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1943年6月 善福寺

「学友を自室に招きたいのですが、よろしいでしょうか?」

軽い驚き。


想定内の反応だ。


俺に学友がいることもあるだろうが。


「構いません。しかしお気をつけてください。取締りが厳しくなっています。誰がどこで聞いているか分かりません」


「はい」


俺がそこまで気が付いていることへの驚きだ。


ラジオや新聞、ニュース映画。


くまなく確認をした。


⸻大本営は間違いなく。


「では、失礼いたしました」


……お嬢さん。


「た、立ち聞きをしていた訳ではありませんの。お上りさんにお話しがあったのですが、お部屋にいらっしゃらなかったため、こちらかと」

「は、はあ」


「ご学友の方がいらっしゃるのですか?」

「え、ええ」

「どんな方ですか?」

「普通の男ですよ。お、お嬢さんは、僕に用があったのでは?」


「あ、そうです。本日のご予定を聞きに参りましたの」

「どちらへ行かれるのですか?」

「善福寺です。今度はご機嫌取りはおやめになってくださいね」

「はい」


飾り気のない笑み。


とても真似できない。


◇ ◇ ◇


本日は紫陽花色でお洋服の色をまとめてみました。

色合いも落ち着いていますし、問題ありませんでしょう。



⸻あなたの方が綺麗ですよ⸻



ふふ。お上りさんにはこちらより。


「創建者は弘法大師でしたわね」

「はい。善福寺の創建伝承はかなり古く、創建は天長元年頃。正式名称は、麻布山善福寺。麻布の中でもかなり古格を持った浄土真宗系の寺で、起源は平安末期から鎌倉初期までさかのぼる古寺扱いなのです。特に重要なのが、江戸以前から麻布の地に根を張っていた。つまり」


「ふふ。お上りさん。一度に言われても、わたくし分かりませんわ」


「格式高い寺伝を持っていますが、創建者の弘法大師は伝承です。寺は千年近くこの地にあったのでしょう」


「ではこれからも、ずっと東京を見守ってくださるのですね」


「…ええ」


お上りさんのお洋服、今回も違いますね。


上質なお洋服を何着もお持ちです。


黒のジャケットは良質なサマーウールで、薄手のニットベストはシルク込みでしょうか。


お父様もおしゃれがお好きなので、ご自分でお洋服を選ばれています。


しかしお上りさんも同様の、おしゃれな殿方、に見えませんの。


お友達に聞くところによると、下宿人とは『学校に通うための部屋を借りている人』のようです。


なら、ここまでのお洋服が必要でしょうか。


お友達のお父様は、お洋服に興味がおありにならないので、お母様が選んでらっしゃる、と聞いたことがあります。



では、お上りさんも、誰かが上質な外出着をたくさんご用意された?


お上りさんのお母様?



⸻何のために。



「お嬢さん、どうされました」


「あ、すみません」


いけませんわ、わたくし。


おしゃれとお洋服のこととなると、つい考えてしまって。


ふふ。そういうところは、お父様とそっくりとよく言われますわね。


「お話し難しかったですか?」

「はい」

「どこらへんですか?」

「全体です」

「では…」

「あ、わ、分かりましたわ。千年近くこの地にあったのですわね」

「はい」


ふふ。お上りさんのお話しは、ちゃんと聞かないと2周目に入りますわね。


「このイチョウの木にはどんな謂れがありますの?」

「植物は専門外なので分かりません」


まあ!


「お上りさんにも分からないことがありますの?」

「当然ありますよ。植物、動物、機械関係ですね」


ふふ、そうでしたのね。


「誤解しておりました。辞書のように何でもご存知なのかと」

「そんな堅物な男に見えましたか?」

「ええ、箱から出さないと出て来ないところは、そっくりですわ」

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