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「あー……まだ六時じゃん」
昨日現れた貝崎に腹を立てていたせいか、いつものように眠れなかった。目覚まし時計が鳴るまで、まだ三十分以上もある。
「くそ……」
苛立ちを紛らわせるかのように、枕を叩く。二度寝すると出勤時間に間に合いそうにない。
「起きるか」
のっそりと起き上がり、布団をベッドの端に寄せる。窓を開け、部屋の空気を入れ替えた。
窓の前で深呼吸する。澄んだ朝の空気を大量に吸い込んだ。
「早起きすることなんてめったにないから、たまには早く行ってじいちゃんをおどろかせようかな」
思考を切り替え、冷蔵庫を開けて朝食の準備をする。
買っておいた千切りキャベツを皿に出す。そしてフライパンを出して油を引く。その上でヒビを入れた卵を割った。
「あー、殻が入った……。まあ、いっか」
力を入れすぎてフライパンの上に卵の殻が入っちゃったけど、気にしない。そのまま目玉焼きを作る。
出来上がった目玉焼きをキャベツの上に置き、ソースをかけた。
「味が濃いー……もっと薄味が良い」
作った綾里に自分で文句を言いながら、すぐに朝食を取り終える。そしてすぐに葉を磨いて着替えを済ませた。
「何度来てもらっても……」
部屋を出ると、階下から話し声が聞こえた。朝だからか、和泉さんの声は小さい。すぐに階段を下り、和泉さんのもとへ行く。
「ちょ、先輩、離してください」
紺のジャージを着た貝崎は和泉さんの手を掴み、どこかに連れて行こうとしていた。
俺はすぐに駆け寄り、貝崎の腕を離れさせる。和泉さんは背に隠した。
「……またお前か」
貝崎は面倒くさいというような顔をして、腰に手を当てる。そしてどこかへ行けというような目を向けてきた。
「あんたも懲りないよな。いい加減、諦めれば?」
「お前に助けてもらう理由がない」
貝崎と話していると、背後にいた和泉さんが怒気を露わにした。俺の腕を引き、前に出ようとする。
「何言ってるんですか。拉致られそうになってたじゃないですか」
「そんなことはない。お前の気のせいだ」
「そうですか? だとしても、同僚が困っているところを見過ごすなんてことはできませんよ」
「お前には関係ないだろ。オレに関わるな」
「関係ないってなんですか! 俺は和泉さんの同僚でしょ!?」
「一日や二日で同僚面すんな」
「同じ職場で働いていれば、同僚でしょ? 時間なんて関係ないじゃないですか」
「オレには同僚なんて必要ない。だからオレに関わるな。プライベートな問題に首を突っ込むな」
「突っ込んでほしくなかったら、目が届かない場所で会ってくださいよ!」
「はあー……」
和泉さんと口論していると、わざとらしい溜息が聞こえた。呆れたような顔をしている貝崎は、腰に手を当てたままつまらなそうな顔をしている。
「達哉。今はもう行く」
もう一度溜息をつくと、貝崎は敷地外に向かう。学童保育所の裏手を進む時に振り返り、俺を指差す。
「バカバカしいから今は引くが、達哉のことを諦めるわけじゃないからな」
貝崎はそのまま歩いていく。駐車場に止めていたのか車に乗り込み、敷地外に出て行ったような音が聞こえた。
和泉さんは俺に何も言わずに、裏口から保育園に行ってしまう。
「別に、お礼を言われたいわけじゃないけどさ。俺が勝手に出しゃばったわけだし」
明らかに困っていた和泉さんを助けたのは、同僚としてすべきことだと思ったからだ。でもその関係を否定されたら、どうすればいいのかわからない。
困っているから助けた。そんな単純なことなのに、その行動自体が駄目だったんだろうか。
「あれ? 今日は早いんだね、悠真君」
「あ、葵ノ本さん。おはようございます」
裏口を睨んでいると、葵ノ本さんがやってきた。
「どうしたの?」
「いえ、たまたま早く起きちゃったんで、たまには早く出勤しようかなって」
「そうなんだ。良い心がけだね」
葵ノ本さんと一緒に裏口へ行く。
「そうそう。ゴールデンウィークになったら、毎年恒例のお泊まり会があるからそのつもりでいてね」
「お泊まり会? 何かするんですか?」
「教室のパーテーションをなくして、段ボールで道を作るんだ。それで子供たちを驚かしたりお菓子をあげたりして、カレーを食べて一泊するの」
「へえ」
「たぶんそろそろ、近くのスーパーから段ボールをもらい始める時期になるかな」
葵ノ本さんと一緒に職員室へ行く。そしてじいちゃんから、今日は段ボールを集めてほしいと指示を受けた。
園児達の昼食を終え、自分の食事も済ませた。学童保育所に小学生が来るまでまだ時間がある。この間に段ボールを集めてしまおうと倉庫へ行く。
倉庫から台車と、フックを持つ。端が輪になっていて、もう一方に鉤針がついている紐も一緒に持っていく。フックは段ボールを固定する時に使うらしい。
「三往復ぐらいしたら、必要な分だけ集まるかな?」
台車を押してスーパーへ行く。最寄りの場所は、徒歩五分ほど歩けば着いてしまう。
スーパーに入り、サービスカウンターにいた店員さんに声をかけた。段ボールをもらっていく旨を話し、店の端にある段ボール置き場へ行く。
ラックに収まりきれない段ボールの山を見て、まず運びやすくするために箱を解体した。
紐で押さえられる最大の量を台車に乗せ、朝海園へ戻る。倉庫の中に段ボールを入れ、またスーパーに戻る。
スーパーと朝海園の往復三回目。道の奥から声が聞こえてきた。
