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「じゃぁ、悠真君。また明日ねー」
「淺海さん、和泉さんのこと、気にかけてあげてくださいね」
「次は二次会に付き合ってよね」
お酒の力を借りて大いに盛り上がった女性陣に見送られ、帰途に就く。これから三人は、二次会をカラオケでするみたいだ。
「女の人のパワーには敵わないな。よくわからない話もあったし」
桜ヶ丘さんは最後まで、俺と和泉さんの組み合わせのことを力説していた。
葛城さんに勧められて飲んだお酒のおかげで、体が火照ってる。
夜風が心地良い。
凱津駅からは帰宅した学生達が出てくる。
俺は少しおぼつかない足取りで朝海園に向かった。
「――さい!」
線路沿いに歩いていると、途中にある陸橋の近くで何やら口論している声が聞こえてきた。そのまま通り過ぎようと思ったけど、風に運ばれ聞こえた声には聞き覚えがあった。
だから、その声がした方へ目を向ける。
陸橋の下をくぐれる所で、黒っぽいジャージを着た男が和泉さんの腕を掴んでいた。
和泉さんは男からすぐにでも離れたいらしく、掴まれた腕を大きく振っている。その様子から、和泉さんは困っていると判断。
同僚を助けるため、和泉さんのところへ駆け寄った。
「今さら付き合おうなんて言われても、できるわけがありません!」
近くまで行くと、和泉さんが男に叫んでいた。眼差しは目の前にいた男に向けられている。怯えるような、相手を威嚇するような、そんな目だ。
「そんなこと言うなよ、達哉。おれが、付き合おうって言ってるんだぜ? 素直になれよ」
男が一歩進み、和泉さんに近づく。
……付き合うって、和泉さんと、ジャージを着ている人が?
和泉さんだけでなくジャージを着ている人間から発せられた言葉を理解するため、足を止めた。
外套に照らされるジャージは深緑。その下にあると思われる肉体派、俺よりもしっかりとした筋肉がついていそうだ。声も、俺より数倍低い。深緑のジャージを着た人物が女性という可能性はない。
男同士で具体的にどんな付き合いをするか、俺には想像ができなかった。でもイズミさんの容姿は俺が一目惚れをしたぐらいだ。違和感はない。
「達哉! おれが付き合いたいって言ってんのに、何が不満なんだよ」
「全部ですよ! オレはもう、貝崎先輩とは付き合いません!」
「和泉さん!」
ジャージの男、貝崎が和泉さんの腕を力強く引いたのを見て駆け寄る。
「なんだ、お前」
突然現れた俺に驚いた様子の貝崎から、和泉さんを離れさせる。和泉さんを背に隠し、貝崎を見た。
精悍な顔立ちという言葉がしっくりくる貝崎が、俺を睨む。
「邪魔すんじゃねえよ」
身長は、俺の方が高い。でも貝崎は体格が良く、凄んだときに迫力がある。
思わず怯んだ俺が後ろに下がった時、和泉さんとぶつかった。
「すみません」
「いや」
和泉さんにぶつかった時、彼の体が少し震えていることに気がついた。俺の服の裾を掴んでいる。こんなに弱々しい和泉さんを見るのは初めてで、戸惑う。
でも、出会ってからまだ二日。和泉さんのことを知らなくて当然だ。
「おい、達哉。こっちに来いよ」
「和泉さんに手を出すな」
和泉さんに手を伸ばそうとした貝崎の腕を掴む。体格差からして、和泉さんは貝崎に敵わない。
だったら自分が守らなければ。
そんな使命感が湧いた。
「和泉さんは嫌がっている。見てわからないのか」
「関係ない奴は下がってろ」
「同僚が困っているのに、下がるわけがない」
「へえ……同僚、ね」
何がおかしいのか、貝崎は口角を上げてニヤリと笑う。その顔がまるで何か悪いことを考えているように感じ、俺は半歩後ろに下がる。
和泉さんは貝崎が何を言うのか察したらしい。背中越しに緊張しているとわかる。
「達哉。おれと付き合えないのはこいつがいるからか」
「関係ない!」
貝崎が言うと、和泉さんは勢い良く俺の前に出てきた。拳は硬く握りしめている。
