八章・1
「今日は映画だ」
「今日は映画ですか」
俺は新聞の映画情報の欄を開き、美弥子と眺めた。
「何が見たい?」
「どれが何なのかさっぱりわからないので、お任せします」
「そうかよ」
俺は映画の題名を一通り眺めた。
「そうだな……SFか、アクションか、ミステリーか、恋愛か……」
「恋愛!?」
「うお、びっくりした……。いきなり大声出すなよ」
「あ、ごめんなさい」
「で、恋愛映画が見たいのか?」
「はい! この前一咲子さんに教わった恋バナと関係がありそうなので」
「じゃあ、それにしよう。時間はそうだな、昼飯前に映画を観て、そのあと昼飯を食べよう」
「はい!」
○
車を運転して駅前の方に出てきて、俺は地下に潜る坂道に車を進めた。
「あれ? 映画館は地面の下にあるのですか?」
「いや、映画館は地面の上にある」
「ではどうして地面の下に潜っていくのですか?」
「駐車をするためだ」
俺たちの乗った車は、地面に吸い込まれるように地下に入っていった。
「なるほど、駐車場でしたか」
俺は案内に従い、車を指定の位置に停めた。
「美弥子、降りろ」
「え? ここに停めるのですか?」
美弥子は不思議そうな顔をして降りた。それもそうだろう。ここはどう見ても狭く、車一台分のスペースしかない。
「こっちだ」
俺は美弥子の手を引き、待合室に入った。
「見ていろ」
「車を、ですか?」
俺と美弥子は並んで車の方を見ていた。
すると車の横のシャッターが開き、車が横に動いてその中に入ってしまった。
「え!? 車ってああいうふうに動くのですか? で、でも中に人は誰も」
「おやお嬢さん。見るのは初めてかい?」
驚いている美弥子に、係のおじさんが人好きのする笑顔で話しかけた。
「ここは地下立体駐車場って言って、車の下の台が動いて車を動かして、あの中にしまうんだよ」
「そうなのですか!」
「他の国にはない、日本独自の技術だよ。いやー誇らしいね。まあ僕が作ったわけじゃないんだけどね」
おじさんははにかんで言った。
「つっきー」
「何だ?」
「映画まで時間はありますか?」
「まあ、少しなら。……いいよ。もう少しここで駐車場を見ていよう」
美弥子が何を言いたいのかわかったので、俺は先回りして言った。
「ありがとうございます!」
「ほれお嬢さん。また一台来たよ」
「うわー!」
美弥子はガラスにヤモリのようにへばりついて、飽きもせずに車がしまわれていくのを眺めていた。
○
「人類の技術は素晴らしいですね!」
「そうだな」
美弥子は目を輝かせ、駐車場の光景を思い浮かべているようだった。
「次は映画を見るぞ。ここで一つ言っておきたいことがある」
「なんでしょうか?」
「映画館の中では、静かにしなくてはならないんだ」
「そうなのですか!」
「そうだ。そうやって大きな声で驚くことも、控えなければならない」
「わ……わかりました」
「今は普通の声でいい」
「わかりました!」
俺は美弥子のそんな行動に、自然と顔がほころんだ。美弥子は表情がコロコロと変わるので、見ていて飽きない。
そのあとは他愛のない話をし、チケット売り場でチケットを買った。
「それじゃあ行こうか。七階がこの映画を上映するところだからエレベーターに乗るぞ」
「わかりました」
「エレベーターに乗ったことは?」
「病院で何度かあります」
「それなら大丈夫か」
俺たちはエレベーターに乗り、七階に行った。
「美弥子、映画館で映画を見るのは、何も大画面で見ることだけが目的じゃないんだ」
「そうなのですか。……ん? なんだか甘い匂いがしますね」
「そう。それが映画館で映画を見るもう一つの醍醐味。ポップコーンだ」
「ポップ、コーン?」
「知らないのか?」
「知らないですね」
「なら実物を見た方が早いな」
