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目覚まし時計が鳴る一分前に目を覚ました。
カップラーメンを作って、待ち時間の間に着替えを済ませる。一刻も早く和泉さんに聞きたい。手早く朝食を済ませ、部屋の鍵をかけて和泉さんの部屋の前へ行く。
部屋を出る前に確認した時間は、五時四十分。朝早くに出勤する和泉さんでも、この時間はまだ部屋にいるはず。
「和泉さん、あとどれくらいで出てくるかな」
昨晩、俺は自分の気持ちに気づいた。
昨夜、もしかしたら好きな相手と両想いかもしれないという希望を持った。
希望が叶うかどうかは、これから出てくる和泉さんに聞かないとわからない。
もし和泉さんと両想いだとわかったなら。真っ先に自分の気持ちを伝えよう。
和泉さんが扉を開けて、驚く様子を想像する。話しかけて、気持ちを聞いて、自分の想いを伝えて。
……和泉さんは、どんな顔をするんだろう。
「和泉さん、珍しく寝坊しているのかな?」
携帯電話を持ってきていないから、正確な時間はわからない。だけど、部屋の前で待ってからもう十五分は過ぎているはず。
記憶が正しければ、そろそろ出てくる。でも目の前の扉が開けられる様子は、全くない。
「和泉さーん。いらっしゃいますかー」
扉を叩いて中の様子を窺う。でも中からは何も音が聞こえない。
和泉さんの出勤時間は六時だと思っていた。でも、今日は早めに出たのかもしれない。
和泉さんが保育園に行っているかもしれないと考え、職場に向かう。
「まだ来てないのか」
職員室にじいちゃんはいたけど、和泉さんはいなかった。調理室にも、姿はない。
やっぱり珍しく寝坊したのかもしれないと思い、裏口から出る。
もう一度部屋に向かおうとすると、すぐ近くで車が止まる音がした。建物で見えないけど、恐らく門の外に止まっているはず。
朝海園で働く職員は、全員専用のアパートに住んでいる。登園時間にもなっていないし、来るまで来る家庭はない。
「あいつかっ」
車の主を思いつき、学童保育所の横を通って駐車場へ行く。すると予想通り、貝崎がいた。その傍らには、和泉さんの姿。
和泉さんは、体のサイズに合っていないTシャツを着ている。普段からジャストサイズを着ている和泉さんが、大きいそれを着るはずがない。となれば、答えは一つ。
和泉さんは、貝崎の服を着ている。
「和泉さんっ」
貝崎に何か言っていた和泉さんは、俺の横を通り過ぎる。まるで俺なんてそこにいないかのように、一度も見ないで。
貝崎は、車で自分の勤務先へ行った。
「和泉さん、待ってください」
名前を呼んでも止まってくれない和泉さんの腕を掴む。保育園の裏口でようやく足を止めてくれたけど、和泉さんは俺を見ない。それどころか、俺の手を振り払う。
「あの」
「先輩と付き合うことになったから」
「えっ……」
和泉さんは一言そう言うと、何事もなかったかのように裏口へ消えた。
「付き合うって……どうして」
今までの和泉さんの様子から、もしかしたら両想いなのではないかと期待した。でもそれは、全て俺の思い違いだったんだろうか。
俺はただ立ちつくし、裏口を見る。
「悠真君、どうしたの。ぼーっとして」
「あ、おはようございます」
葵ノ本さんに声をかけられ、俺はようやく足を動かす。和泉さんから聞いた言葉が信じられなくて、体が硬直していた。
「大丈夫? なんかちょっと顔色悪いみたいだけど」
「いえ、大丈夫です」
「そう? あまり無理しないでね」
「ありがとうございます」
「悠真君。体調が大丈夫なら今日もゆり組を手伝ってほしいんだけど、良いかな」
「ええ、わかりました」
「ありがと」
葵ノ本さんと一緒に裏口から中に入る。
職員室へ向かう途中、調理室を覗いた。和泉さんは、朝のおやつを作っている。その光景は昨日までと何も変わらない。それなのに、和泉さんとの距離は大きく開いているようなきがした。
……あいつと付き合うってことは、やっぱり、和泉さんはあいつのことを忘れられなかったってことなのかな。
「悠真君、早く行こうよ」
「あ、はい」
調理室を見ていたけど、葵ノ本さんに声をかけられ移動する。
かつて和泉さんから貝崎に告白した。恋人同士となって、貝崎がしたいことは全て許していた。それなのに貝崎は浮気し、和泉さんに多大な傷を負わせて二人は別れた。
話を聞いた限りでは、どんな解釈をしても和泉さんと貝崎が付き合うなんてあり得ない。
そんな考えしか、出てこなかった。




