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3500字超、です。
前回と合わせると長丁場になります。
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学童保育所に残る最後の小学生、健太を見送る。手早く片付けを済ませ、戸締まり全て確認した。
職員室に鍵を返してすぐに保育園を出る。部屋に戻ると時間は十九時で、和泉さんが来るまでまだ余裕があった。
「風呂に入っておこうかな」
銭湯へ行くため準備をする。タオルや着替え、石鹸などを持って部屋を出た。
朝海園の裏手にある公園の横を通る。街灯にライトアップされた八重桜が綺麗だった。
「ここから五分もしない所に、あいつがいる」
銭湯の前に着き、すぐ横にある坂道を見た。その道を上った先には、あの貝崎が勤める白山小学校がある。目と鼻の先だ。
こんなに近ければ頻繁に和泉さんのもとへ訪れるのも頷ける。でも逆に、歩いて十五分程度の距離で車を使うことに疑問を覚えた。
「それだけ、和泉さんのことが好きなんだろうか」
僅かな時間を使って、和泉さんのもとへ通う。そのことから、あの貝崎が和泉さんに一途な気持ちを抱いているとわかる。
「優しくしてあげれば良いのに」
貝崎が来ている時、和泉さんはいつもつらそうな顔をしている。元恋人が現れたら、それはつらいと思う。貝崎は、そんなこともわからないのか。
わからないから、優しく接することができないのかもしれない。
自分の中で結論をつけ、銭湯の中へ入る。下駄箱に靴を入れ、暖簾をくぐって若い男の番台さんに料金を支払った。
服を脱ぎ、備え付けの鏡に全身を映す。
「うん。ちゃんと引き締まってる。俺ってば良い男」
鏡の前でターンして、風呂場へ向かった。
銭湯から部屋に戻ったのは夜七時四十分。和泉さんが来るまで何かしていようと考え、折り紙を出した。台所のテーブルの上で作業する。
「うーん……ギリギリ、見えなくもないかな」
教室の飾りに使えるだろうと作り始めたのは良かったものの、出来映えはいまいちだ。ゾウや馬、猫や犬を作ったけど、かろうじてわかるのは猫ぐらい。
自分の不器用さに溜息をついていると、呼び鈴が鳴らされた。作業を中断して、すぐに玄関を開ける。
「えっと、中にどうぞ」
立っていた和泉さんの手には、肉じゃがが盛り付けられている大皿があった。まだ湯気が出ている。予想外の持ち物に面食らったけど、ひとまず和泉さんを中に通そうとする。
でも和泉さんは、大皿を俺に突きつけるだけで動こうとしない。
「えーと、いただきます」
「邪魔するぞ」
大皿を受け取ると、和泉さんは中に入った。暖かい皿をどうしようかと思いながら和泉さんを追う。
「すみません、和泉さん。椅子、一つしかないのでそこに座ってください」
椅子を和泉さんに譲り、肉じゃがの皿をシンクの横に置く。
「和泉さん、お皿は何でも良いですか? 生憎箸がないので、フォークになっちゃいますが」
「オレの分はいらない」
「そうですか」
和泉さんのために用意しようとしたお皿を片し、自分の箸を取る。
和泉さんが肉じゃがを持ってきた意図はわからない。でも出来たてと思われる湯気の立つ料理を目の前にしたら、空腹感を覚えた。
「えーと、この肉じゃがって俺が食べて良いんですよね?」
「それ以外に何がある」
いつも以上に、端的な返し。
前に本人が言っていたように、和泉さんからは俺と仲良くしようという気持ちが見られない。同僚を作らないと言っていた和泉さんが、なぜ手料理を持ってきてくれたんだろうか。
ぐだぐだ考えたけど、目の前には美味しそうな肉じゃががある。自分は空腹。肉じゃがは俺に持ってきたもの。
だとすれば、食べないという選択肢はない。
「では、いただきます」
和泉さんは椅子に座ったまま、俺をじっと睨んでいる。テーブルに肘をついて、手の上に顎を乗せていた。
監視されているような気がして、気分は良くない。でも、せっかく持ってきてくれた手料理を冷ますさけにはいかなかった。
せめて見られていることを意識しないように、和泉さんに背を向けるような体勢にする。
まず、ジャガイモを取ってみた。煮崩れしていないジャガイモは程良い硬さだ。力を入れても崩れない。でも口に運ぶと違う印象を持った。
