日を迎えることは、できないと言われました。
それで、もう、嫌になっちゃいました。
生きているのが嫌になってしまいました。
だから、あの日の夜、わたしは屋上にいたのです。
でも、そこでわたしは足がすくんでしまいました。
屋上から下を見下ろした途端、怖くなったのです。
無理だと思いました。
わたしは、自殺することはできないと思いました。
それで、途方に暮れているとき、下から人が上がってくる足音が聞こえました。
わたしは慌てて、とっさに物陰に隠れました。
じっと身を潜めていると、男の人が現れました。
それがつっきーです。
そのときわたしは、つっきーの目が見えました。
つっきーの目は、本気で死のうとしている目でした。
迷いも、逡巡も、恐怖も何もない。
わたしとは違いました。
そして、なんのためらいもなくつっきーは、フェンスの外に足を踏み出しました。
そこでわたしは、慌ててつっきーのもとに行きました。
聞きたいことがあったから。
どうして、死のうとしているのかを。
どうして、そこまで、迷うことなく自分から命を絶てるのかを。
だからわたしは、あの時聞いたのです。
「あなた、死ぬのですか?」
「どうしてですか?」
と。
つっきーは、素直に答えてくれましたね。
そして、生きる意味を失ったからと、つっきーは言いました。
その時、わたしは閃いたのです。
閃いたという言い方はおかしいかもしれませんが。
思い当たった、の方が正しいかも。
わたしの生きる意味とは、何だろう?
わたしが生きていた意味とは、何だろう?
もしかして、そんなもの、無かったのではないのだろうか?
わたしは、このままではこの世界に何も残せずに死んでしまう。
あと一か月で、わたしは最初からこの世界に存在していなかったみたいに、消えてなくなってしまう。
このままでは、わたしが確かに生きていたという証が、残せない。
わたしの人生には、意味がない。
わたしの大好きなアンパンマンの歌にもあります。
何のために生まれて、何をして生きるのか。答えられないなんて、そんなのは嫌だ。
何が君の幸せ、何をして喜ぶ。分からないまま終わる、そんなのは嫌だ。
わたしは、それらの問いに対する答えを持っていませんでした。
その事実に思い当たり、わたしは愕然としました。同時に、怖くもなりました。
そんなのは、嫌だと思いました。
でも、もしわたしがこの目の前の人の自殺を食い止めることができたら、わたしは何かを残せたということになるのではないのか。
この人に、わたしは何かを残せるのではないのか。
そうだ。
この人に、わたしはわたしの生きる意味をこの人にもらおう。
そして、わたしの生きた証をこの人に託そう。
そう思ったわたしは、つっきーにある提案をしたのです。
そうです。
わたしに外の世界を教えること。
それが、つっきーの生きる意味でもあり。
わたしの生きる意味でもあったのです。
わたしが、この世界に何かを残すためでもあったのです。
わたしはつっきーを、利用させてもらいました。
○
などということを書きましたが、この一か月は本当に楽しかったです。
そんな難しいことを忘れてしまうほどに。
本当に、ありがとうございました。
つっきーは、わたしのことを本当に大事に思ってくれていましたね。
わたしをいろんなところに連れて行ってくれる初日から、つっきーは優しかったですね。
わたし、気づいていたんですよ?
わたしが、お前って言われるの嫌い、って言った時から、一度もわたしのことをお前って言わなかったですよね。
ずっと、美弥子って呼んでくれましたね。
不器用というか、わかりにくいというか、そこまで徹底していると、逆にちょっと気持ち悪いですね。
でも、嬉しかった。
ありがとう。
つっきーの優しさに、わたしは救われました。
名前のことだけじゃないです。他にももっといろんな、たくさんの優しさに、わたしは救われました。
死という怖いものも、つっきーの優しさで和らぎました。
そしてわたしはつっきーから、たくさんの大切なものをもらいました。
何のために生まれて、何をして生きるのか。答えられないなんて、そんなのは嫌だ。
何が君の幸せ、何をして喜ぶ。分からないまま終わる、そんなのは嫌だ。
わたしは、何のために生まれて何をして生きるのかを、もう答えられます。
わたしはわたしの幸せと喜びを、つっきーのおかげでわかることができました。
いろんなところに行って、いろんなものを見て、いろんな人と会って、いろんなことを話して。
いろんな人と、心を通わせる。
わたしはそれをするために生まれて、それをして生きるのです。
それがわたしの幸せと喜びです。
死ぬ前にわたしは、それを見つけられたのです。
○
もう残りの便せんが少なくなってきました。わたしはまだまだつっきーへの想いを書けるのに、残念です。
買ってくるのも大変ですし、お父さんとお母さんに頼むのも悪いので、このくらいにしておきましょう。
つっきーも、読むの大変でしょうし。
最後は、つっきーに言われたことについて、書きましょうか。
とても驚きました。
まさかつっきーが、わたしのことをそんなふうに想ってくれているなんて。
せいぜい妹くらいに思われているものだと思っていましたから。一咲子さんと、もう一人の妹のように。
そして、とても嬉しかったです。
とてもとても、嬉しかった。
胸の奥がぎゅーって感じになって、すっごく熱くなって、あんな気持ちになったのは生まれて初めてでした。
でも、わたしはその申し出を、受け取ることはできませんでした。
なぜならわたしは、もうすぐ死ぬから。
もうすぐ死ぬのに、つっきーと結婚するわけにはいきませんでした。
結婚してすぐにお嫁さんを亡くすなんて経験を、つっきーにさせたくなかった。
でも本当は、断りたくなかった。
ずっと一緒にいられるのなら、わたしはつっきーとずっと一緒にいたかった。
あの時ほど、自分の境遇を恨んだことはありません。
どうして、わたしは病気なの?
どうして、わたしは生きられないの?
どうして、わたしは結婚できないの?
結婚、したかった。
つっきーと、結婚したかった。
つっきー。
わたしはつっきーのことが好きです。
本当に、大好きです。
愛しています。
愛しているという言葉では表現しきれないほどに、愛しています。
どうして日本語には愛しているより上の表現が無いのでしょうか。残念です。
だから、代わりに、たくさん書いちゃいます。
愛しています。
愛しています。
愛しています。
わたしは、伊嶋 一輝さんのことを、世界で一番愛しています。
それと、ありがとう。
わたしのことを愛してくれて、ありがとう。
結婚しようって言ってくれて、ありがとう。
わたしは、もうそれだけで、十分幸せです。
○
書いちゃいました。
どうしよう。困っちゃいますよね。
でも、伝えずにいるわけにはいきませんでしたから。
そろそろ紙が無くなります。
もう、お別れですね。
最後に一つ、お願いがあります。
わたしのこと、忘れてください。
つっきーの、これからの生きる意味です。
ほら、わたしがいなくなったら、つっきーの生きる意味なくなっちゃうじゃないですか。
だから、わたしがまた、生きる意味をあげちゃいます。
わたしを忘れること。
それが、次の、つっきーの生きる意味です。
覚えていても、きっと辛いだけですから。
いいですね?
それでは、そろそろこのあたりで。
さようなら。
敬具
伊嶋 美弥子
伊嶋 一輝様




