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十二章・4

 「失礼いたします。お食事をお持ちしました」


 「あ、どうも。ありがとうございます」


 「では、失礼します」 


 すうっと静かにふすまが開いて、そこからお膳に乗った料理を持ったおかみさんと仲居さんが入ってきた。

 おかみさんたちは手際よく、テーブルの上にお膳を並べ、鍋の下の火とかをつけた。


 「それでは、ごゆっくりお召し上がりください」


 そして来た時と同じように、静かに去っていった。


 「す、すごく豪華ですね」


 「そうだな」


 刺身や肉料理、それに味噌汁など、たくさんの料理がお膳の上に並んでいる。


 「まるで宝石箱みたいです」


 「たしかにキラキラしているな」


 美弥子は数々の料理を見て、目を輝かせていた。


 「食べるか」


 「そうですね。いただきます」


 「いただきます」


 俺たちは手を合わせ、食べ始めた。


 「ど、どれから食べていいかわかりませんね」


 「好きに食べればいいぞ」


 「うーん、そうですねー」


 美弥子は少し悩んだ後、大きな貝柱の刺身を取った。


 「大きな貝ですね。それに輝いています。眩しいです。……うーん! ジューシーです! 貝汁があふれてきます!」


 美弥子は口いっぱいに貝をほおばり、幸せそうに言った。


 「貝汁って何だよ。そう言えば、美弥子は苦手な食べ物はないのか?」


 「いえ、全然ないです」


 「そうかよ。それはいいことを聞いた」


 俺は自分の皿にあった大きな貝柱を美弥子の皿に移した。


 「……つっきー? 好き嫌いはいけませんよ?」


 「でもよ、俺それ食えないから」


 「そんなこと言っていると、そのうち困ることがありますよ?」


 「貝が食えないくらいで俺は困らない。自信がある。たとえ無人島に貝しかなくても俺は貝を食わない。ほら、頼むから食ってくれよ」


 「仕方がないですね……。じゃあ、いただきます」


 美弥子はさっきと同じように一口でほおばり、そしてまた幸せそうにうーんとうなった。


 「次は何にしましょうか。えっと……それではこの大きなエビさんをいただきましょう!」


 美弥子はエビの活け造りに狙いをつけ、箸でつかもうとした。


 「きれいですね。新鮮さの表れですね。……きゃー!」 


 しかし、美弥子が箸でつかもうとした瞬間、エビがビクンと体を震わせるように動かした。


 「つつつっきー! う、動きました! 生きていますよこのエビ氏!」


 「落ち着け。活け造りだから、まあ動くこともあるだろうよ」


 あとエビ氏って何だ?


 「新鮮な証拠だ。怖がらずに食べてみろ」


 「そ、そうですね。好き嫌いはいけませんね」


 美弥子は恐る恐るエビを掴み、そして口の中に入れた。


 「お、おお! 甘い、甘いです! それにプリップリです。こ、これが活け造り。食材のポテンシャルを最大限まで引き出してきますね!」


 何だか美弥子のテンションが普段と比べて少しおかしい気がするが、まあ、元気がないよりはいい。美味いもの食って幸せそうにしている美弥子を見るのは、嫌いじゃない。


 「……実は俺、エビも苦手なんだ。これも食べてくれないか?」


 俺はエビが乗っている皿ごと美弥子のお膳に移した。


 「え? つっきー、ちょっと好き嫌いし過ぎじゃないですか?」


 「いや、そんなことはない。ほら、味噌汁とか漬け物食っているだろ。うん、超美味い」


 本当に、味噌汁はだしのうまみがしっかりしているし、漬物は絶妙な塩加減で、白米が進んだ。


 美弥子は俺に少し疑わしげな目を向けてきたが、目の前の二尾のエビに心を奪われたのか、すぐにエビを味わうことに集中し始めた。

 エビを食べ終わった美弥子は、今度は小さな土鍋の上でじゅうじゅうと音を立てているすき焼きに箸を伸ばした。


 「へー、こうやって下からろうそくで温めているのですね。すごいです。……うーん! お肉が熱々です! それに、このお醤油とお砂糖のたれとの相性も最高です!」


 「……実は俺、すき焼きも苦手で」


 「もう騙されませんよ! つっきー、わたしにおいしいものを食べさせようとして嘘ついているでしょう!」


 おっと、ばれたか。あからさますぎたか?


 「あのですねつっきー。お気持ちは嬉しいですけれど、わたしは、つっきーと同じものを食べて、同じ味に一緒に感動したいのです。共有したいのです。ですから、つっきーもおいしいものをちゃんと食べてください。いいですね?」


 「そうかよ。わかった。……ところで、美弥子は自分の分のすき焼き全部食べたみたいだけれど、俺のをもう一枚食うか?」


 「う、え、い、いいです……」


 口ではそう言っているが、目が動揺している。食欲の前には、人は皆平等だ。


 「俺の肉はまだ三枚あるから、一枚くらいいいって。ほうら、いいのか?」


 俺は美弥子の目の前で、箸でつまんだ肉をゆらゆらと揺らした。


 「本当に、もう満足かー?」


 「た、た、食べますっ!」


 美弥子は大きな口を開け、俺の箸から直接肉をもぎ取っていった。


 「どうだ?」


 「……美味しいです」


 「そうかよ」


 「……あの」


 「ん?」


 「ありがとうございます、つっきー!」


 「別に、大したことじゃねえよ」


 その笑顔と比べたら、何も。



                   ○



 「ふうー。お腹いっぱいです。く、苦しい……」


 「まあ、あんだけ食えばな」


 美弥子はパンパンになったお腹を苦しそうに抱えながらうめいていた。


 「……腹ごなしに、散歩にでも行くか?」


 「そうですね。夜のお散歩ですね。行きましょう」


 俺は昼と同じように、美弥子の手を引いて部屋を出て、またあの庭に向かった。


 ……今、だな。

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