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健太が答えてくれるまでじっと待つ。
「……初めは、一目惚れです。それから運動会のときに一緒に過ごしていて、セラちゃんに話しかけてきた男子に嫉妬したんです」
「嫉妬……健太ってば、おっとな~」
「誰かを好きになるのに、大人も子供も関係ありません」
健太が俺を見据える。真剣な目をする健太を見て、思わずたじろぐ。
「俺はセラちゃんのことが好きだからなるべく多くの時間を一緒に過ごしたい。好きだから、セラちゃんが他の誰かと話していたらイライラする」
普段敬語を崩さない健太の、素の部分を見たような気がした。そして健太が言う内容は、年を取っても変わらないものだ。
健太の頭をぽんと撫でる。
「ごめんな、健太。馬鹿にしたわけじゃないんだ」
「あ、いえ、すみません。俺こそ」
健太は今まで通り礼儀正しい子供に戻ってしまった。そのことが惜しいと思いながら、俺は正座に座り直す。
頬を掻き、深呼吸をしてから健太に質問する。
「なあ、健太。ちょっと聞きたいことがあるんだけど良いか?」
「俺が答えられるなら」
「あー……あのさ、最近すげーかわいいって思ってる人がいるんだけど、それってどういうことかな? 俺はその人のこと、好きなのかな?」
「えーと……」
健太にとって俺の質問は予想外だったらしい。何度も瞬く。
「悠真先生の好みはわかりませんが、かわいいって思うだけじゃ好きとは言わないと思います」
「そうか」
健太の答えを聞き、安心する。でも健太は、まだ話を続けた。
「でも、その人のことをずっと考えるようになったら、それは好きってことだと思います」
健太は自分なりの答えを言うと、恥ずかしくなったのか顔を赤くした。
「なんだよ、健太。顔赤いじゃん」
「……そういう悠真先生だって、顔、赤いですよ」
「マジ?」
健太につられて自分も赤くなってしまったかと思う。頬の熱を冷ますため手で風を送っていると、健太の迎えが来た。
「じゃあ健太。また明日な」
「はい。失礼します」
健太を見送り、学童保育所内のものを手早く片付ける。出したものを全て倉庫にしまい、鍵をかけて渡り廊下を歩く。
相変わらず調理室には電気がついていて、中では和泉さんが作業中だ。そんな和泉さんを見ながら、一つの単語が俺の口から紡がれる。
「好き……なのか?」
まるで俺のコトバが聞こえたかのように、タイミング良く和泉さんが振り返った。俺は慌てて目をそらし、調理室から離れる。
……今、絶対変だと思われた。
一瞬だったけど、和泉さんと目が合った。それなのに目をそらしてしまい、きっと和泉さんは良い気分じゃないはず。そう思っても、今は和泉さんの顔を見られなかった。
「――っ」
調理室から和泉さんが出てきそうな音がして、俺は急いで倉庫に身を隠す。
……なんで俺は、隠れているんだ?
自分がした意味不明の行動に困惑する。でも、外へ出たら和泉さんと会ってしまうかもしれない。その時にさっきの不審な行動の理由を聞かれたら答えられない。
だから、倉庫の中で息を潜める。
「そうだ、段ボールを繋げておこう」
わざわざ行動を口に出す。もし和泉さんが倉庫に入ってきた時に備えて、倉庫にいる言い訳に使えると思った。
棚に置かれているカゴを取り、そこからガムテープを取り出す。そして段ボールの大きさを合わせて繋げていく。
柱時計がボーンボーンとなる。時間を確認するため外に出ると、女性陣が帰宅する場面に出くわした。職員室の電気は消えている。
「あら、朝海君まだ残るの?」
「ええ。葛城さん達はもうお帰りですか?」
「残りは明日で良いかなと思って」
「そうですか。お疲れさまでした」
「お疲れー」
女性陣を見送り、時間を確認する。今はまだ十九時。もう少し作業ができそうだ。
俺はまた倉庫に戻り、作業を再開する。
ビーッとガムテープを引っ張り、ビリッと手頃な長さで切る。粘着が強く指に貼りつくガムテープを剥がして段ボールにつけた。
普段は気にしない、柱時計の音が耳に届く。ビヨンと一分ごとに気の抜けた長針の音も確認できる。
どうしてこんなに音が聞こえるんだろうと考えた。そしてすぐに、保育園内に限られた人数しかいないからだと気づく。
……和泉さんと、二人きり……。
意識すると、より音に敏感になった。壁一枚隔てた場所に和泉さんがいる。そう思うだけで、隣の音が聞こえてくるようだ。
トントントンと、規則正しく聞こえてくる包丁を使う音。
グツグツと音を出す煮込み鍋。
カンカンと水気を切る菜箸の乾いた音色。
そのどれもを、和泉さんが出している。
心臓が脈打ち、体が熱くなる。
耳の奥にも熱が回り、鼓動音が直接聞こえてくるようだ。
こんな脈の打ち方は、初恋の時だってしていなかった。
「あり得ない。これは何かの間違いだ。こんな簡単に好きになるなんて……」
言いながら、俺は隣接する調理室と倉庫を区切る壁の前に移動していた。そして壁の前に座ると、耳を澄ます。
コンロの火が止められる音。食器棚が開けられた。ごくっと何かを嚥下する音。恐らく、味見をした。
「ぁああぁぁっ」
和泉さんの細い首を思い出してしまった。色白な首を忘れるために叫び、ガムテープを片付ける。
……これ以上ここにいたら、本気で和泉さんを意識するかも。
口止めとして肉じゃがを持ってきた時、喉仏を確認して和泉さんは確かに男だと認識した。
それなのに、このままでは゛かもしれない″気持ちが、本当のものになってしまう。
慌てるあまり段ボールに足を取られ、俺はこけた。同時に、倉庫の扉が開けられる。
「大丈夫か」
「あ、はい。大丈夫です。何も心配はありません」
みっともない場面を見られてしまい、焦った。
「さっきすごい叫び声がしたが、どこか打ったのか」
「いえ」
「そうか。気をつけろよ」
「ありがとうございます」
倉庫を出て行く和泉さんを見送る。
今日の和泉さんは、細い体を際立たせるような体に合ったトレーナーを着ていた。
……あれぐらい細いと、抱き寄せやすそう。
「って、俺は何をっ!?」
うっかりしてしまった妄想。それを消すために倉庫で転げ回る。
「いたっ」
狭い場所で暴れれば、どこかにぶつかるのは当然。棚に膝をぶつけた。
「……帰ろう。本当に」
膝を擦って服についた埃を落とす。
部屋に戻り、ベッドにダイブした。
「今日の和泉さん、優しかったな……」
さっきの倉庫内でのやり取り。
叫んだのは確かだ。俺がこけたのも事実。でも今までとは違って、和泉さんの対応が優しかったように思えた。
もしかしたらあの行動が普通なのかもしれない。でも今まで冷たくされた分、和泉さんの行動を嬉しいと感じた。
「ふうー。今日は暑いよな」
わざとらしく声に出し、窓を開ける。火照った体を冷たい夜の風が包んでくれた。
俺は再びベッドにダイブする。そしてそのまま、床についた。




