第4話:聖騎士アドリーテは激怒した
「……不潔です。あまりに不潔。万死に値します!」
コツ、コツ、と静まり返った回廊に、硬質な軍靴の音が響く。
国王バラムの娘であり、聖騎士団長を務めるアドリーテは、その凛とした眉根をこれ以上ないほど深く寄せていた。
彼女の視線の先には、建立されたばかりの「全裸マモル像」がある。
民衆が祈りを捧げるその偶像は、日を追うごとに増えていた。
乗合馬車の停留所。
公衆浴場の脱衣所入口。
冒険者ギルドの受付ロビー。
アドリーテにとっては、王国の風紀を根底から腐らせる「邪悪なわいせつ物」の象徴に他ならなかった。
「アドリーテ様、落ち着いてください。これは民の信仰の対象でして……」
篤実な副団長はアドリーテに進言する。
「黙りなさい! 股間を隠せば許されるとでも!?」
「既に隠してるのに、なぜ更に隠すのですか!」
「そもそもこの『恥じらいのポーズ』そのものが、見る者に倒錯した感情を抱かせるのです!」
アドリーテは、懐から一枚の円形の紙を取り出した。
それは、王国金貨の意匠でもある、かつて太っていた頃の父王バラムの顔がそのままに印刷された、粘着力の強い特殊シール――のちに『バラム・シール』と呼ばれるものである。
「不浄な箇所には、陛下の威光を。これが王国の新たな法です!」
バチィンッ、という小気味よい音と共に、マモル像の股間中央に「バラム王の笑顔」が貼り付けられた。
「マモルの股間から王がこちらを見つめている」という、言いようのない狂気がその場を支配した。
アドリーテの断罪は、マモル像だけに留まらなかった。
彼女は「全裸の神を許容する土壌は、これまでの緩い芸術観にある」と断じ、王国全体の文化大革命を開始した。
「この裸婦像も封印! このヴィーナスの絵も封印! 天使の噴水? 子供だろうと容赦しません、バラム・シールで封印です!」
王国の至る所で、石像や絵画の股間や乳首から国王バラムが微笑みかけるという、悪夢のような光景が広がっていく。
「……アドリーテ様、少々度を越されてはいませんか?」
エルフの王国の補佐官フレアが、優雅に、しかし冷ややかな声音で声をかけた。
「まさか名画の中のヴィーナスまで封印されるとは。芸術に対する感性は人それぞれですが……」
「フレア殿、これは我が国のことです。口を挟むのは謹んでいただきたい。風紀の乱れは国の乱れ。このシール一枚が、若者の健全な育成を守る盾となるのです!」
「可愛いは正義でしょう。……この尊さがわからないのですね」
大股で軍靴を鳴らしてアドリーテが去ったあと、フレアはマモル像の股間のシールを優しくめくる。
鼻血、ツー。
「――てっ、……またか! またかーーッ!!」
アドリーテは、手にしたシールの束を握りしめ、王宮の回廊で立ち尽くしていた。
今しがた、全ての像にシールを貼り終え、完璧な風紀を達成したはずだった。
だが、視界が白く染まった次の瞬間、彼女の目の前には「シールを貼る前の、無垢で不潔なマモル像」が元通りに立っていた。
「……私の努力が。私の、清らかな世界への前進が、またクソ破壊神によって無に帰したというのか……!」
背後では、バラム王が呑気にポテトチップスを食べている。
王の血色はずいぶん良くなり、元のようにでっぷりとした体形を取り戻していた。
「おー、アドリーテ。またシール貼りか? 予備のシールならまだ山ほどあるぞ。わしの顔、そんなに気に入ったか?」
「父上ッ! これは遊びではないのです! 私はこの不潔なループを断ち切り、清潔な明日を勝ち取るために戦っているのですッ!」
アドリーテは固い決意を胸に、再びシールの束を持って駆け出した。
貼っては戻り、戻っては貼る。
終わりのない「股間の封印」合戦が、マモルの知らないところで勝手に激しさを増していく。
「……アドリーテ様、落ち着いてください。これではもはや騎士団ではなく、ただのシール貼り業者です。それに、この絵画は国の重要文化財で……」
シールの台紙を山のように抱えた副団長が、力なく進言した。彼の背後では、重装備の騎士たちが脚立に登り、真剣な面持ちで王宮中の彫像や絵画の股間や乳首に「バラム・シール」を貼り付けている。
「黙りなさい、副団長! 権威の名を借りたわいせつを放置して、何が聖騎士ですか! 全員、一箇所も残さず陛下の御尊顔で封印するのです!」
「……御意。おいお前たち、聞いたな。国境の果てまで、すべて陛下で埋め尽くせ」
副団長の力ない号令が響く。
だが、気づけば、副団長の手には、先ほど使い切ったはずの「新品のシール束」が戻っている。
「…………」
「…………」
アドリーテと副団長は無言で、シールを貼る前の、誇らしげに胸を張った「全裸のマモル像」を見上げた。
「……副団長。何をしています。配置に戻りなさい」
「おい、お前たち……脚立を戻せ。最初からだ」
騎士たちの、すすり泣くような溜息が王宮に満ちる。
筋肉の疲れさえリセットされる。
彼らにとってそれは、精神だけを削る「永遠の単純作業」という名の拷問だった。
「全てにのわいせつ物にバラム・シールを! やるぞ貴様らーーーー!!」
アドリーテの叫びが、今日も空虚に王宮へ響き渡る。
世界は一人の真面目すぎる乙女の執念を嘲笑うかのように、また巻き戻った。




