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笑顔と恋と ※BLです※  作者: 舘城凛


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4500字超、です……。

長いので、ブックマーク登録をして時間があるときに読んでいただければ幸いです。


 十三時半。

 学童保育所の準備を始める時間だ。学童保育所の鍵を持ったものの、俺は移動するのを躊躇っていた。

 調理室には和泉さんがいる。今日も黙々と、料理を作っていた。作っている様子からすると、どうやら今日のおやつは手作りドーナツらしい。


 貝崎が宣言していた通りなら、そろそろやって来るはず。前に和泉さんが言っていた通り、事情を知らない俺以外の人に声をかけるんだろう。そうしたら和泉さんは断れない。

 和泉さんは貝崎と会うたび、つらそうな顔をする。昨日は涙を流していた。


「やっぱり、和泉さんを守ることを優先……」

「朝海君」


 一人言を言っていると、葛城さんに声をかけられた。


「そろそろ準備をする時間よ」

「はい。今、行きます」


 葛城さんに言われてしまい、俺は仕方なく学童保育所へ向かう。渡り廊下を歩いていると、手の中の鍵がチャラッと音を立てる。手の中で鍵を遊びながら、学童保育所の準備をした。


 ……あいつは、もう来たんだろうか。


 十四時を過ぎた。小学生はまだ来ない。今の内に確認しておいた方が良いかもしれない。

 渡り廊下を進もうとしていると、小学生がやって来た。


「おはよーございます、悠真先生」

「おはよう。今日も元気だな。ランドセルを置いて、手を洗って」

「はーい」


 和泉さんの様子を確かめに行くことはできなくなってしまった。

 この時間帯に来る、一年生達の相手をする。


「せんせー。トランプしよ」

「おお、良いぞ。何をするんだ?」

「ババ抜き!」


 赤い名札をつけた一年生に呼ばれ、テーブルの前に移動する。

 放課後の過ごし方は、小学生それぞれ違う。俺を誘ってトランプで遊ぶ子、宿題をする子、トイレの前にある二畳ほどのスペースを走り回る子もいる。


「やーい、水玉パンツー」

「きゃー」

「こらっ。女の子のスカートをめくるんじゃない」


 走り回っていた内の一人が、女の子のスカートをめくった。その男の子の行動に乗っかるように、何人もの男の子がスカートをめくっていく。中には、女の子のズボンを下げる男の子もいる。


「女の子をいじめちゃ駄目だって言ってるだろ。どうして何度も同じ事をするんだ」

「だって……」


 理由を聞かなくても、小学生が異性をいじめる理由なんて二つしかない。本当にその子が嫌いか、もしくは気を引きたいかだ。

 初めにスカートめくりをした男の子は、部屋の隅に移動した女の子をちらちら見ている。


「気を引きたいんだったら、いじめるんじゃなくて優しくしてやれ。な?」

「うん……」


 俺は男の子の頭を撫でてやる。


「せんせー。早くババ抜きしようよー」

「おー。今行く」


 トランプを配って待っていた小学生の所へ行き、ババ抜きを始める。その間に二年生のセラちゃんが来て、いつもの定位置に行く。本棚の隣に座ったセラちゃんは、早速本を読み始めた。


