33
平成に書きましたが、昭和テイストな殴り合いあります。
苦手な方はお戻りください。
ここまで読んでくださりありがとうございました。
最後に迎えが来た健太を見送り、学童保育所を閉める。そして葵ノ本さんに言われた通り、職員室に行く。するとそこにはもう誰もおらず、電気だけついていた。
明日は土曜日で仕込みは必要ないと思うけど、調理室の電気もまだついたままだ。
葵ノ本さんはまだ来ないのかと思っていると、柱時計が十九時を知らせる。ボーンボーンという音が鳴り止む頃、職員室の扉が開けられた。
「ごめんね、悠真君。お待たせしました」
葵ノ本さんは昨日と同様に、勤務時の服装ではなかった。保育士としてここにいる時は、決してスカートははかない。
やっぱり葵ノ本さんは、和泉さんに告白するつもりなんだろう。幸いにも、和泉さんはまだ帰っていない。
「悠真君っ」
「すみません、葵ノ本さん」
さあこれから行くぞというような気合いを感じられる声を聞き、俺は先に謝る。勢いをそがれた葵ノ本さんは、首を傾げて俺を見た。
「和泉さんへの告白、協力できません」
「へ? 協力?」
葵ノ本さんは、訳がわからないというような顔をした。
しばらく考え、頭の中で整理できたみたいだ。声を出して笑う。そんな彼女の態度を見て、今度は俺が疑問を覚える番だ。
「どうして笑うんですか」
「いや……ごめんね。どうやったらそんな勘違いをするのかなって思って」
「勘違い?」
「あたしは、達哉君のことが好きなんじゃないよ」
葵ノ本さんは咳払いをし、背筋を伸ばす。そして俺を真っ直ぐ見つめてきた。
「お泊まり会のとき、守ってくれて嬉しかった」
守ってくれて嬉しい、か。和泉さんにも言ってもらいたかったな。
いや、和泉さんからは助けてくれてありがとうってお礼を言われたじゃないか。それで十分なはず。
でも、和泉さんから嬉しいって言葉を聞きたかった。
……嬉しいって言う時は、あの笑顔で――かっこいい、目を引くあの笑顔で言ってくれると良いな。
そしたら俺はたぶん、何だってできる。向かうところ敵なし! って状態になれるんだろうな。そしたらそしたら、邪魔な貝崎から和泉さんを奪って……ああでも、そんなことをしたら和泉さんが悲しむよな。和泉さんは、あいつが好きなんだから。
「あ、のね、悠真君」
妄想に耽っていたら、葵ノ本さんに袖を掴まれた。葵ノ本さんは俯いてしまっている。ちゃんと話を聞かないと。
「立ち話もなんですから、座って話しましょうよ」
「このままで良い!」
葵ノ本さんが俺の腕に抱きつく。腕に柔らかい感触がある。葵ノ本さんの心音が伝わってくるような気がした。ドクンドクンと、少し脈が速いみたいだ。
……和泉さんが好きじゃないんだとしたら、葵ノ本さが好きな人って、もしかして……。
「悠真君、あたしね……」
葵ノ本さんが俺の腕を掴んだまま、見上げてきた。瞳が潤んでいて、頬が赤い。思わず見入ってしまう。
そんな時、職員室の扉が開いた。
「悠真君が好き。あたしと付き合ってください!」
葵ノ本さんの奥に、和泉さんがいた。
目が合う。
「和泉さんっ」
和泉さんは今にも泣きそうな顔をして、職員室から走り去る。
「悠真君っ!?」
「すみません、葵ノ本さん。返事は後でします!」
呼び止める葵ノ本さんに謝罪して、俺は和泉さんを追った。
調理室に姿なし。外から、車が止まる音。玄関から外へ出る。するとそこには、貝崎がいた。
「和泉さんっ」
和泉さんが貝崎の車に乗り込んだ。車はすぐに動き出す。
俺は走る。そして車の前に立つ。
車が止まったことを確認し、和泉さんがいる後部座席の窓を叩く。
「和泉さん、話を聞いてください!」
窓を叩いても、和泉さんは俺を見ない。反対側の窓を見ている。
どうにか和泉さんと話ができないかと思っていると、クラクションが鳴らされて前方の窓が開いた。そこから貝崎が顔を出す。
「乗れ」
「は?」
「達哉と話したいんだろ?」
「先輩!」
