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食事会が終わり、歯磨きを済ませた園児達は学童保育所で昼寝中だ。昼寝と言っても、カレーは夕食も兼ねているため、そのまま朝まで寝ることになる。
「本当に、寝顔って天使みたいにかわいいよね」
「そうですね。あ、今日一番暴れてた良哉も豪快に寝てる」
葵ノ本さんに言葉を返しながら、俺は掛け布団をはがしてしまっている良哉を発見する。布団をかけ直してやり、よく眠れるように頭を撫でた。
「では、和泉さん。桜ヶ丘さん。よろしくお願いします」
「わかりました。片付け、お願いしますね」
園児達を見ている係と、部屋を片付ける係に分かれて一夜を過ごす。じいちゃんと葛城さんは、あと何時間かしてから園児達を見るために今は仮眠している。
入口から遠い場所にいた和泉さんと話せなくて残念に思うけど、きっとすぐに話せるはず。
葵ノ本さんと一緒に保育園へ戻り、あれから何度か修復された段ボール通路を解体していく。
「段ボール、まとめておくんですよね」
「そう。紐でまとめて物置に置いておいて、段ボールを捨てる日にゴミ捨て場に置いて終了」
「葵ノ本さん、紐が置いてある場所ってわかりますか?」
「確か、倉庫に置いてあったはずだよ」
「わかりました。じゃあ、そっちの少ない方を持ってもらえますか」
「了解」
俺は解体して山になった段ボールを持ち、葵ノ本さんには通路を崩した時に出た段ボールの切れ端を持ってもらう。そして教室を出て職員室の前を通り、倉庫に行く。葵ノ本さんにドアを開けてもらった。
「えっと、確かこの辺りに……」
電気をつけた葵ノ本さんは、持っていた切れ端を部屋の隅に置いて紐を捜す。そして棚の前に立つと、手をカゴに伸ばしていた。
「あ、すみません。今取りますね」
ガムテープを戻した時、カゴを高い場所に置いてしまった。俺にとっては取りやすいけど、葵ノ本さんには届かない高さだ。
俺は持っていた段ボールを置き、葵ノ本さんの所へ行く。カゴから紐とハサミを取り出す。
「さ、早く結んで細かい掃除をしよ」
葵ノ本さんに紐を切るハサミを持ってもらい、俺は手早く紐の端を束から伸ばす。そしてあとはカゴに紐とハサミを戻すだけという時、突然部屋の電気が消えた。
「な、なにっ?」
「落ち着いてください、葵ノ本さん。単なる停電ですよ」
「や、暗い。悠真君、そこにいる?」
「ちゃんと葵ノ本さんの隣にいるので安心してください」
「ほんと? ……きゃっ」
「危ないっ」
停電でパニック状態になった葵ノ本さんは、どうやらまとめたばかりの段ボールに足を取られてしまったらしい。俺は葵ノ本さんが怪我をしないように抱きかかえた。
「っ……」
「ごめんね、大丈夫?」
葵ノ本さんを受け止めた時、右の頬に何か鋭い痛みが生じた。手を頬に当てたら、何かべっとりとした黒い液体が指先につく。それが血だとわかるのと同じ頃、電気が復旧した。
「悠真君! 血が……」
「大丈夫ですよ。こんな傷、すぐに治ります」
「ダメだよ! すぐに消毒しなきゃ」
葵ノ本さんの驚きようから、それほど出血したのかと思いもう一度頬を触る。するとさっきよりも少し多い血が手についた。
「ほら、悠真君。何やってるの、早く手当てしないと」
「葵ノ本さん。とりあえずハサミを離さないと二次災害が起きますよ」
「そうだね……って、あっ、ごめん。あたしのせいだね」
葵ノ本さんは持ったままだったハサミに血がついているとわかると、何度も謝ってくる。
「大丈夫ですよ」
「大丈夫じゃない! 早く手当てしないと傷が残っちゃう」
葵ノ本さんに手を引かれ、医務室に行く。
「ちょっと待っててね。すぐに救急箱を出すから!」
葵ノ本さんは俺の血痕つきのハサミを机に置き、救急箱を取る。その間に俺は椅子に座った。
葵ノ本さんがガーゼに消毒液を湿らせる。
「っ」
「ごめんね、痛いよね」
「大丈夫です。気にせず、やっちゃってください」
「本当にごめんね、悠真君。あたしがパニックになったばっかりに……」
「気にしなくて良いですよ。俺より葵ノ本さんが怪我をしなくて良かったです」
「ほんと、ごめんね」
「朝海ー。どこにいるー?」
「医務室にいまーす」
手当てを受けていると、俺を呼ぶ和泉さんの声が聞こえてきた。そしてすぐに和泉さんがやって来る。
「和泉さん。どうかしましたか」
和泉さんは驚いているようにもつらそうにも見える顔をする。その表情を見て、俺の傷に驚いているのだと思った。
「ちょっと失敗しちゃいまして。かすり傷です」
「……傷は、大丈夫なのか」
「ええ。心配は無用です」
「なら、良い」
「和泉さん?」
和泉さんは俺に何か用があったんじゃないのかな。
「あっ、悠真君。動かないで。手当てができないよ」
「すみません」
葵ノ本さんに引き留められ、座り直す。
そして手当てを終え、学童保育所へ向かった。
「和泉さん。さっきはどうしたんですか」
「別に。急に停電になったから大丈夫だったかと思っただけだ」
「そうですか。特に異常はなかったですよ。作業も終わってましたし」
「そうか」
「はい」
会話終了。これ以上は話しかけてはいけないような雰囲気を察した。
……和泉さん、何か怒ってる……?
園児達を撫でる和泉さんの手は優しい。適度な力の入れ方だ。だけど、俺が踏み込めないような雰囲気がある。
「悠真君。パーテーション動かすの、手伝って」
「あ、はい。今行きます」
和泉さんの雰囲気に首を傾げながら、俺は葵ノ本さんと一緒に保育園へ戻る。そしてパーテーションを引いて、教室を元の状態に戻した。




