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和泉さんが俺に近づく。でも、口を開かない。気まずそうに目を泳がせている。恐らく、どんな風に言えば良いのか言葉を捜しているんだと思う。
「和泉さん。俺はあなたが好きです。和泉さんは、俺のどんなところを好きになってくれたんですか」
和泉さんが話しやすくなるように、語尾を柔らかくして質問する。視線を彷徨わせるようにしていた和泉さんは、意を決したらしい。
俺をじっと見つめてきた。
「もともと、顔は好みだったんだ。でも、性別を間違えられてむかついた。でも素直に謝ってくれたし、先輩が来た時に何度も助けてくれた。でも」
和泉さんが俺から目をそらす。握られた拳は震えている。
「恋愛対象じゃないとか、同僚だってことを強調されてショックだった」
前に和泉さんの話を聞いた時に態度が変わった理由を知る。あの時はまだ、和泉さんを意識していなかったから言えた言葉だ。
「助けてくれた時は嬉しかった。でも、お礼を言えなかった」
「どうしてですか?」
「誰かに何かをしてもらって嬉しいと感じるのは、相手を好きになるきっかけだと思ってる。嬉しかったと伝えたら、悠真を好きだと思ってしまうかもしれない。それが怖かった」
「どうして?」
「オレは同性愛者だけど、悠真は違う。普通に異性を恋愛対象として見られるのに、オレが告白なんてしたらお前の人生を狂わせてしまうんじゃないかって思った」
確かに和泉さんは消極的だ。
今なら貝崎が言っていたことがよくわかる。自分の気持ちではなく相手の立場を優先するなんて、俺には真似できないことだ。自分の気持ちを優先してしまう。
「悠真のことを好きになればなるほど、先輩とのことがちらついた。異性愛者を好きになって、また捨てられたら……って思ったら、嫌だった。傷つきたくないから、離れようとした」
和泉さんは一歩近づき、俺のすぐ横に立つ。
「だから、関わるなと何度も言った。それなのに、悠真は何度もオレに話しかけてきた。何度も助けてくれた。迷惑をかけるとわかっていても、好きにならずにはいられなかった」
和泉さんは俺の手を取る。愛しむように、優しく包みこむ。
「先輩からは感じられなかった、自分を気にかけてくれているという喜びがあった。悠真のことをもっと知りたいと思って、同時にこれ以上知りたくないと思った。知れば知るほど、悠真から離れられなくなると思った」
和泉さんは俺の手をぎゅっと握る。
「同性愛者だと知っても、人格を否定しない気遣いが嬉しかった。心配してくれる優しさが、心地良かった。自分を守ってくれるって、安心できた」
床に膝をつき、和泉さんは俺の手を胸に抱く。
「真っ直ぐな言葉と、すがりたくなる背中。実は不器用な指先とか、少し高めの声とか。そのどれもが大切で、失いたくないと思った」
顔が熱い。
次々と紡がれる和泉さんの言葉に、心拍数が早くなる。
「先輩がオレの部屋に来た時に泣いていたのは、好きな人として悠真の顔を浮かべてしまったからだ」
「俺に、迷惑がかかるって思ったんですか?」
「そうだ」
和泉さんは下唇を噛む。
「相手のことを考える余裕がなくて、先輩の人生を歪ませてしまった。だから、二度とストレートを好きにならないって決めたのに」
和泉さんは優しい。相手を気遣える。
だけど同時に、人の気持ちに鈍感だ。
貝崎から話を聞いたからわかる。負い目を感じて相手の言う通りにして、自分の気持ちを隠す。相手に嫌われないように行動するのに、自分が好かれているなんて思いもしない。
貝崎が潔く身を引き、和泉さんと両想いだとわかった今は、あえて何も言わない。和泉さんには、俺だけを想っていてほしい。
ただ、和泉さんがこの先も自分に負い目を感じて生きてほしくはなかった。
「和泉さんは、もっと自分に誇りを持つべきですよ」
「誇り?」
「そう。人を気遣える優しい心を持っているし、何より人目を引く見た目は自慢できるんですから。もっと活用しないと」
「こんな顔、活用したって……」
「活用すべきです。確かに俺は、和泉さんを女性と間違えました。言葉は悪いですけど、それだけ和泉さんが綺麗ってことなんです。俺、和泉さんの笑顔を見た時にドキッとしましたもん」
「笑顔で?」
「和泉さん、子供達にはすごく笑うんです。ああ良いな、あんな優しい顔で俺にも笑いかけてくれたらなって、俺、子供達に嫉妬してましたよ」
「そうか」
和泉さんが、口元を緩める。まるで固い蕾が綻ぶように、柔らかな笑みを見せた。
……やっぱり、和泉さんの笑顔が好きだ。
思わず悶えそうになる。俺は気持ちを落ち着かせるために何度も深呼吸をした。