声の主は、和泉さん。
……またか。
内心で舌打ちする。どうせ助けに行っても、また関わるなと言われるだけだ。それは目にみえている。だけど、和泉さんに同僚はいらないと言われても、俺はそうは思わない。
和泉さんは、大切な同僚だ。その同僚が困っているのではないかと思える状況で、口を挟まないわけにはいかない。
台車を道の端に置き、声が聞こえる方へ行く。
朝海園の裏手には公園がある。植えられた数本の八重桜は満開で、その木の近くに一代の乗用車。考えるまでもなく、貝崎のものだろう。
「どうして今さら、オレの前に現れたんですかっ」
「だから、お前が好きだって気づいたからだって言ってんだろ!」
毎回同じことを言っているのか、貝崎は苛立ちを隠さない。また強引に和泉さんの腕を掴もうとしていたから、それを阻止するために二人の間に入った。
「またお前か。お前も暇人だな」
貝崎は呆れたように言う。
「頻繁に来るあんたほどじゃない」
「なんでまた来るんだよ。オレに関わるなって言っただろ」
「和泉さんの言葉は聞きません。困っていそうだったから来ただけです。気にしないでください」
お決まりの文句に、俺は冷静に返す。でも冷たく言いすぎたのか、和泉さんは言葉を詰まらせた。
「毎回タイミング良く現れんのは、達哉に気があるからなんじゃねえの?」
「気がある無いは関係ない。同僚が困っていそうな状況だから来たまでだ」
「達哉、聞いたか? こいつはお前に全く気がねえんだと」
貝崎は俺の後ろにいる和泉さんに目を向ける。その顔がまるで和泉さんを馬鹿にするような表情に思え、苛立つ。
突然湧いた、新たな感情。苛立ち。
貝崎が和泉さんをどんな顔で見ようとも、俺には関係ないはず。でも貝崎は和泉さんに好意を持っていることは明白。それなのに馬鹿にするような表情をしたことが信じられなかった。
俺だったら、好きな人を馬鹿にするような態度なんて絶対に取らない。
貝崎に不信感を募らせていると、後ろにいた和泉さんが動いた。どうやら少し下がったみたいだ。
「……オレは、もう二度と恋愛をしないから、こいつがどう思おうと関係ない」
思いつめたような声で和泉さんが言う。
俺が振り返って和泉さんの顔を視ると、声と同様につらそうな表情をしていた。
「へえ。二度としない、ねえ」
何か含みのある言い方をする貝崎は、口の端を上げていた。何か絶対的な自信を持っていて、それを隠しきれなかったような、そんな表情。
「恋愛をしないのは、おれが原因か?」
「先輩は関係ありません。オレが、もう恋愛をしなくても良いと思っただけ」
「そう思ったのは、おれと別れたからじゃないのか」
「先輩は全く関係ありません。これは、オレ自身の問題です」
冷ややかな応酬。俺が入る隙もない。
和泉さんは自分の主張を終えると、すぐに朝海園へ行ってしまった。
「あーあ。かわいくねえな。昔はもっと可愛げがあったのに」
和泉さんがいなくなり、俺も戻ろうとしたとき貝崎が呟いた。
貝崎の言葉なんて気にしないで朝海園に戻れば良いんだけど、言い方が気になった。寂しさのようなものを感じる。
「昔は、あんなに尽くしてくれたのにな」
貝崎は朝海園を見ながら言う。その声音はこれまでと違い、悲壮感が漂っていた。
強引に事を進めるわけではない、一途な思いを感じ取れる言い方。この貝崎でもそんな言い方をするのかと、ついまじまじと見てしまう。
「何だよ」
「いや、別に」
貝崎と目が合ってしまい、気まずくなって目をそらす。
貝崎はそのまま車に乗り込んで去って行った。
「あいつは、一途なだけなのかもしれない」
一途な思いは、時として想定外の歪みを生む。相手を好きすぎて、暴力的な行動に出てしまうこともあるだろう。
和泉さんは嫌がっているように見えたけど、貝崎は元恋人。それも和泉さんから告白した相手だ。もう過去のことだとしても、少しは嬉しいんじゃないかな。
貝崎が和泉さんを好いていることは、見てわかる。もしかしたら和泉さんは、素直になれないだけなのかもしれない。
そんな風に思ったら、どちらも不器用な接し方をしているのではないかと考えてしまう。
恋愛は、自由。誰にも文句を言われない代わりに、恋人同士はお互いに幸せじゃないといけない。今のままでは、仮に和泉さんとあの貝崎が付き合ったとしても、つらいだけだ。
和泉さんは、本当にこの先ずっと恋愛をしていかないのか。そんなことを思いながら、朝海園への道を行く。
「あれ?」
角を曲がった時、端に寄せておいた台車がなくなっていた。道は平らで転がっていくことはない。
「もしかして、和泉さんが運んでくれたのかな?」
思いついた可能性を確かめるため、保育園の倉庫へ行く。
すると予想通り、台車は片付けられていた。さらに、俺が無造作に置いていた段ボールの山を倉庫の端に置いてくれている。ありがたい心遣いだ。
お礼を言うために、調理室へ行く。
「和泉さん。段ボール、ありがとうございました」
「おい」
お礼だけ言って出て行こうとすると、和泉さんに呼び止められた。
「なんですか?」
「今日の終業後に話がある。夜八時くらいに部屋へ行くから、どこにも行くな」
「あ、はい。わかりました」
きつい言い方をされて気になった。でも俺に対する態度はずっとこんな感じだったと思い直して了承する。
職員室に行って学童保育所の鍵を取る。そして小学生達のために机や椅子などを準備した。




