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笑顔と恋と ※BLです※  作者: 舘城凛


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4500字超、です。

ブックマーク登録をして、お時間があるときに読んでいただければ幸いです。


 和泉さんから話を聞くために、学童保育所を閉めてから調理室に行った。


「あと一時間待ってくれ」

「わかりました」


 和泉さんを待つ間、倉庫で段ボールを繋ぐ作業をする。黙々と作業をしているとすぐに時間が過ぎて、明日の仕込みを終えた和泉さんが倉庫までやってきた。


 和泉さんの部屋に移動する。台所の椅子に座った俺に、和泉さんはお茶を出してくれた。和泉さんはシンクに寄りかかる。


「先輩とは、大学が同じだったんだ」


 自分の分のお茶を飲みながら、和泉さんがぽつりぽつりと話し始めた。


「オレは昔から異性に間違えられていて、先輩はオレが男にナンパされているところを助けてくれたんだ」


 和泉さんは湯飲みをシンクに置く。


「偶然通りかかったんだと思った。でもそれは違って、先輩はわざわざ助けてくれたんだ」

「どうしてそんなことがわかるんですか」

「先輩が、何も持ってなかったから」

「何も?」

「授業の移動中だって言っていたのに、何も持っていなかったんだ。筆箱さえも」

「それって、特別なことですか? 俺も、何も持たないで移動するなんてよくありましたよ」

「……先輩のことは、前から知ってたから」


 和泉さんは昔を思い出したのか、小さく息をこぼすと目を細めた。切なそうなその目に、思わず見惚れる。


「オレは、中学ぐらいから自分の性癖を理解してた。それで高校までは実家で過ごしていたけど、大学に入学が決まったら家を出た」


 大学卒業まで実家で暮らしていた俺とは違い、和泉さんは相当苦労したみたいだ。カップラーメンが中心の自分の食生活が恥ずかしい。


「大学に入学して、すぐに先輩を見つけた。幼児・初等教育科で先輩は有名だった」

「どんな風に有名だったんですか」

「顔、性格、成績の全てがパーフェクトだったんだ」

「パーフェクト……?」


 貝崎の顔を思い浮かべる。確かに男らしい風貌だけど、パーフェクトかどうかは首を傾げるしかない。


「……後輩の面倒見も良かった。だから先輩は、オレの告白を受けてくれたんだと思う」


 和泉さんはお茶で喉を潤し、話を続ける。


「オレが告白して、先輩が受けてくれた。好きな人とはずっと一緒にいたいって思ってたから、先輩には無理を言って同棲も頼んだ」

「同棲?」

「そう。オレの部屋に先輩を呼んだ。オレの部屋だから当然、家事は全部やった。オレの願いを聞いてくれたから、先輩からは一切お金をもらわなかった」

「それって、同棲って言えるんですか?」

「オレは、同棲だと思ってた」

「思ってた?」


 湯飲みを持つ和泉さんの手が震えている。それはまるで何かの衝動を抑えているようだった。


「先輩と付き合い始めてから、オレは先輩の生活に口を出すようになった。合コンに行ったのか、どうして連絡もくれずに朝帰りをするのかって」

「付き合ってすぐなら、当たり前じゃないんですか」

「オレも、恋人として当然の権利だと思ってた。でも、先輩は違った」


 和泉さんはお茶を飲み干し、湯飲みをシンクに置く。そして上を向いた。


「付き合い始めてから、一ヶ月。先輩は不審な行動をするようになった」

「不審な行動?」

「夜、部屋に帰ってこないことは当たり前。二、三日帰って来ないこともあった」

「それって……浮気、ってことですか」

「たぶん、そうなんだと思う」

「たぶんって何ですか。確かめなかったんですか」

「確かめるのが、怖かった」

「怖い?」