「自分が好きだと思える相手ができたなら、その気持ちに自信を持ってください。世間体とか相手のこととか考えないで、自分が望むように動けば良いんですよ」
「そんなこと言ったって、必ず両想いになれるわけじゃないし、迷惑が」
「そんなの関係ないです」
和泉さんの腕を引き、抱きしめる。
「おいっ」
「少なくても俺は、迷惑だなんて思いません」
「本当に……?」
「ええ、本当です。だって俺は和泉さんが好きなんです。好きな人に想われて迷惑だなんて思わない。むしろ、嬉しい。どんどん俺に甘えてくださいよ」
和泉さんの背中を、ぽんぽんと優しく撫でる。和泉さんは、俺の背中に手を回す。強く抱きしめてきた。
「達哉さん」
名前を呼ぶと、和泉さんが体を強ばらせた。緊張を解くように、俺は優しく和泉さんの頬に手を添える。
「達哉さんが好きです。俺と付き合ってください」
「喜んで」
和泉さんを抱きしめる。すると和泉さんも抱き返してくれる。こんなに幸せなことはない。
幸せを噛みしめていると、和泉さんが俺の頬へ手を添えた。
「痛いよな」
「いいえ、全然。これは和泉さんを守ったっていう勲章です」
「勲章か。男らしいな」
和泉さんが、ふっと目を細めた。俺は和泉さんの手に自分の手を重ねる。
「はい。男前二割増しです」
「いや、五割増しだな」
「ええー。普段はそんなに格好良くないですか」
「違う。そうじゃない」
言葉を切ると、和泉さんは俺に顔を近づける。近距離に迫る恋人の顔に、鼓動が跳ねる。
和泉さんは、俺の額に自分のものを合わせた。鼻が当たる。
「……オレにとって悠真は、いつだって格好良い。だから自信を持て」
「ありがとうございます」
か細い声で言う和泉さんから、羞恥心が伝わる。幸せな想いがあふれる。
「和泉さん」
「悠真」
一度顔を離し、互いに見つめ合う。そしてゆっくりと顔を近づけていく。
「っ」
誰かが、廊下を歩いて行く足音がした。俺も和泉さんも、その足音を聞いて息を呑んだ。
「っ、悪い」
「いえ、こちらこそ」
自分達がどこにいるのかを忘れていた。ここは病院。いつ誰が来てもおかしくない場所だ。
「か、帰りますか」
「そうだな」
公共の場所だと思うと何もできなくなる。内心では残念に思いながら、俺は和泉さんと一緒に病院を出た。
春でも、深夜は冷える。誰も歩いていない。
……どうしよう。手を繋ぎたい。
和泉さんは少し前を歩く。俺が少しかがんで手を取れば、繋げる。
でも、あと一歩が踏み出せない。
「悠真」
「はい!」
手を凝視しすぎて力んでしまった。和泉さんが訝しむような目を向ける。
「どうした」
「いえ、何でもないです。それより、和泉さんの用事は何ですか」
「…………あの、さ」
和泉さんが言い淀む。立ち止まった和泉さんは俺を見たり目をそらしたりしている。
緊張していることが伝わってきて、俺も体を強ばらせた。
「園長先生に、オレ達のことを報告したい」
「じいちゃんに?」
「前に、園長先生に拾ってもらったこと、話しただろ?」
「ええ」
「園長先生には恩を返したかったんだが、できなくなった。だからその代わりに、オレ達の関係を話しておきたい」
和泉さんの目は真剣だ。真面目な考えが和泉さんらしい。
もちろん、申し出を拒否する選択肢はない。
「俺も、じいちゃんには言っておいた方が良いかなって思ってました」
「そうか」
ほっと息をつく和泉さんは、胸に手を置いた。俺は思わず、その手を見る。
「どうかしたか」
「いえ、何でもありません」
恋愛に消極的だった和泉さんはきっと、公共の場でいちゃつくなんてことは好まない。深夜といっても誰が見ているかわからないし。
和泉さんと手を繋ぐことを諦め、病院の最寄り駅へ向かう。
病院から歩いて十分ほどの所に、青葉駅が見えてきた。昼間は複数の路線が入るターミナル駅として栄えているけど、日付が変わる間際は人がいない。
閑散とした駅の構内を歩き、時刻表を見る。
「和泉さん。凱津に行く最終、行っちゃったみたいです。どうしますか」
「ここから朝海園まで歩けない距離じゃない。一時間くらいで着く」
「えっ。歩くんですか」
「それしか方法がないだろう。電車がないんだから」
「そうですよねえ……」
溜息をつく。一時間も歩くのは疲れるけど、それだけ多くの時間を和泉さんと過ごせる。
「よし。朝海園へ出発!」
「どうした、急に」
「いえ。達哉さんと一緒にいられる時間が増えるなって思って」
笑顔で名前を呼んでみたら、和泉さんは気恥ずかしそうに一歩先を進んでいく。和泉さんに追いつき隣に並び、青葉駅から出た。
終電に乗るため駅へ走ってくる会社員を見ながら歩を進める。
これから一時間。深夜の散歩のスタートだ。
次でラストでした。
この後、ラストエピソードを投稿します。




