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これがラストのエピソードです!
朝海園に着くと、門の前にはじいちゃんがいた。
「じいちゃん、どうしたの」
「どうしたの、じゃない。今までどこに……悠真。その顔の怪我はどうした。何があった?」
「えっと、これは……」
何から話せば良いんだろうか。貝崎のこと。和泉さんと付き合うようになったこと。
「話はわしの部屋で聞く。とりあえず移動するぞ」
どんな言葉で伝えれば良いかと考えていると、じいちゃんがアパートへ向かう。
和泉さんと一緒にじいちゃんの部屋へ行く。一階には一部屋しかないからか、じいちゃんの部屋は広かった。
「そこに座りなさい」
示されたソファに腰を下ろす。和泉さんも隣に座った。
出された湯飲みを持つと、じんわりと温まってくる。緑茶で喉を潤した。
「それで、一体何があったんだ」
「園長先生」
「和泉さん。俺が言います」
和泉さんの発言を止め、じいちゃんに全て話す。
和泉さんに交際を申し込んでいた貝崎のことや、その貝崎と和泉さんをめぐって争って殴り合ったこと。
俺は隣に座る和泉さんの手を取り、一番伝えたかったことを言う。
「じいちゃん。俺達、付き合うことにした」
「そうか」
「そうかって、それだけ?」
「他に言いようがあるか」
「いや、俺に聞かれても……」
和泉さんの性癖を知っていたという話を聞いた時から、特に何も言わないのではないかと思ってた。だけどこんなにあっさりしていると拍子抜けする。
「じいちゃん。ちゃんとわかってる? 俺、和泉さんと付き合うんだよ?」
「だからそれがどうした」
「どうしたって……俺一人っ子だからひ孫が見られなくなっちゃうよ?」
「孫を見れたからひ孫までは望まない」
「園長先生。本当に、良いんですか」
じいちゃんのあっさりすぎる態度に疑問を持った和泉さんが質問する。孫の俺でさえ驚いたんだから、和泉さんがすぐに信じられないのも無理はない。
じいちゃんは和泉さんを見て、柔らかい笑みを見せる。
「和泉君は、後悔しないかい?」
「ええ」
「そうか。だったらわしが言うことは何もないよ。幸せになりなさい」
「ありがとうございます!」
和泉さんがじいちゃんに頭を下げた。和泉さんに倣い、俺も頭を下げる。
「和泉さんのことは、絶対に幸せにするから」
「当たり前だ。和泉君はわしのもう一人の孫なんだからな。別れるなんて承知しない」
「大丈夫。一生一緒に歩んでいくって決めた」
じいちゃんは満足そうに頷くと、俺の左頬をぴしゃりと叩く。
「なんだよ、じいちゃん」
「それにしてもだらしのない顔だな。こんなみっともない顔じゃ、園児達の前に出すわけにはいかん」
「ごめん、じいちゃん。でも週明けには大丈夫だと思うから」
「二週間、休みをやるからその間にマシな顔に戻せ」
「でも、そんなに休んだら大変なんじゃないの?」
「前に休日働いてくれた分の代休だ。和泉君には出てもらうしかないが、悠真がいない穴なんぞわし一人で埋められるから休め。その代わり、きっちり直してこい」
「でもさ、じいちゃん。二週間も部屋にこもってたら、俺、餓死するよ」
じいちゃんと話していると、おもむろに和泉さんが手を上げた。俺もじいちゃんも首を傾げて和泉さんを見る。
「オレ、悠真の部屋に通います」
「え?」
「二週間、オレが悠真の部屋に料理を作りに行きます」
「それはありがたいが、和泉君に負担がかかってしまうんじゃないかな。休みもすぐにはあげられないのに」
「大丈夫です。もともとこんな状態にしてしまったのはオレ自身の責任です。それに、オレが悠真と過ごしたいな……って」
俺とじいちゃんが凝視しすぎたせいか、語尾がだんだんと弱くなっていった。話し終えると、俯いてしまう。
「悠真。お前はどうしたい?」
「和泉さんの手料理は大好きだし、俺は一向に構わないけど……和泉さん、大丈夫ですか」
「お、おう。任せとけ」
和泉さんは顔を上げ、胸に手を当てる。
「じゃあ和泉君。申し訳ないが悠真を頼む」
「わかりました」
じいちゃんの部屋を出て、二階に上がる。部屋の前で別れてからすぐに、和泉さんが俺の部屋にやって来た。
「どうせ二週間、悠真は出られないんだろ? 少しでも多くの時間を悠真と過ごしたいから、ここで寝泊まりしたら駄目か」
「大歓迎ですよ」
「ありがとう」
愛しい恋人を招き入れ、玄関を閉めた。
二週間後。
俺はようやくまともな顔になり、出勤可能になった。両頬にあった大きなガーゼも外れた。
「和泉さん。一緒に行きましょうよ」
「ああ」
和泉さんと一緒に部屋を出る。そして保育園の裏口へ向かうと女性陣も出勤してきた。
「朝海君、今日から復帰?」
「はい。ご迷惑をおかけしました」
「いーえ。それより、和泉君がナンパされているところを助けて殴られるなんて、朝海君にも男らしい一面があったのね」
「にもって何ですか。俺は前から男らしいですー」
葛城さんと話していた時、彼女の左の薬指にシルバーのリングを発見した。
「葛城さん、それ……」
「あぁ、これ?」
「一週間前、京香さん、ついにプロポーズを受けたんだよ」
まるで自分のことのように喜ぶ葵ノ本さんが教えてくれた。葛城さんは恥ずかしいけど嬉しいというような、喜びがにじみ出ていた。
