その七
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見付ける事も難しければ、見付けたものを正しく守る事もまた難しいです。生きるのは難しい事が多いですね。でもこの事を思う時、一つの事を忘れてはなりません。
それはそれが真実に善いものであった場合、それを見付け又見出して後守る時新たな力が湧いてくる事です。
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自分の想いを言葉にするというのは本当に良いですよ。書いていて心の底から安心する事が出来ます。安心、です。書く事に拠って、言葉にする事に拠って、自分が本当は何を、如何なる事を想っているのか、それを知る事が出来るからです。これが『安心』なのです。勿論言葉に出来ない事もありますし、それどころか言葉にしてはならない事もあります。けれどもその周囲に肉薄する事は出来ます。それが何であるのか私自身が知る事が出来る程度にまで。
心に在る、それはそれで良い。最も深い次元で謂うならばそれだけで良い。十分に良い。けれどもそれを人に伝えたい時がある。それをして、その事に拠って、他人を自分を励ましたい時がある。そういう時言葉は本当に真価を発揮すると私は思っています。あなたも出来れば自分の心を表現する手段を獲得して下さい。他人と繋がる、繋がり得る、その可能性をもつ方法を手にする事は矢張嬉しいものですから。
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少し昔、そうですね、昭和三十年代から四十年代前半の頃、庶民の多くが本当にまだ貧しかった頃の事です。この頃の漫画や映画では生きていく事の苦しさ、何とかして毎日生きていく事の困難さがよく描かれていました。登場人物の服装も食事も極端に粗末でした。子供の遊びにお金を遣うシーンが殆ど出てきません。男の子であれば缶蹴りだとか魚釣りだとか、そういったものだけでした。大人も背広を着ていますがよく見ると繕いがしてあったり、ズボンのポケットから直にピーナッツを取り出して食べている、そんな感じでした。住んでいる家は暗く、電灯一つ。裸電球の場合もよくありました。そしてそんな中に暮らしながら父親や母親が優しかったり自分の気持ちを分かってくれる友人が救いであったりしたのです。私は子供の頃そういう暗い部屋の生活を体験していて別に人生に希望が無いなどとは思いませんでした。私には良い両親が居てくれたのでそれだけで既に十二分に幸せだといつも思っていました。
けれども今、この現代、あの貧しかった暗い時代に比べて『希望』が増したでしょうか。現在の私には幸い妻子が居てくれます。けれども私が私の息子の将来を思って安心出来る要素があの昔の頃に比べて増えているでしょうか。逆ですね。不安の方が増しています。あの白黒の時代の方が暗かったのに希望を抱くに易かったのです。現代の方が明るいのに、明らかに人間同士が繋がりにくくなっています。繋がろうと腕を伸ばすと訝しく奇異に思われます。そんな事があの時代に想像出来たでしょうか。
気味の悪いものが増えていきます。そしてその気味の悪さは確実に人間同士のしっかりした繋がりを『嫌がる』のです。私はこの先の時代を父母から受け継いだ私らしさを発揮して本当に生きていけるでしょうか。そんな事を思います。
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頭は使うと疲れます。身体の疲れと違ってあまり心地良い疲れとは謂い難いです。酷使は短命は勿論の事ですがそれ以前に正常である事の為に良くありません。しかし心はそれを用いるべき事に用いた時には疲労という事がありません。却って元気が溢れてきます。用いれば用いる程に満足とその意義に納得出来る感覚が更に心に湧いてきます。これは肉体の物理的な法則とも頭脳を用いる『知的』作業の法則とも違っています。面白い事であるとは思いませんか。
私はこの事が人間が生きる上で大切な事を示している様に思えて仕方がないのです。人は本来そんな風に心を用いる事をして生きるものであると、その事を指し示しているのに違いないと思うのです。それが人が生きるのに一番自然な事なのではないでしょうか。心を用い、身体を用い、そして最後に頭脳を用いるべきなのではないでしょうか。
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