「こいつは関係ない。本当に、ただの同僚です」
「本当にそうなのか?」
貝崎は信じられないというように首を傾げ、目を細める。
「本当です。同僚になってからまだ一日も経っていないのに、何か思うわけもありません」
「ふーん……」
俺の前に出た和泉さんは、少し体が震えているように感じた。その震えは拳を握りしめているからか、目の前の貝崎の威圧感に負けないようにしているからかはわからない。
ただ、和泉さんのためを考えたら早急にこの場を離れた方が良さそうだということはわかる。
「おい」
俺が和泉さんの手を取り移動しようとすると、貝崎が声をかけてきた。貝崎は和泉さんの肩に手を置いている。
「こいつはゲイだから、狙われないように気をつけろよ?」
「ゲイ?」
貝崎が言葉を発した瞬間、和泉さんが息を飲んだような雰囲気を感じた。触れていなくても、和泉さんの体が強ばっていると察せられる。
「そ。恋愛対象が自分と同じ男しかない、かわいそうな性癖」
貝崎は和泉さんの肩をぽんと叩く。ゲイという存在よりも和泉さん自身を馬鹿にしているように感じ、俺は貝崎に近づく。
「恋愛観がどんなものであるか、そんなのは人それぞれだ。ゲイを馬鹿にするあんただって、和泉さんを好きなんだろ? 同じじゃないか」
「いーや、おれは違う。こいつだけだ。こいつから告白されただけ。おれはホモじゃない」
「和泉さんから……」
「そ。達哉に告白されて、まあ顔が良いから付き合ってもいーかなってな。当時は付き合っている相手もいなかったし」
貝崎は軽い口調で言うと、当時を思い出したのか突然眉を寄せる。
「……こいつに想われたら最後、人生が狂う」
「はあ?」
貝崎が言った言葉が理解できず、素っ頓狂な声を出してしまった。
「あんた、それ本気で言ってんの? 想われただけで、どうして人生が狂うんだよ。あり得ない。ただ単に、あんたの心が狭かっただけじゃねえの?」
「ああ?」
図星だったのか、貝崎は俺を睨む。今度は凄まれても怖いと感じなかった。ただ自分を大きく見せようと虚勢を張っているようにしか見えない。
「和泉さん。こんな人に付き合ってないで、早く帰りましょう」
和泉さんの手を引き、陸橋を離れる。
「せいぜいお前も、狂わされないように気をつけるんだな!」
後ろから負け犬の遠吠えが聞こえた。
振り返らずに大股で歩く。だからすぐに朝海園に着いた。
すると和泉さんが立ち止まり、腕を払われた。和泉さんは不機嫌そうに眉を寄せている。
「和泉さん。もう大丈夫です」
「別に、助けてくれなくても良かった」
背後から追っても来ないことを確認して話しかけたら、和泉さんから予想外の言葉を受けた。
……わざわざ助けたのに。
自分の講堂が全て無駄だったとわかると、無性に腹が立つ。
「あの状況で、和泉さんがあの人に敵うわけない!」
「ふざけるな! オレは男だ。自分の身ぐらい自分で守れる」
俺に背を向け朝海園の門を抜けようとした和泉さんの腕を掴む。でも、すぐに振り払われる。俺に向けられる和泉さんの眼差しはきつい。それでも俺は引かなかった。
「男とか女とか関係ない! ただ和泉さんが困っているように見えて……俺はただ、守りたかっただけです!!」
「――っ。お前に、心配される筋合いはない! オレに関わるな!」
和泉さんは走って門を抜ける。一人残され、地面を蹴った。
「ああそうですか! だったら助けなければ良かったよ!」
恐らく和泉さんには聞こえていない。だけど、叫ばずにはいられなかった。
元々人通りが少ないこの道は、夜になると人が全く通らない。俺の横を、電車が通過する。
「――ちぇっ」
地面に転がっていた小石を蹴ろうとした。でも空振りして、惨めさが増す。まるで道端の小石にまで自分の行動が笑われたような気がした。
「……帰ろう」
ジーパンのポケットに手を入れて自室へ行く。そしてむしゃくしゃとした気分を感じたまま就寝した。




