八章・2
「それで美弥子ちゃん、映画はどうだったの?」
「それがですね一咲子さん、音が大きくて、画面が大きくて、すごかったです!」
「え? ああそうなんだ。……他には?」
「他? ……あ!」
「なになに?」
「コーラとポップコーンがおいしかったです!」
「そ、そう……よかったね」
「はい!」
美弥子は高校から帰ってきた一咲子に嬉しそうに今日のことを話していた。
「ちょっと、お兄ちゃん」
「何だ? 美弥子と話していたんじゃないのか?」
少し離れたところで休んでいた俺のところに一咲子がやってきた。
「今日見に行ったのって今話題の恋愛ものだよね?」
「話題かどうかは知らないが、たぶんそうだ」
「美弥子ちゃん、全然映画の内容についての感想言わないんだけど」
「ああ、そのことか。美弥子は、映画館を楽しむことはできたが、残念ながら映画そのものはあまり面白くなかったそうだ」
「はあ!? うそでしょ! だって、超泣ける映画だって学校で聞いたよ!? なんで!?」
「美弥子に聞けよ」
一咲子はまた美弥子の方に戻っていった。
「美弥子ちゃん、映画の内容は面白くなかったの」
「そうですね。あまりおもしろくありませんでした」
「どうして? だって、あれ、泣ける映画だって聞いたよ?」
「あれがですか? つっきー、あれ泣けましたか?」
「俺は泣けなかったな」
「そうですよね。きっと一咲子さんのお知り合いが特別涙もろいだけですよ」
「んなわけあるかい! 二人がちょっとおかしいの!」
「わっわ! お、落ち着いてください、一咲子さん」
「ふう、ふう、ごめん、取り乱しちゃった」
一咲子は一つ大きく深呼吸をして、落ち着きを取り戻した。
「それで? 映画を観た後はどこか行ったの?」
「お昼ご飯を食べて、駅前をつっきーに案内してもらって、そして帰ってきました」
「え? 他にどこにも行ってないの? カフェは? カラオケは?」
「普通のデートじゃないんだから、行かねえよ」
「行けよ!」
「い、一咲子さん、落ち着いてください」
「ふう、ふう、ごめん美弥子ちゃん。もう大丈夫」
「情緒不安定だな。勉強が行き詰っているのなら美弥子に見てもらえ」
「いつでもお手伝いしますよ」
「もう、この二人は……」
一咲子はなぜか頭を抱え、テーブルに突っ伏してしまった。
「で、明日は?」
「明日?」
「明日はどこに行くの? 平日なんだから、出かけるんでしょ?」
「明日はどこだったかな。美弥子、手帳を見せてくれ」
「はい、つっきー」
俺は美弥子からピンク色の手帳を受け取った。
「明日は……美術館だな」
「お? いいじゃん。なんか知的」
「美術館に行くのは知的なのか?」
その発言が知的じゃない気がする。
「美弥子ちゃんは芸術とか好きなの?」
「絵とか彫刻は好きですね。美しいです」
「お兄ちゃんはそんな繊細な心、持ちあわせていないから、いろいろ教えてあげてね」
「任せてください」
「俺からも頼む。歩きながら寝たくないからな」
静かなところで絵とか眺めていると、俺はきっと眠たくなるだろう。
「わかりました!」
「楽しそうね」
「あ、お母様」
母さんが洗い物を終えて美弥子の横に座った。
「わたし昔はね、絵を描いていたの。中学から始めて、大学でも描いていたわ」
「そうなのですか!」
「……美弥子ちゃん」
母さんは少し考える素振りを見せると、ずいっと体を美弥子の方に寄せた。
「なんでしょうか?」
「絵、描いてみない?」
「わたしが、絵、ですか?」
「どう? 興味ない?」
「興味は、ありますね!」
「じゃあ決まりね。一輝、明日はもう予定立てているんでしょう?」
「ああ」
「それじゃあ、明後日、美弥子ちゃん一日中借りるわね」
「どうぞ」
「明後日が楽しみだわ」
母さんは待ちきれないといった様子で笑った。
「明日はいろんな作品を見て、勉強してきてね」
「はい! わかりました!」