貝崎の行動理由がわからない。和泉さんの反応から、貝崎の行動は想定外のようだ。
「達哉。おれはちゃんと言ったよな? きちんと話してこいって」
「何の話だ」
「ここで話すのは面倒だ。場所を移動する」
貝崎が何をしたいのかわからない。二人の話もわからない。
でも、貝崎の車に乗ることで和泉さんと話ができる。だとすれば、そんなチャンスは逃さない。
俺は和泉さんの隣に乗車した。
貝崎の車に乗ったのは良かったものの、車内には重苦しい空気が流れている。和泉さんと話したいけど、二人きりでしたい。でも貝崎は目的地があるのか、車を止めなかった。
朝海園を出た車は陸橋を通り、そこから十分ほど走らせた公園の前で止まる。
「達哉はこの中で待ってろ」
和泉さんにだけ待機するように言うと、貝崎は車から降りる。和泉さんと話せるチャンスだったけど、貝崎から降りろと言われた。仕方なく車から降り、貝崎の後に続く。
進んだ先は、何の変哲もない公園だ。他の公園と違うところといえば、グランドが広めなこと。それにグランドに大量の砂があうことだけだ。砂浜を想像させる。
「どこまで行くんだ」
貝崎は降車してから無言だ。グランドの奥へ進んでいることしかわからない。振り返ると、貝崎の車は夜の闇に紛れて停車位置がわからなくなっていた。
前を歩いていた貝崎が止まる。俺も足を止めた。
貝崎が俺を見る。何か来る、と思って身構えるけど何もない。貝崎は溜息をこぼす。
「……達哉の趣味は変わったな」
貝崎の呟きが聞こえた。でもその内容がわからなくて、俺は内容を知るため貝崎に近づく。
一歩前に出ると、貝崎が口を開いた。
「お前は、達哉のことをどう思っているんだ」
「どう、とは」
「おれは達哉が必要だ。好きだからな。お前は、達哉をどう思ってる? 達哉のことを、少しでも恋愛対象として見られるか」
突然された質問。貝崎の意図はわかりかねるけど、和泉さんへの気持ちは昨晩自覚したばかりだ。
「ああ。見られる」
「達哉は男だぞ?」
「性別なんて関係ない。俺は和泉さんを大切に思ってる。だからあんたと和泉さんの仲なんて認めない」
貝崎を見据えたまま宣言する。すると貝崎は大きな溜息をこぼした。そして中指を立てて俺を呼ぶ。
「何だ」
「良いから、こっちに来い」
挑発されているのかと思ったけど、どうやら違うみたいだ。口調が柔らかい。貝崎は腰に手を当て、今度は手招きをしている。
俺はとりあえず貝崎に近づいた。
「何のよう」
「とりあえず殴らせろ!」
質問している最中に貝崎がいきなり殴りかかってきた。グランドに背中を打ちつける。殴られた勢いのまま二、三度転がった。
すぐに立ち上がる。
「何すんだよ!」
突然の暴力に抗議しながら貝崎に掴みかかった。でも腕を取られる。そしてそのまま投げられた。
「っ」
背中を打ちつけ、息を詰まらせる。呼吸を整えていると貝崎が近づいてきて、俺の胸倉を掴んだ。
思い切り頬を殴られる。何度も殴られ、またグランドに転がった。
「っざけんなっ」
一方的な暴力に苛立つ。立ち上がった俺は貝崎に駆け寄り拳を振り上げようとしたら、和泉さんが駆けてくるのが見えた。動きを止める。
「何をしてるんですか!」
「こっちに来るな!」
様子を見に来たらしい和泉さんがやって来た。貝崎は背後を確認せずに、和泉さんへ命令する。
「いつまでも帰ってこないからどうしたのかと思えば……どうして殴り合いなんてしてるんですか」
「殴らないと割りに合わない。こいつは達哉を傷つけたんだから」
「俺がいつ、和泉さんを傷つけたって言うんだよ!」
謂われのないことを言われ、貝崎に殴りかかった。でも拳を止められ、貝崎に腕を取られて捻られる。右肩に激痛が走った。
「こいつは散々達哉を苦しめたのに、達哉を恋愛対象として見ているとほざきやがった」
「えっ」
「おれはずっと達哉が好きだったのに。頼られて、嬉しかったのに……」
貝崎は俺の腕を離すと、表情を見られないように背を向ける。一瞬、つらそうな顔が見えた。