「良かったですね、葛城さん。でも、家庭に入るかどうかっていうのはどうなったんですか」
「いずれは家庭に入ってほしいけど、今はまだ良いって言われたわ」
「結婚式はされるんですか」
「えぇ。したいと思っているわ。やっぱり両親には色々と迷惑をかけたから」
「婚約おめでとうございます」
「ありがとうございます」
幸せそうに葛城さんが笑う。
女性陣と和泉さんと保育園へ入る。簡単な朝礼が済み、園児を迎える準備を始めた。
まだ登園時間まで少し余裕がある。葛城さんと桜ヶ丘さんは、自分達が担当する教室へ。和泉さんは調理室へ行く。葵ノ本さんは折り紙を出して教室に飾る花や動物を作っている。
「葵ノ本さん」
「待って」
葵ノ本さんに告白の返事をしようと近づくと、手で止められる。
「達哉君と付き合うんでしょ?」
「どうしてわかったんですか!?」
「あたしが告白したときに達哉君はつらそうな顔をしていたのに、悠真君が出勤していない間すごく晴れやかな顔をしてたから」
「それだけでわかるんですか?」
「何となくだけどね。あぁ、上手くいったんだなって思った」
「えと、すみません」
「いーの。謝らないでよ」
「あの、葵ノ本さん」
「その先は聞かないよ」
「いえ、聞いてください。俺を好きになってくれたから、伝えたいんです」
俺は姿勢を正し、葵ノ本さんを見る。
「生涯をかけて和泉さんを守りたいと思っています。だから、葵ノ本さんの気持ちに応えることはできません」
俺は頭を下げる。すると葵ノ本さんは溜息をついてから、「顔を上げて」と言った。
「せっかく直接的な言葉を聞かないようにしてたのに……悠真君は酷い」
「すみません」
「謝らないでよ。そんな真っ直ぐなところが悠真君って感じなんだから。そんなところに、達哉君も惹かれたんだと思うよ」
「葵ノ本さんは、和泉さんの気持ちを知ってたんですか」
「ずっと悠真君を見てたから、もしかしてって思ってた」
そんなに見られていたのかと驚く。
「まぁ、気づいたのはあたしが悠真君を見ていたからなんだけどね。でもこれからは、ビシビシ厳しく接するからね」
「お手柔らかにお願いします」
「優しくなんてしないよ。あたしが言うのもなんだけど、悠真君、保育士に向いていると思うから」
そう言うと、葵ノ本さんは職員室を出た。保育士に向いていると言われて、頬が緩む。
葵ノ本さんを追って、俺も職員室を出た。そろそろ登園時間になる。
学童保育所の子供達にも心配されてしまった。そしてどうやら、子供達には俺が風邪で休んだと伝わっているらしい。学童保育所に来る小学生達は来るたびに俺に声をかけてくれた。
「こんにちは」
健太がやってきた。健太は俺に会釈しランドセルを置くと、すぐにセラちゃんの隣に行った。セラちゃんとの距離は僅か指一本分。どうやら俺が休んでいる間に二人の仲は進展したらしい。
健太をからかうために二人に近づく。
「よお、健太。久しぶりだな」
「悠真先生。もう風邪は良いんですか」
「ああ。全快だ」
「悠真先生は、風邪だったんですよね?」
「そうだ。それがどうかしたか」
「あ、いえ……悠真先生が休み始めた日と同じ日に、貝崎先生が顎に大きなガーゼをつけていたので、何か関連があるのかなって思って聞いてみました」
健太はなかなか鋭い。指摘された内容に思わずドキリとする。
「貝崎先生に話を聞いたら、男の戦いをしたって言っていました。男の戦いって、何ですか」
健太は真っ直ぐに俺を見る。俺は一度咳払いをし、もっともらしく聞こえるように顎に手を当てた。
「男の戦いとは、好きな人を守ることだ」
「好きな人を、守ること……」
健太は俺が言ったことを復唱し、セラちゃんの手を握る。健太の方を見たセラちゃんに大きく頷き、健太は凛々しい顔を見せる。どんなことがあっても好きな人を守り抜く。そんな決意が窺える顔だった。
「健太、頑張れよ」
思わず健太の頭を撫でる。健太だったら、セラちゃんを幸せにできるだろう。
セラちゃんが大切だという目をする健太を見て、和泉さんに会いたくなった。
「健太。ちょっと悪いんだけど、少しの間、ここを任せた!」
「えっ、悠真先生!?」
健太に言い残すと、俺はすぐに学童保育所を出る。そして真っ直ぐに、保育園の調理室へ向かう。
三時のおやつを作り終えた和泉さんは、少しのんびりしているみたいだ。いつも見かける時は忙しなく動いているけど、今はゆっくりと食器を洗っている。
「達哉さん」
呼びかけると、すぐに振り返ってくれる。
笑顔で、迎えてくれた。
「どうした? 今は学童保育所だろ?」
「達哉さんに言いたいことがあって、ちょっと抜けてきちゃいました」
「なんだ」
和泉さんの目の前まで進む。
正面まで来たら、姿勢を正した。そして、和泉さんを見る。
「達哉さんが好きです」
和泉さんは驚いたような顔をして、でもすぐに相好を崩す。
和泉さんに手を差し出すと、しっかりと握ってくれた。
「オレも、悠真が好きだよ」
はにかむような笑みに、また惚れた。
ここまで読んでくださり、ありがとうございました。
十五年前、読みたいBLを、ということで書いたものです。
所々古いなと思える箇所や突っ込みどころなどもあったかとは思いますが、楽しんでいただけたら幸いです。
もしよろしければ、「★(いくつでも!)」など反応をいただけると幸いです。
お付き合いいただき、ありがとうございました。