「先輩は女性に人気があって、確かめたら何人の名前が出てくるかわからない。だから聞かなかった」

「でも、あいつは和泉さんからの告白を受けたんですよね?」

「ああ。告白した当初、先輩に恋人はいなかった。だから受けてもらえて、他の誰よりも先輩と近い存在になれた。そう、思ってた」


 和泉さんが纏う雰囲気が、重たいものに変わった。


「……何か、あったんですか」

「先輩が、女性と浮気した」

「えっ」


 和泉さんは俺に背を向け、俯く。和泉さんが泣いているように見えて、思わず席を立つ。

「……ずっと、そうじゃないかって思ってたんだ」


 和泉さんのすぐ後ろまで行くと、和泉さんが話を続けた。俺はその場所で続きを聞く。


「誰もが憧れる先輩の恋人っていう立場に喜んで、先輩が望むことはなんだってした。お金を貸してほしいと言われたら貸したし、ちょっと部屋を空けてほしいって言われたら夜の公園で何時間も過ごした」

「なんで、そこまでして」

「先輩を、好きだったから! 先輩を好きだったから、先輩が求めることを拒絶したら嫌われるんじゃないかって思ったんだ」

「でも、お金はまだしも夜に部屋を空けろって」

「わかってる。オレがいない部屋で先輩が浮気してるってわかってた。でも、わざわざオレに断りをいれてくれていた。だから、それで良かった」

「良くないですよ。どうして浮気を止めてと言わなかったんですか」

「言えなかった。告白して付き合ってもらっても、先輩とは身体を合わせなかったから」

「だから、自分の部屋で浮気されても良いって言うんですか」

「そうだ。そう、思っていたんだ」

「何かあったんですね?」

「先輩とは不安定な関係が三年続いた」

「三年も?」

「三年目のある日、先輩が出かける時に携帯を忘れたんだ。その時、一人の女性から電話がかかってきた」


 和泉さんは拳を固く握り、腕を震わせている。その様子からも、話の流れからも、これから先のことは和泉さんにとってつらい内容なのだとわかった。


「和泉さん、もういいです」

「先輩が携帯を忘れたということを伝えようと思って、電話に出た」

「和泉さん!」


 俺は和泉さんの腕を引き、震える体を抱きしめる。


「もう、良いです。話さなくて良いですよ」

「女性は、先輩が浮気していたことを裏付けることを言っていた」


 和泉さんは俺が止めても話し続ける。抱きしめた胸には温かい水が落ちていた。


「浮気されているとわかっていても、それを事実として受け止めることがなかったから大丈夫だった! でも、否定できないことを聞いてしまったから、もう駄目だった」


 和泉さんは涙を流し、腕を俺の背に回す。俺はさらに、和泉さんを抱きしめた。


「携帯を忘れた先輩が戻ってきて、事実か聞いた。そしたらすぐに浮気を認められて……」


 胸にいくつもの雫が落ちていく。

 腕の中の和泉さんは震えていた。


「今まで我慢していたことが全部あふれてきて、先輩を罵って、別れたんだ」

「和泉さん……」

「先輩がオレの顔を気に入ってくれていたから、その顔が崩れないようにしてた。感情を露わにしないで、いつも笑顔でいられるようにしてた。でも、もう駄目だった」


 俺は和泉さんをさらに強く抱きしめる。涙を流さなくて良いように、和泉さんの顔を俺の胸に押し当てる。でも和泉さんの涙は止まらず、胸元はどんどん湿っていった。


「浮気をされて、お金を全部出して、先輩が求めることは何でもして……例え先輩とキスができなくたって、幸せだったのに……オレは、先輩と別れた」


 カクンと、和泉さんの足の力が抜けた。尻を打たないように和泉さんの体を支え、座らせる。

 俺も座り、後ろから和泉さんを抱きしめた。


「浮気を見て見ぬふりをしていたのは自業自得なのに、先輩と別れてから何もできなかった。単位は足りていたから卒業はできたけど、就職なんてできなかった。でも子供が好きってことは変わらなくて、毎日公園に行ってた」