俺は美弥子を連れて売店に向かった。
「あ、まさか、このうず高く、まるで金山から出てきた金のように光り輝く、これが!」
「ポップコーンだ。これはキャラメル味だな」
「食べ物だったのですか」
「まあ、コーンっていうくらいだからな。一つ買うか?」
「はい!」
「ついでに飲み物も買おう。何が飲みたい?」
「よくわからないのでつっきーと同じものを」
「美弥子は、炭酸は飲めるか?」
「たん……さん……」
炭酸も知らなかったのか。
「口の中が、何て言うか……しゅわしゅわとなる飲み物だ」
「よくわかりませんが、それで!」
「わかった」
俺はキャラメル味のポップコーンと、コーラを二つ買った。
「じゃあ、入るか」
俺と美弥子は映画館の劇場内に入った。
人はほとんどおらず、俺たちの他に二人という入り具合だった。……経営的に大丈夫なんだろうか。
「なんだか、静かな雰囲気ですね。厳かといいますか……」
「そうだな。さて、どこに座る?」
「これは、どこに座ってもいいのですか?」
「まあな」
都会の映画館はどうか知らんが、田舎の映画館は基本的に自由席だ。
「つっきーはいつもどこに座るのですか?」
「俺か? 俺はいつも一番後ろの真ん中だな」
「どうして後ろなのですか?」
「長時間上を見上げていると首がいたくなるだろ? それに俺は広く画面を見たいんだ」
「では後ろに行きましょう」
「わかった」
俺と美弥子は一番後ろの中央に行った。
「横の肘置きの先に、丸いところがあるだろ? それはドリンクホルダーだ」
「これですか?」
「ああ。そこにさっき渡したコーラを置くんだ」
「わあ、ぴったりです」
美弥子は俺が言ったとおりに静かに、しかしいつも通りに驚いていた。
「よくできていますね」
「誰が考えたんだろうな」
「誰でしょうね」
美弥子は座ろうとせず、立ったままでそう言った。
まあ、ぱっとみではわからないだろうな。
「椅子をな、こうして……」
俺は座面を引っ張り、そしてすぐに腰を下ろした。
「こうやって座るんだ」
「なるほど」
美弥子は座ろうとしては座面が上がっていくのを繰り返して、ようやく座れた。
「え、映画を見るのって、大変ですね」
「まあ、そうかもしれないな」
疲れた様子の美弥子に、俺はそう言った。
「始まる前に一口、コーラとポップコーンの味を見てみたらどうだ?」
「そうですね。ではまずコーラから」
美弥子はストローを咥えた。
「んん!? なんですか、これ……。本当に、しゅわしゅわです」
「好きか? 嫌いか?」
「うーん……好きですね。おいしいです」
「それはよかった」
「では次はポップコーンですね」
美弥子は茶色い山から一つつまみ、口に入れた。
「ん!? お、お、おお!」
「なんだよ」
「おいしいです」
「そうか」
「つっきーも」
「ありがとう」
俺も美弥子の持つポップコーンに手を伸ばし、一つ食べた。
「うん、久しぶりに食ったが、やっぱりうまいな」
俺たちはしばらく無言のままポップコーンを口に運んだ。うまいものは人を黙らせる力がある。だから映画館では美味いお菓子を売っているのだろうか?
「なんだか、どうしてでしょう、ドキドキしてきました」
「わからないでもないな。映画が始まる時は、そんな気持ちになる」
「でも、嫌なドキドキじゃないですね。嬉しいドキドキです」
「そうかよ」
「このドキドキは――」
その時、ビーッという音が劇場に鳴り響き、劇場の照明が落とされた。
「な、な、なんですか?」
美弥子は怯えた声を出して俺の手を握ってきた。
「落ち着け美弥子。今のは、今から映画が始まるから静かにという合図だ」
「そ、そうでしゅたか」
「ああ。今から始まるぞ」
「楽しみです」
そして映画の予告のあと、撮影録音等の禁止を知らせる踊りが終わり、映画が始まった。