舌の上で溶けるように崩れていく。よく染みた醤油の味。でもそれを引き立てるように砂糖の甘みを感じられる。
今まで食べたことのあるどのジャガイモよりも美味しかったから、他の野菜も口に入れた。
乱切りされた少し大きめの人参は、独特の臭みがない。ジャガイモと同様に味もよく染みている。硬さもちょうど良い。
玉ねぎも豚肉も同様に、俺好みの味付けだった。口の中でとろっと溶けていく。白滝にも、味が染みている。
すっかり和泉さんの肉じゃがにはまってしまった俺は、どんどんパクパクと箸を口に運ぶ。まだ和泉さんの視線を感じていたけど、不快には思わなくなっていた。
食べ始めてからそれほど時間をかけずに完食し、大皿の中に汁だけ残った。
……この汁、明日ご飯を炊いてかけて食べようかな。
朝食のことを考えていると、和泉さんが咳払いした。すぐに和泉さんの方へ体を向ける。
「和泉さん、すっごく美味しかったです」
「当然だ」
そう言い、和泉さんは目をそらす。言い方はぞんざいだけど、和泉さんの顔からは気恥ずかしさが窺える。肌が白いから、耳まで赤くなっているのがよくわかった。
ずっと見ていたのに、感想を言うと恥ずかしそうに目をそらす。そんな仕草を、思わずかわいいと思ってしまう。
……普段からそんな態度だったら、けんか腰にならずに済むのに。
のほほんと和泉さんを見ていたけど、空腹を満たして本来の目的を思い出す。
「和泉さん。俺に話って何ですか?」
問うと、和泉さんは俺を見据えた。立ち上がって俺の目の前まで来る。そして、二十センチぐらい身長差のある俺を見上げてきた。
長い横の髪が後ろへ流れる。細すぎない瞳が俺を映す。そらされた細い首には、小さいけど喉仏もきちんと確認できた。
やっぱり和泉さんは男なのだと、改めて思う。
「肉じゃがは、口止めだ」
「口止め?」
「先輩とオレに関わることは全て、口外するな」
「口外も何も、俺は和泉さんに関わっちゃいけないんですよね?」
「ああ。関わるな。関わってほしくない。オレは、ただ静かに過ごしたいだけなんだ」
和泉さんは目を伏せ、寂しそうな顔を見せた。
伏せられた長めの睫毛が震えているように見え、儚げな印象を受ける。
……関わってほしくないって、どういうこと?
疑問に思っていると、和泉さんがまた目を合わせてきた。合わせ方に勢いがある。何か重大なことを言おうとしているように感じられた。
でも、すぐに目をそらされる。また目が合う。そんな行動を、和泉さんは何度も繰り返す。
和泉さんが何か言おうとしているらしい。でもなかなか言ってくれない。
もどかしくなってきて俺から質問しようとした時、和泉さんが玄関に走った。
話を聞く体勢を取っていたのに話さない。肩すかしを食わされた気分で、すぐに振り返る。
和泉さんは、俺のすぐ後ろで立ち止まっていた。
「……何度も、ありがとう……」
耳を澄まさなければ聞こえないような声量。でも、きちんと聞き取れた。
和泉さんは言い終えると、振り返らずに部屋から出て行く。玄関は開けられたままだ。
「……ありがとうっていうのは、貝崎から助けたこと?」
口に出し、思考を整理する。そして、和泉さんが言ったことを理解した。
「えっ、あれ?」
和泉さんの言葉を理解すると、言いようのない喜びがこみ上げてきた。自然と頬が緩む。
電車が通過する音が聞こえる。どこからか舞い込んだピンクの花びらが、俺の前にひらりと落ちた。
「あーもう……」
俺は頭を抱えて座りこむ。
開けられたままの玄関からは、次々と桜の花びらが舞い入る。玄関先の土間でクルクルと花びらが渦を巻く。
「和泉さんは、俺と同じ男だろ……」
消えそうな声量で言われた和泉さんの言葉。それがずっと頭の中で再生されている。
言いづらそうにしていた和泉さん。決意したような目を見せ、一度離れての発言。そんな言動を、不覚にもかわいいと思ってしまった。
「はあ……」
和泉さんは男。和泉さんは同僚。
そう考え思考を切り替えて、俺は扉を閉める。渦を作っていた花びらは土間の端に寄り、大人しくなった。
「うん、寝よう。明日はセラちゃん達が来る日だし」
鍵をかけるとすぐに寝室へ行き、特大のベッドに身を投げた。




