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和泉さんが出勤する前に話をしようと思い、俺は朝五時四十五分に目を覚ました。自発的に起きた時間としては自己最高記録だ。目覚まし時計が鳴るまで、まだ五分もあった。
手早く朝食を済ませ、外へいく前に隣の様子を観察する。廊下の壁に耳を当て、和泉さんがいるかどうかを確認した。俺の部屋と和泉さんの部屋の間取りは真逆だ。和泉さんの部屋は入って左側に寝室がある。
俺が耳を当てて確認しているのは台所。そこで和泉さんが動いているような気配があった。
部屋を出て、和泉さんの玄関先で待つ。そして、五分ほどすると和泉さんが出てきた。
「っ」
「昨日最後に見た和泉さんの様子がおかしかったので、話を聞きに来ました」
立っていた俺を見て、和泉さんは一瞬驚いた。でもすぐに部屋の鍵をかけて階段に向かう。
「和泉さんっ、待ってください」
「オレに関わるなと言ったはずだ」
和泉さんは俺を冷たくあしらうと、足早に階段を下りていく。俺はもちろん和泉さんを追う。
すると階段を下りてすぐのところで、飯泉さんが立ち止まっていた。
貝崎の姿を確認すると、俺はすぐに和泉さんの前に立つ。
「おい」
和泉さんに腕を引かれても、俺はどかない。現れた貝崎を見据える。
「和泉さん。先に保育園に行っていてください」
貝崎が和泉さんに近づかないように、俺は和泉さんを庇いながら移動する。ゆっくりと移動し、保育園の裏口まであと少しという位置まで来た。
「おい」
「和泉さん、行ってください!」
和泉さんに手を伸ばそうとした貝崎の手を止め、和泉さんに指示を出す。和泉さんは、諦めたように息をこぼして裏口から入っていった。
そして、俺と貝崎が残された。
「お前、あいつの用心棒でも始めたのかよ」
「だとしたら何だ」
「用心棒をするなんて、とうとうあいつに惚れたか」
「違う。和泉さんはあんたといると、いつもつらそうな顔をしているからだ。和泉さんのそんな顔は、見たくない」
「そりゃまあ、ご苦労なこって」
貝崎は俺を馬鹿にするように笑うと、そのまま敷地外へ出て行こうとする。あっさり帰るのだと思っていると、貝崎が足を止めた。
「おれはお前と違って熱くならないんだよ。お前、確かずっと達哉と一緒にいるわけじゃないよな? その時にまた出直してくるさ」
恐らく、前に来た時に葵ノ本さんに聞いたんだろう。貝崎は自信満々に言うと、学童保育所の裏を通って姿が見えなくなる。程なくして、車が発進する音が聞こえた。
学童保育所のことを任されるのは、社会的立場だ。だからそれを怠ることはいけないこと。でも俺は、和泉さんを貝崎の手から守りたい。
自分がしなければいけない仕事と、自分がしたい事。そのどちらを優先すべきか。
「おはよう、朝海君。今日も早いわね」
「おはようございます、葛城さん」
葛城さんと一緒に保育園へ行く。
俺が仕事を放棄して和泉さんを守れば、負担は葛城さんに行く。それによって、他の人にも迷惑がかかるかもしれない。そう考えると、仕事を優先せざるを得なかった。




