その二十四
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「人は、名の知れた、或いは高い地位に就いている人間でないと相手にしてくれない」
それも本当でしょう。しかし、これを思うなら、同時にあと一つの事も思って下さい。
「いや、そうでもない。一人の人間であるというだけで誠意をもって接してくれる人も居る」
この二つは両方共に真実です。道徳的倫理的人間的に正しいという意味ではありませんが、現実という意味で真実です。私はこの二つ共を実地に経験しました。それも一度ではありません。何回もです。
可いですか。両方共に真実なのです。だからどちらの気持ちを心に抱いても、その事を否定したり、そういう事を心に思う自分を善くない者であるとは見做す必要がありません。ただ、どちらか片方だけでは駄目です。両方揃って心に浮かんで来ないといけません。何の為に。自分が人間と人の世を誤って見ない為にです。その実相を正確に知る為にです。
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働くのが嫌というのは分かります。私もそうですから。でも自分自身が『活動する』のは私は嫌ではありません。嫌どころかそれは好きなのです。自分が自分の理念に沿って、自分自身の意志も能力も発揮して、それで何かを仕上げていく。そしてそれが何らかの形で他人の役に立つ、他人と繋がる、それが嫌だという感覚を私は今までもった事がありません。それが嫌だという気持ちを理解する事が出来ません。
思うに斯ういう風に考える、否、感じる人というのは、自分が従事すべき就くべき『仕事』を間違えている、少なくとも今現在やっている仕事が自分に相応しくないのでしょう。私も含めてです。だから本当に自分を活かす事の出来る仕事を探す意識を失わない事が大切なのだと思います。探しても簡単には見付かりません。簡単に見付かるなら誰も苦労はしません。けれども探してもいない人間には見付かりません。『それを探している人間』として今日も明日も生きて下さい。時満ちた日、それは不意にあなたの眼前に現れるでしょうから。そういう遭遇を私は決してあり得ない事だとは思いません。私の今までの一生に照らしても。
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