その八
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その疲労が『本物』であるかどうか、それを調べる方法があります。突然、何か自分の好きな事について考えてみて下さい。人を小馬鹿にする程急速に胸に蟠る嫌な気持ちが吹き払われて仕舞うというのであれば、その疲労はあなたが構築した想像上の疲労です。あなたはその事に本当に苦しんでいるのではありません。仮定の上で苦しんでいるのです。
「若しもあの時、斯んな事が一緒にもちあがっていたなら、それこそ私は抜き差しならない状況に追い込まれていたに違いない。危なかった。しかし、忌まわしい話だ。許せない」
ざっと、斯んな風に。
人は想像で、仮定で、それだけで十分に苦しみます。というか本当に救い難い苦痛はいつも多分に架空想像の産物です。その本体の到達に拠る被害の話ではなくその接近に拠る不安恐怖心の喚起が理由なのです。それは正に死の陰の谷ですが、そこを実は本当の行き詰まり無く行き過ごす事が多いのです。これをもって人生の『主たる』試練と見做して下さい。本当にやって来るのっぴきならない問題というのは、多くの場合この想像に拠る恐怖に比べてずっと軽いものであると私は思っています。
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質素に暮らし、生きていきましょう。屹度その先に平和な毎日があると思います。何も困難が来ない訳ではありません。食糧価格高騰もあれば失業率のアップもあるかも知れません。更には株や円の暴落を経て日本経済全体が沈滞して仕舞い、立食蕎麦一杯三千円などという日が来る可能性も否定出来ません。
それでも質素に生きていきましょう。それが一番強いのです。質素はお金の支出を抑える以上に、それよりも遥かに強力に、人の心を真直ぐに育てるものです。大体が金に余裕のある人間程どこか捻じ曲がっているものです。
「笊蕎麦一杯、おくんなさい」
乞食同然の姿の座頭市のこの科白、それでも食べるものが美味くて仕方が無い、必ずこの喜びと共に人の幸福はあるのだと私は強く思います。
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暑い夏の日に食堂なり喫茶店に入った時のあの冷房の効いた空気の感覚、あれは良いですね。入店後直ぐに身体が慣れて仕舞うので長続きはしないのですが、それでも入った直後のあの感じは何度体験しても良いものです。一気に身体が楽になります。大抵はそのお店で私は自作の小説の校正をするか長い時間ではありませんが読書をします。私の楽しみの一つです。
冬の風呂もそうですが季節に合った小さな楽しみというものは身近に必ず在るものです。何も大金を投じなければ得られぬものでもありません。そしてそれで結構人は安心し心楽しませる事が出来るものです。ささやかな楽しみを生活の中に見出して下さい。そういうものは不思議な程に必ず天から祝福されたものです。禁断のそれではなく。屹度、人に許されたものなのですね。
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離婚四回、現在五回目の結婚。人間ですから絶対という事は無いのでしょうがこれは私には理解出来ません。どうやったらそんな事が出来るのでしょうか。私、冬用のジャンパーを二つもっている事すらどことなく後ろめたい気がしているくらいなのに。
繰り返しますが、人間のする事ですから絶対という事は。でも、私にはそんな真似は絶対に出来ないと思います。私なら自分が信じられなくなると思います。
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