 ……あと少し時間が経てば、健太が来るはずだ。そうしたら学童保育所を任せて様子を見に行こう。


 そんなことを考え、でもそれを顔に出さないように注意して、小学生達とババ抜きを楽しんだ。




 ババではないカードを少し上に出し、それを小学生に引いてもらう。手元に、ババが残った。


「あー、また負けた」

「せんせー、弱いね。一回も勝ってない」

「ごめんね。もう一回!」


 人差し指を立て、もうワンゲームババ抜きをしようと提案する。


「こんにちは」

「健太っ!」


 カードを集め配ろうとした時、健太がやって来た。声を聞いた途端に立ち上がって、健太に駆け寄る。


「こ、んにちは、悠真先生」

「やあ健太。来て早々悪いんだけど、ちょっと用事があるからここのこと頼んだ」

「えっ、悠真先生、無理……」


 健太に学童保育所のことを頼み、渡り廊下を走る。すぐに保育園に着き調理室を覗いたけど、そこには誰もいない。

 柱時計が十六時を知らせた。これから園児達が帰る時間になる。朝に続いて忙しくなる時間帯だ。あと十分もすれば、園児の見送りで身動きが取れなくなってしまう。

 職員室を覗いても、和泉さんの姿はなかった。


「悠真君? どうしたの?」

「葵ノ本さん! 和泉さん、どこに行ったか知りませんか!?」

「達哉君? 三十分ぐらい前に貝崎さんが来て、どこかに移動したみたいだけど」

「どこに行ったかわかりますか」

「わからない。どうかしたの?」

「いえ、何でもありません。ありがとうございました」


 職員室にいた葵ノ本さんにお礼をして、職員室を出る。そして和泉さんはどこに行くのかと考えた。

 移動してから三十分経っているということは、恐らくまだ貝崎と話し中のはず。今の時間は園児の帰宅時間。人目を気にする和泉さんが、園児やその家族に見られるような場所には行かない。

 保育園内にいないことは、葵ノ本さんの話から明らかだ。今は勤務中で、和泉さんはまた夜に翌日の準備をするはず。


「部屋か!」


 思いついた可能性を確かめるため、和泉さんの部屋へ急ぐ。階段を駆け上り、部屋の前に立つ。鍵はかけられていない。

 俺は和泉さんの部屋に飛びこんだ。


「和泉さん!」


 和泉さんは台所で貝崎によって壁際に追いこまれていた。貝崎に両手首を拘束されている。


「和泉さんを離せ!」


 俺は貝崎に近づき、左肩を掴む。すると貝崎は和泉さんから手を離して左腕を振り回した。


「――っ」


 貝崎の左肘が顔に迫る。避けられなかった。


「朝海っ!」


 顔面に受けた痛みでよろけた。駆け寄ろうとする和泉さんを手で制する。


「大丈夫です、和泉さん」


 貝崎の肘が当たったのは、鼻。まだ目の前がちかちかとしているけど、幸いにも鼻血は出ていない。いくらでも誤魔化せる。


「本当に大丈夫か? 顔、赤くなってんぞ」


 俺の見栄をあざ笑うかのように貝崎が指摘する。でも俺は貝崎の挑発には乗らない。鼻を擦って痛みが引いたと判断して、貝崎と和泉さんの間に入る。


「お前、こんな所にいても良いのかよ。任されていることがあるんだろ」

「あんたに心配してもらわなくても大丈夫だ」

「別に、心配しているわけじゃない。お前がいると達哉と話せないから邪魔なだけだ」

「それは好都合だ」

「なに?」

「俺は、お前と和泉さんが二人きりにならないように邪魔しに来てるんだから」

「邪魔しに、ねえ……」


 口の端を上げニヤリと笑う貝崎。一歩、大きく俺に近づく。何か来ると思って身構えたけど、貝崎にいとも簡単になぎ払われる。


「朝海っ!」


 床に倒れ、腰を打つ。


「ああ、邪魔だよ。お前は邪魔以外の何ものでもない」

「った」

「和泉さん!」


 貝崎は和泉さんの腕を掴み、抱き寄せた。


「先輩、離してください」

「いや、離さねえよ」


 和泉さんはどうにか貝崎の腕から逃れようと暴れる。でも貝崎はさらに強く腕を引き、背後から和泉さんの顎を掴む。


「お前がいると、達哉とこんなこともできない」

「ひっ」


 貝崎は和泉さんの首に口を寄せる。和泉さんは眉を寄せ、悲鳴を上げた。


「あの頃は楽しかったよな、達哉?」


 和泉さん本人から、貝崎とは恋人らしい行動はしていないと聞いている。だから貝崎がはったりを言っていることはすぐにわかった。だけど抑えようのない怒りが俺の心を占める。