 葛城さんから聞いた話だ。和泉さんは、公園でじいちゃんに拾われたと。


「公園で遊ぶ子供を見るだけが楽しみだった。でも園長先生に声をかけてもらって拾われて、これからは恩を返すために生きようと思った」

「……そんなに、頑張らなくても良いと思いますよ」

「えっ?」


 和泉さんの話が終わり、俺は自分が思ったことを口にする。それを聞いた和泉さんは、驚いたように俺を見た。涙は止まっている。


「じいちゃんって、世話好きだから。和泉さんのことをほっとけなかったんじゃないかな」

「でも、拾ってくれて」

「じいちゃんにとっては、もう一人孫を作るようなものだったんじゃないかな」

「孫?」

「和泉さん、確か二十五歳なんですよね? それで俺は二十二。孫は俺だけだから、年齢が近い和泉さんを孫だって思ってもおかしくはないと思います」


 出任せを口にしてみて、それが真相なのではないかと思えてくる。


「和泉さんに聞きたいんですけど、じいちゃんに和泉さんの事情って話しました?」

「事情?」

「公園で過ごしていたこととか……その、性癖のこととか」

「話した」

「じゃあやっぱり、和泉さんがそんなに気負うことはないと思います」

「どうして」

「だって、俺はじいちゃんに誘われてここに来たから」

「誘われたって、いつ」

「んー、大学三年生になってからかな。就活が始まって、どこに行こうか悩んでいた時だったから」


 俺がじいちゃんに誘われたのは、二年前だ。葛城さんに聞いた話だと、和泉さんが来たのは三年前。正確に言えば、二年半前。でもじいちゃんが意図的に俺を呼んだという事実は変わらない。


「じいちゃんに恩を返すってことだけを目的に生きてたら、疲れませんか? 俺だったら、疲れます。自分がしたいことよりも恩人のことを優先するなんて、つまらないですよ」

「でも、園長先生はオレを拾ってくれたんだ。恩を返すのは当然で……」

「だから、俺が呼ばれたんですよ」


 和泉さんは俺の言いたいことがわからないというように首を傾げる。


「性癖で悩んでいる和泉さんの同僚に俺を選んだってことは、同性に免疫をつけてもらいたいと思ったんじゃないですか?」

「免疫?」

「そう。ずっと思ってたんですけど、和泉さんは同性と距離を置きすぎだと思います。もっと気軽に付き合えば良いと思うんですよね」

「でも、オレは」

「和泉さんだって、好みがあるでしょ? 同性だったら誰でも好きになるわけじゃないと思います。だから」


 和泉さんに服の裾を掴まれ、思わず言葉を止める。すがるような目をする和泉さんは、言いづらそうに口を開く。


「……自分に好意を寄せられるかもって、オ思わないのか?」

「それは和泉さんの好みなので何とも言えません。それに俺は、和泉さんから否定されているんですよ? 同僚はいらないって。まあ、俺は勝手に和泉さんのことを大切な同僚って思ってますけど」


 俺が解答すると、和泉さんは眉を寄せた。そして俺から離れる。


「あの、和泉さん?」

「話は全部終わった。もう何も話すことはない。帰ってくれ」

「えっ、ちょっ、和泉さん!?」


 和泉さんに背を押され、追い出される。


「和泉さん! どうしたんですか!?」


 扉を叩いても、中からは何も反応がない。

 何か怒らせるようなことを言ってしまったのかと考えるけど、見当がつかない。最後に見せた和泉さんの表情も気になる。


「和泉さん?」


 扉の向こうに、和泉さんがいるような気配がした。もしかしたら気のせいかもしれなくて、和泉さんの名前を呼んだ。すると扉の向こうから鍵を閉める音が聞こえた。


「……もう、オレには関わらないでくれ」

「和泉さん? どうしてですか! 和泉さん!!」


 扉を叩いても、もう何も反応がない。何度名前を呼んでも出てきてはくれなかった。

 和泉さんの最後の表情は、何かに気分を害した顔。そして最後に聞いた声は、思いつめたように震えていた。

 和泉さんを心配して何度も扉を叩く。でも、反応はない。


「俺が何をしましたか……」


 恐らく和泉さんは、もう外に出てこない。それならば、翌朝出直そうと決めた。

 俺は自室に戻る。玄関を開けて部屋へ入る前に、和泉さんの部屋を見た。






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