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地面に横になってからどれくらい過ぎたのか。一時間かもしれないし、それ以上かもしれない。俺の頭上から、喘ぐ女性の声が聞こえてきた。
俺はすぐに立ち上がり、その声の主を捜す。苦しんでいるのならばすぐに助けないといけない。
声を頼りに歩を進めると、茂みの影に隠れるように設置されたベンチにたどり着く。そこで男性が女性に迫っていた。
いちゃつくならもっと他の場所にしろと文句を言おうとすると、女性が体をくねらせた。
「ねぇー、ちょー見られてるんだけど」
「まおまおが可愛いからだよ」
「もー、とし君ったらー」
見られることに快感を覚えるのか、カップルは俺のことを気にせずふざけあっている。そんな二人をぼんやりと見つめた。
……男同士でも、こんな風にイチャイチャするんだろうか。
ふと考え、和泉さんと貝崎のそんな姿を想像した。
……和泉さんが貝崎を好きなら、少し悪態をつきながら優しく微笑むんだろうか。
「くそっ」
「きゃっ」
「まおまお、危ない!」
想像した映像を消すために石を蹴った。カップルがいる方には蹴らなかったけど、二人は勝手に盛り上がっている。
「きゃー、とし君かっこいー。頼りになるー」
「そう? こんなの朝飯前だよ」
低レベルとしか思えない会話をするカップルを無視して公園を出る。
カップルを見て想像したのは、記憶に残る和泉さんの笑顔。表現し難い、でも目を引かれる笑顔を貝崎に見せる姿。そんな姿、貝崎になんて見せたくない。
「俺は、和泉さんが好きだ」
和泉さんが好きだから、助けたくなった。
助けた時に自分が望む反応がなくて、がっかりしていた。
初めは一目惚れで、同性だとわかってその気持ちがなくなった。でも困っていると思って和泉さんを助けていくうちに、深く関わっていった。
何気ない一言を気にする和泉さんを可愛いと思い、首筋に惹かれた。
料理が美味しくて、笑顔に惹かれた。
そして何より、貝崎と一緒に行く和泉さんを見て苛立った。和泉さんの昔を知る貝崎に、嫉妬した。
気持ちを自覚すると、どうしてあんなに性別にこだわったのかわからなくなる。でも、和泉さんのことが好きだってわかったら、今までしてきた自分の行動にも納得できる。
何とも思っていない相手だったら、あんなに関わらない。
声を荒げることもしない。
可愛いと思わない。
和泉さんは男で、自分も男。
でも和泉さんを好きだと思う気持に、嫌悪感はない。
「俺はもう、和泉さんの笑顔を見ることはできないのかな」
朝海園へ戻る道すがら、俺は今までに見た和泉さんを思い出す。
子供達に向けられたあの笑顔。
恥ずかしがって顔を背ける姿。
真剣に仕事に取り組む姿。
どれも、和泉さんのプラスの面だ。
そんな中、気になるのは和泉さんのマイナス部分。
お泊まり会や今日の飲み会で見せた、和泉さんの表情。見ているこちらが悲しくなるほどつらそうな顔をしていた。そのくせ、何も言わない。
「どっちの時も、葵ノ本さんが傍にいたんだよな」
葵ノ本さんの行動と和泉さんの表情を繋げる。
葵ノ本さんは和泉さんが好きで、俺も和泉さんが好き。和泉さんは葵ノ本さんが好きだと思ったけど、結論づけるには違和感がありすぎる。
「和泉さん、俺と二人きりの時にも同じような顔をしていたような……?」
アパートの前まで行き、階段を上る前に立ち止まる。飲み会が終わった時も公園で会った時も、傍に葵ノ本さんはいなかった。
公園では貝崎もいたけど、和泉さんがつらそうだったのは俺がいたからだ。
「……和泉さんがつらそうな顔をしていたのは、もしかして」
一縷の光が差し込む。
俺が葵ノ本さんといて、和泉さんがつらそうにするその理由。
「もしかして、両想いなのかな」
一つの結論が出ると、階段を駆け上る。和泉さんの部屋を訪ねたけど、反応はなかった。
「あ。でももし両想いだとしたら、どうして和泉さんはあいつと会っていたんだろう」
疑問が浮かんだ。でもその疑問を解消しようにも本人がいない。
明日の朝一番に聞こうと決め、俺は自室に行く。目覚まし時計は、五時半にセットした。




