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「いらっしゃいませー」
駅前の居酒屋に入ると、店員の声が聞き取りづらくなるほどの熱気を感じた。かなり盛況なようだ。
葛城さんが名前を告げると、押しに弱そうな印象の男性が奥の席まで案内してくれる。四人から六人ほどのテーブル席が並び、それぞれのれんで区切られていて気軽に飲みに来られそうだった。
「きゃっ」
「大丈夫ですか」
「ありがとう」
席へ向かう途中、お客さんが急に通路へ出てきた。その人は葵ノ本さんにぶつかっても謝らなかった。
「一言ぐらい何か言えば良いのに」
「しょうがないよ。盛り上がっているみたいだしね」
気にしていないという様子の葵ノ本さんに手を引かれ、葛城さん達が向かった席へ行く。四人掛けの席で、俺は葵ノ本さんの隣に座った。
「どうかした?」
「何でもないですよ。すみません、心配かけちゃって。ありがとうございます、京香さん」
「そう? 何もないなら良かったわ。朝海君は何飲む?」
「そうですね……」
葛城さんからメニュー表を受け取り、ドリンクページを開く。、梅酒やワインにカクテルと、酒類は充実している。
「皆さんはもう決まってるんですか?」
「このメンバーでよく飲むから、最初に飲むのはいつも同じよ」
そう言うと、葛城さんは横を通ろうとしていた店員を呼び止める。さっき入口から案内してくれた男性だ。
「梅酒のロックとピーチカクテルとビールを一つずつ。それと、とりあえず枝豆をお願いします」
「かしこまりました」
男性はメモを取ると、注文されたメニューを復唱して厨房に入って行く。葛城さんはその男性を目で追い、姿が見えなくなってもずっと男性がいた方向を見ていた。その様子を見て、葵ノ本さんに小声で訪ねる。
「もしかして、葛城さんってあの店員さんと何かあります?」
「あの人はこの店の店長さんで、京香さんの知り合いなんだ」
ただの知り合いというには、葛城さんの様子が気になる。葛城さんは未だに厨房を見たままだ。急に目をそらしたと思ったら、店長さんがお盆の上にお酒を載せて枝豆を持ってきてくれた。
店長さんは注文されたお酒をテーブルに置く。ビールは葛城さんの前、梅酒のロックは葵ノ本さんの前というように置かれている。そして枝豆をテーブルの中央に置き、厨房に戻ったかと思うとすぐに戻ってきた。
そして、葛城さんの前にドンと瓶ビールが置かれる。
「朝海君。早く飲み物注文して」
「あ、はい。じゃあ、ジンジャエールをお願いします」
グラスと栓抜きを置いていた店長さんに注文する。すぐに俺のドリンクが届き、乾杯することになった。
「ん~、やっぱり仕事の後のビールはうまい! やっぱりこれよね!」
一気にジョッキ一杯分のビールを飲み干した葛城さんは、瓶ビールを開けてまた注ぐ。
「……それで、葵ノ本さん。葛城さんと店長さんとは、どんな関係が……」
「あぁ、それはね」
「朝海君。何か食べられないものはある?」
「いえ、ないです」
葵ノ本さんが答えようとした時、葛城さんに遮られてしまった。俺の好みを聞いた葛城さんは、また店長さんを呼んで直接注文する。
テーブルにはタッチパネルが置かれていたけど、葛城さんはそれを使うつもりはないみたいだ。
「京香さんは店長さんのことがたぶん好きで、店長さんも京香さんのことが好きなんだよ」
「えっ、両想いじゃないですか」
葵ノ本さん曰く、葛城さんが店長さんに思いを寄せていることは彼女の様子から察した。店長さんの気持ちは、前に葛城さんが酔い潰れた時の対応でそうだと思ったらしい。
葛城さんにプロポーズしているものの、なかなか承諾してもらえない。それが、店長さんと葛城さんの関係だそうだ。
「どうしてオッケーしないんでしょう?」
「わかんない。ただ、店長さんが年下だからかなって思う」
なんでも葛城さんは、年下の男性に養われるのは嫌なんだそうだ。
葵ノ本さんと話していると、葛城さんが頼んだ料理がどんどん運ばれてきた。葛城さんはすでに瓶ビール一本を開け、二本目に突入している。
隣の桜ヶ丘さんも、葛城さんと同じくらいのペースでカクテルを飲んでいた。
桜ヶ丘さんは、イズミさんが来ないのはとても残念と言っている。イズミさんの名前を聞き、気になっていたことを聞く。
「あの、葵ノ本さん。イズミさんの漢字を教えてもらえませんか?」
「良いよー」
葵ノ本さんはバッグから紙を取り出すと、イズミさんの姓名を漢字で教えてくれた。
「イズミって、名字なんですね」
イズミさんのフルネームは、和泉達哉。トイレで遭遇してしまった時に性別はわかっていた。でも改めて漢字で見ると、いかにも男らしい名前だ。
「朝海君、ひよりとばかり話していないで食べなさい。たくさんあるから」
「あ、はい。いただきます」
慌てて箸を取り、一番手前に置かれていた唐揚げを食べた。
「夏樹。やっぱりないと思うわ。和泉君と朝海君のペアなんて」
「違います、葛城さん。朝海さんと和泉さんのペアです」
俺が席を外している間に女性だけで盛り上がったらしく、特に桜ヶ丘さんはハイテンションだ。仕事中は彼女の話し声を聞いていなかったのが嘘のように、葛城さんに熱弁している。
おいそれとは入っていけない雰囲気になっていて、俺は思わず足を止めた。暖簾を上げにくい。
「どっちも同じじゃない」
「いーえ、違います。言い方によって二人の立場が逆転してしまうんです!」
入るタイミングを見つけ、暖簾を上げる。
「何の話をしてるんですか」
「男の人には内緒よ。そっちは男の子同士の話をしてなさい」
「誰と話すんですか」
突っ込みを入れてみても、何も反応がない。
桜ヶ丘さんが熱弁し、葛城さんがそれを否定する。そんなやり取りの繰り返し。
とりあえず腰を下ろした。
「葵ノ本さん、二人が何を言っているかわかります?」
「うーん……とりあえず、悠真君は知らなくても良いんじゃないかな」
「そうなんですか」
自分のことを話されているのに本人は知らなくても良いなんて、どういうことだろう。
考えていると、桜ヶ丘さんがバンッとテーブルを叩く。
「朝海さんはヘタレのように見えて、実は結構魅せる人。一見すると一匹狼のように見える和泉さんは、実はさびしがり。だから自分を見てくれる人を求めているんです!」
「だ、そうよ。朝海君」
生き生きとしている桜ヶ丘さんの話を受け、葛城さんが俺に話を振ってきた。俺としては桜ヶ丘さんが何を言いたいのかわからないから、反応しにくい。
「道は険しいと思いますが、めげずに頑張ってくださいね、朝海さん!」
「頑張ってねー」
「はあ、まあ、頑張ります」
桜ヶ丘さんに続き葵ノ本さんからも応援される。酔っている人の言葉はよくわからない。
でも俺も和泉さんとは良き同僚として付き合っていきたいと思っているから、女性陣の意見を否定しなかった。
俺がドリンクを飲んでいる間、葵ノ本さんと桜ヶ丘さんの二人は手を叩いて喜んでいる。葛城さんは相変わらず、店長さんを目で追っていた。




