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「いらっしゃいませー」
店に入ると活気のある声が響く。店長さんに六人掛けのテーブルまで案内してもらう。
葛城さんと桜ヶ丘さんが隣同士になり、葵ノ本さんと和泉さんに挟まれた場所が俺の席だ。
「朝海君と和泉君は、飲み物どうする?」
「俺はジンジャエールでお願いします」
「オレも同じもので」
「了解」
葛城さんは店長さんを呼び、俺と和泉さんの分も合わせて注文する。葛城さんが見繕った料理が次々と並んでいき、全員の飲み物が揃った。
「じゃぁ、かんぱーい」
「かんぱーい」
グラスを鳴らして一口含み、グラスを置く。葛城さんと桜ヶ丘さんは、すでに一杯目を飲み終えたみたいだ。追加の注文をしている。
和泉さんは自分の前に置かれていたカルパッチョのサラダを食べていた。
「和泉さん」
「悠真君は嫌いな物ってある?」
「ないです」
「じゃぁ適当に取り分けるよ」
「ありがとうございます」
和泉さんに話しかけるタイミングを逃し、葵ノ本さんからお皿を受け取った。そしてせっかく取り分けてくれたのだからと、箸を進める。
自分の取り皿が空になる頃、俺は和泉さんが桜ヶ丘さんの前にある揚げ物を見ていることに気がついた。
「和泉さん、取り分けるのでお皿貸して下さい」
「悠真君、あたしがやるよ」
「あ、はい」
和泉さんから取り皿を受け取るのと同時に、葵ノ本さんが俺からお皿を引き継ぐ。
「ありがとうございます、葵ノ本さん」
「気にしないで」
和泉さんと葵ノ本さんが交わした会話は、よくある内容。でも二人の間に流れる雰囲気はあまり感じないものだった。どんよりとした空気になっている。和泉さんが苛立っているように感じられた。
「取り分けてくれるなんて、葵ノ本さんは良いお嫁さんになれそうですよね」
「そぉ? そんなことないよ。これぐらい、普通だよ」
「俺、最近気づいたんですけど、盛り付けが綺麗だとさらに食欲がそそられるんですよ」
微妙な空気を変えるため、葵ノ本さんを褒めた。成功して、場が和んだ気がする。心なしか、和泉さんからも柔らかい空気を一瞬感じた。
ビールグラスを置いた葛城さんが、据わった目をして言う。
「ひよりは、前から女の子らしいわよ」
「あ、いえ、普段の葵ノ本さんが駄目というわけではなくて、こんな場面で料理を取り分けてくれるのって良いなって」
なぜこんな必死にフォローをしているのかと思いながら、俺は桜ヶ丘さんを見る。彼女も、葛城さんと同様に目が据わっていた。
「妄想と現実では、確かに大きな壁がありますが……」
相当酔いが回っているのか、桜ヶ丘さんはよくわからない一人言を言う。据わっていた目は潤み、何か不満があるように眉を寄せている。そんな彼女に、葛城さんは何か耳打ちしたようだ。
「わかっています。わかっていますよ」
桜ヶ丘さんは不満げに呟くと、ピーチカクテルを一気に飲み干す。そして葛城さんに新しいカクテルを頼み、それが来るとすぐに一口含む。
「……葵ノ本さんは、明るくて子供にも人気がある良い人ですよ」
「夏樹!」
投げやりな言い方をする桜ヶ丘さんに、葛城さんは注意する。
「だって……だって……」
「あぁ、ごめんね。わかったから泣かないで」
またカクテルを一気飲みした桜ヶ丘さんは、悔しそうに涙を流す。葛城さんは桜ヶ丘さんの背を撫でて慰めた。
「ごめん、ちょっと席を外すわね」
葛城さんは桜ヶ丘さんを連れて席を立つ。
「料理、冷めないうちに食べちゃってね」
葛城さんは桜ヶ丘さんの背中を擦りながら席を離れた。
「えーと、じゃあお言葉に甘えて、食べてましょうか」
テーブルに三人だけ残され、重たい空気と感じた俺がとりあえず口を開く。料理はまだ半分以上残っている。
「お二人はすぐに戻って来ますよね」
「んー、どうだろう。夏樹さんの様子だと、長いかもしれないよ」
「これは漬けすぎだ。逆にこれは味がない」
和泉さんはマイペースに、野菜の漬け物やハスの天ぷらを食べている。そうするうちに和泉さんの取り皿が空になった。
「和泉さん、お皿」
「達哉君、お皿貸して」
またもや葵ノ本さんに先を越されてしまう。葵ノ本さんの気遣いに感心しながら、前の時とは違う彼女の態度に首を傾げる。
俺の歓迎会という前回の飲み会では、みんなで楽しく飲んだだけだ。こうした気遣いよりも楽しむことだけを目的としていた。今日の葵ノ本さんは服装から見ても、前回とは気合が違っている。
前回の飲み会と、今回の飲み会で違うこと。
……そっか。和泉さんが参加しているんだ。
葵ノ本さんの行動理由を思い立ち、そこから彼女が和泉さんに想いを寄せているのではないかと思いつく。
「和泉さん。俺と席を変わってくれませんか」
「ああ」
「いいよ、そのままで! あたしは悠真君の隣に座りたい」
和泉さんと席を変わろうと思ったけど、葵ノ本さんに止められてしまった。
……急に動きすぎたかな。やっぱりいきなり隣同士にするよりも、俺が間に入っていた方が葵ノ本さんもやりやすいのかもしれない。
「ごめんね。あー、まだいっぱい残ってるじゃない。じゃんじゃん食べましょ」
席に戻ってきた葛城さんが、追加注文する。一緒に戻ってきた桜ヶ丘さんは、特に何も言わずに席に着いた。




