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お泊まり会から一週間。和泉さんと話せる機会がなかった。
葵ノ本さんから手伝ってほしいと頼まれて断れず。
終業後は和泉さんが忙しそうに見えて話しかけられず。
朝も寝坊してしまい、和泉さんと話せない日が続いている。
また来ると言っていた貝崎も、この二週間姿を現していない。口ぶりからすると和泉さんのことは諦めていないようだったけど、向こうも仕事を持っている。きっと忙しくなったんだろう。
貝崎が現れなければ、和泉さんが苦しまない。だからこのままずっと来なければいい。
ずっと、そう思っていた。
「飲み会ですか?」
「えぇ。これから、どう?」
木曜日の終業後。葛城さんから飲み会に誘われた。
「何か用事があったかしら?」
「いえ、大丈夫ですよ。何もないので」
「そう? 良かった。じゃぁ、朝海君から和泉君を誘ってもらえる?」
「わかりました」
了承すると、葛城さんはすぐに保育園を出て行った。葵ノ本さんがもういないのは珍しいと思いながら、調理室に行く。
「和泉さん。これから飲み会をするそうなんですけど、どうしますか」
「行く」
「えっ」
「なんだよ」
「あ、いえ……」
俺の歓迎会の時と同様に、行かないとばかり思っていた。だからすぐに肯定の返事を聞いて、思わず驚く。
和泉さんから睨まれ、視線を泳がせる。
「オレが行ったら何かまずいのか」
「いえ、嬉しいですよ。行くなら財布の準備をしましょう」
嬉しい、と俺が言った時、一瞬だったけど和泉さんが笑った。その現場を目撃した俺は、妙に焦る。不意打ちの笑顔には免疫がない。
「財布の前に、明日の仕込みをしたい。ちょっと手伝ってくれないか」
「わかりました。何をすれば良いですか」
「そこに出してある鶏肉を叩いておいてほしい」
「わかりました。叩けば良いんですね」
調理室の中央にある作業場所には、まな板の上に載せられた鶏肉と包丁が置いてある。すぐ近くにステンレスの入れ物もあった。
移動し、俺は握った拳に息をかける。
「待った!」
勢い良く拳で叩こうとすると、和泉さんに腕を掴まれた。
「オレは叩けと言ったんだ。殴るんじゃない」
「え。だって、鶏肉を叩くんですよね?」
「叩くのは素手じゃなくて、包丁の背だ」
和泉さんは説明すると、傍らの包丁を取る。そしてその背で鶏肉を叩く。
「ほら、こうして全体的に叩いていくんだ」
「なるほど。わかりました」
和泉さんから包丁を受け取り、見た通りに鶏肉を叩く。
「鶏肉が柔らかくなったと思ったら、バットに入れておいてくれ」
「バットって何ですか」
「そこに置いてあるステンレスの器だ」
「わかりました。この後はどうすれば良いですか」
「塩コショウをして、スライスしたニンニクを……」
バットに鶏肉を入れて指示を待つと、和泉さんは言葉を閉ざして俺の隣に来る。そしてバットを自分の前に置き、味をつけた。
「どのくらいやれば良いか言ってもらえたらやったのに」
「朝海を信用してないわけじゃない。でも味つけは自分でやりたいんだ」
「じゃあ、他に何かすることはありますか」
「シンクにたまっている食器を片付けてほしい」
「わかりました」
和泉さんの指示通り、お皿やコップを洗っていく。その途中、大きめのお皿を洗っている時に手が滑った。カランカランと音を立ててお皿が転がる。
「陶器製じゃなくて良かったな」
「すみません」
拾ってくれた和泉さんからお皿を受け取り、作業を続ける。その後和泉さんはシンクのスグ横にあるコンロの前に行く。鍋の具材をかき混ぜる。
……やっぱり、和泉さんの首筋って良いよなあ……。
すぐ近くに和泉さんの首筋があり、ついそこに目が行く。今日はVネックのトレーナーを着ているけど、首筋のラインは綺麗に見えた。
「何かついているか」
「いえ、何も」
不思議そうに首を傾げた和泉さんに返答する。そして全ての食器を洗い終えた。
和泉さんと一緒に部屋へ行き、財布を持って集合場所の門へ行く。
葛城さんはいつものように気合を入れた服装だった。桜ヶ丘さんも、勤務時と同じ服装。
でも葵ノ本さんだけ様子が違った。小花柄のワンピースに薄手のシャツを合わせている。そしてデニム地の上着と小さな白いバッグ。長い髪の毛は下ろしていた。
「葵ノ本さん、今日は可愛い服を着てますが何かあったんですか」
「たまには、こういう服も着ようかなって」
葵ノ本さんは笑顔で答える。
「たまにって、休日に着ないんですか」
「休日は大抵家にいるし、外に出かけるときだってこんな服は着ないよ。ご飯の材料を買いに行くくらいだから」
「そうですよね。俺もそれぐらいしか外に出かけないです」
話していると、葵ノ本さんが不意に視線を外した。不思議に思って振り返ると、そこにいた和泉さんに顔をそらされた。
一瞬見えた表情は、つらそうに眉を寄せた顔だった。何度か見覚えのあるその顔を見て、理由を聞こうとする。
「悠真君。行こ」
「あ、はい」
葵ノ本さんに腕を掴まれてしまい、聞くタイミングを逃してしまった。
葵ノ本さんは俺の腕を抱きしめるように持っている。そのため、どうしても葵ノ本さんの胸に意識が行ってしまう。身長差からどうしても葵ノ本さんの胸を上から見てしまい、目のやり場に困る。
葛城さんと桜ヶ丘さんを先頭に、俺と葵ノ本さん、そして和泉さんという並び方で駅前の居酒屋へ向かった。