「和泉さんは嫌がってんだろ! 離せよ!」

「嫌がってる? 馬鹿言ってんじゃねえよ。これは感じてるって言うんだ」


 俺が立ち上がって近づくと、同じ距離だけ貝崎も後ろへ下がる。


「おれ達は相思相愛。邪魔なのは、お前」

「そんなこと、あるわけない」

「信じるかそうでないかは、お前の自由だ」


 そう言うと、貝崎は和泉さんの首に舌を這わす。


「っ、止めてください」


 和泉さんはびくっと体を震わせ、貝崎の腕を掴む。それは貝崎から逃れようとしているようにも見えるし、抱きしめているようにも見えた。

 貝崎が嘘を言っているはず。でもそうではないと断言はできない。和泉さんから言葉で聞いただけだ。


「どうした? 負けを認めたか」


 貝崎は勝ち誇ったような顔をする。和泉さんは、悲しそうな顔をした。そんな和泉さんの顔を見て、決心する。


「昔がどうだったかは知らない。でも、今の和泉さんが困ってる。だから俺は和泉さんを助けるだけだ」

「ふうーん? だったらおれから奪ってみろよ」


 貝崎は見せつけるように和泉さんの首に唇を寄せる。俺は駆け出し貝崎を殴ろうと腕を上げた。


「はっ。どこ狙ってんだよ」

「目的は達した」


 貝崎には避けられた。でもそれは想定内だ。俺は貝崎が和泉さんから離れたその隙を狙った。

 和泉さんを背に貝崎を睨む。


「悪いな。和泉さんを奪わせてもらった」

「ちっ」


 俺の意図を理解した貝崎は舌打ちをする。そして突然、部屋にアラームが響く。


「ちっ。時間切れか」


 貝崎は携帯電話を取りだしアラームを止める。そして乱暴にジャージのポケットに入れた。


「運が良かったな。今日はもう帰ってやる。次もこんなに上手くいくと思うなよ」


 捨て台詞を残し、貝崎は和泉さんの部屋から出て行った。


「ふう」


 ぷつりと、張り詰めていた緊張の糸が切れる。思わず息をついた。

 和泉さんは、首の左側を手で押さえながら洗面所に移動する。俺が追いかけると、和泉さんは貝崎の口がついた箇所を濡らしたタオルで擦っていた。何度も擦っている。白い首筋がどんどん赤くなっていく。


「和泉さん、強く擦りすぎですよ。俺がやります」


 白い肌が赤くなっていくのを見ていられなくなり、和泉さんからタオルを奪う。


「んっ」

「すみません、冷たかったですか」

「ああ」


 俺は和泉さんの負担にならないように、一度手の平で温めてからタオルを当てた。

 首回りが大きく開いたトレーナーを着ているからか、和泉さんの首筋がよく見える。

 俺の手を広げたぐらいの、細い首。そこに浮かぶ頸骨。

 俺が拭きやすいように右へ反る首のライン。広くない肩幅と、その先に見える鎖骨。


「っ、どうした」

「いえ、すみません」


 和泉さんの首を凝視して、思わず力を入れてしまう。和泉さんの鎖骨は、左右が同じ角度だった。

 和泉さんの首筋を見ないように顔をそらしながら、件の箇所を拭う。


「たぶん、これで大丈夫だと思います」

「悪いな」


 和泉さんにタオルを渡す。和泉さんの鎖骨に目を奪われた俺は、罪悪感からそそくさと部屋を出て行こうとした。


「朝海」

「はい」

「先輩とは、本当に体の関係なんて一切ないから」

「ええ、わかってます」


 和泉さんに呼び止められ言葉を返しながら、俺は部屋を出た。そして学童保育所へ戻る途中、階段を下りた所で振り返る。和泉さんはまだ、部屋から出てきていない。


「……和泉さんの首回り、マジでやばい」


 白い首筋、細い首。男にしては狭い肩幅と、そこへ続く左右対称の鎖骨。


「あー……うん。忘れよう」


 和泉さんの首筋を思い出すと、足が止まる。思考の全てがそこへ向かう。


「あー、忘れようと思ってるのに。いかんなあ……」


 和泉さんの部屋を見ていると、いつまでも動けない。

 俺は学童保育所の仕事に意識を切り替えた。






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