その二十
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溢れ山積する雑用に疲れ果てるのは抱く理念が薄らいでいるからです。無論人は食事も睡眠も必要です。しかしそれで精神まで疲弊し切ってしまう事はありません。そうなるのはその雑用をこなす最中にも見据えているべき遠い目標を見失っているからです。疲れ果てるのはそれが理由だと思います。
根本を整えましょう。最終目標が見えなくなっているならば余力ゼロになってしまうのは当然です。それで自然だと思います。自分が何の為に生きるのか、自分が何が何でも果たさなければならぬ事は何なのか、それを思い出す事が何よりも優先されるべき事だと私は考えます。
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「いつの日にか、必ずそれに届く」
そうです。そう思った、思う事の出来た時には、実は既にそれに届いているのです。それが人が生きる時の不思議であり祝福です。多分、到達そのものではありません。それを本気で胸に抱く事が出来る、これが全てです。
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私は、広く一般に人間が『生きなければならない』理由を見出す事が出来ません。それは私には判りません。しかし私一個が生きなければならない理由は判然と理解出来ます。非常に具体的にその根拠は私自身に把握されています。それは私の大切な人がそれを私に望むからです。『御前は自分の人生を全うせよ』、と。
敢えて言いますが、斯かる事に就いては人は自分一個のものを確立し把握出来ていればそれでもう十分なのではないでしょうか。他の人のそれを自分の立場から審査検証評価する必要など無いのではないでしょうか。
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学歴や容姿がそんなに気になるなら一遍病気か怪我で死にかかってみれば良いと思います。死に瀕する訳ですね。そして辛うじて意思疎通出来る状態で医師が、
「本人のお好きにさせてあげれば良いかと思います」
などと怪しからん事を結構冷静に自分の親族に喋っているのが聞こえたりするのです。心中『こんの野郎』と思うのですが、如何せん身体が動かないか無理に動かすと気絶する程痛いので何うしようもありません。これは効きますよ。下らないものは全部頭から吹っ飛んで行きます。そして自分にとって絶対に譲れないものだけが胸に頭に残るのです。それだけになります。
にっちもさっちも行かなくなると人には面白い現象が起こります。自分が実は何を一番大切に思っているのかが分かるのです。眼前に突き付けられる感じで。有無を言わさず、逃れ得ぬ風にして。だから時々旅をして一人になって、しかも故意に懐中心細くして下さい。警官の世話になる時には、
「あんた、何でこんな真似したの? 行路病者として葬られる事になるよ。墓も立たん」
とか言われる様に行動して下さい。それで大切な事を思い出せますから。そんなふざけ切った真似をしてでも正気を取り戻せるならその方が、間違ったまま一度の反省もせずに驀進して馬車諸共崖からもんどりうって墜落するのよりはマシでしょうから。学歴も容姿も資産もへったくれもありません。そうではありませんか。
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