12
翌日。今日も和泉さんの手伝いをすると思っていたけど、じいちゃんからはゆり組を手伝うように言われた。
「おはよーございまーす」
「おはよう、良哉」
「おはようございます」
「おはよう、俊介」
登園時間。良哉と俊介が仲良くやってきた。二人をつれて教室まで行くと、俺の周りにはすぐに人だかりができる。
「ゆうませんせー。のせてー」
俺の足下でぴょんぴょんと跳ねる、ショートカットの女の子。優香ちゃんはキラキラとした目を俺に向ける。
「なんだよ、ゆか。のせてもらうのはおれがさきだぞ」
「なにいっているんですか。ぼくがさきですよ」
「あー、待て待て。ケンカはなし。それと、今日は肩車じゃなくてお馬さんな」
「えー、そんなのつまんねーよ。どうしてのせてくれねーの?」
「肩車だと、全員終わるまで時間がかかっちゃうだろ? それに、もし俺がこけたら怪我を負わせちゃう。その代わり、お馬さんだったら長くできるから」
俺の言葉に、三人のうち特に良哉が不満そうな顔をする。そんな顔を視ていられなくて、俺は膝と手を床につけた。
「ほら、先生背が高いから、二人ぐらいだったらいっぺんに乗せられるぞ」
乗りやすいように姿勢を低くする。すると優香ちゃんが乗り、俊介が乗ってくれた。
「しゅっぱーつ!」
元気な優香ちゃんの掛け声で動き始める。置かれているテーブルを避けながら、ゆり組の教室内を歩く。
とことこと、二人が乗っている背中に神経を集中させながら手足を動かす。
「たのしいね、しゅんすけくん」
「そうですね。これもなかなかたのしめます」
ゆっくり動いたり、時々少し速くしたりして歩いてみたら、どうやら気に入ってくれたみたいだ。上から楽しそうな声が聞こえた。
「おれものる!」
「おーし、良哉も乗るか。待ってろ、今そっちに行くから」
良哉がいる入口付近へ行こうと向きを変える。しかし良哉から近づいてきてくれた。
「ちょっと待ってろ。今低くなるから、二人のどっちかと交代して……」
「ゆか、しゅんすけ。まえにつめろ」
三人ぐらいは大丈夫だろうと思って、良哉が乗るのを待つ。体を低くすると、良哉以外に何人かが乗ろうとしてきた。
「あー、待て待て。そんなに乗ったら潰れ……る!」
注意するよりも早く園児が集まり、支えきれなくなった。床に強打した顎が痛い。
「ゆうませんせー、なさけねーな」
潰れる前に避難していたらしい良哉が、隣に来て言った。
「そうだね、ごめん。次からは二人ずつでお願いします」
「よわっちぃゆうませんせーのために、そうしてあげるよ」
良哉に礼を言っていると、葵ノ本さんが数人の園児を連れてきた。
「はーい、みんな揃ったのでこれからおやつタイムになりまーす。みんなで手を洗いに行こう」
「はーい」
教室に入ってきた葵ノ本さんの先導のもと、ゆり組の園児達は手を洗いに行く。
「きちんと石鹸を泡立てて、手首まで洗うんだぞー」
「はーい」
元気な返事が返ってくる。俺は腰を叩きながら、園児達を見守った。
ゆり組がお昼寝の時間になり、いつものように葵ノ本さんが先に昼食を取りに行った。
「悠真君、ありがと。お昼、行ってきて」
いつもより十分遅い、四十分後に葵ノ本さんが戻ってくる。俺は彼女と入れ替わるように職員室へ向かった。
「先輩もしつこいですね。何度来ていただいても、先輩と付き合うことは絶対にありません」
職員室の扉を開けようとしたら、中から苛立った和泉さんの声が聞こえてきた。すぐに扉を開けると、和泉さんの前には青いジャージを着た貝崎がいた。二人の他には誰もいない。
和泉さんに近づく貝崎。壁際に追い込まれている和泉さんは逃げ場がないみたいだ。迫られている和泉さんは、嫌そうな顔をしている。
和泉さんと貝崎の間に入った。すると和泉さんは、何も言わずに職員室から出て行ってしまう。
「和泉さん……」
……何か一言言ってくれても良いと思うんだけど。
「あーあ。お前のせいで楽しい逢瀬が終わっちまった」
貝崎は不満を隠そうともしない。
貝崎を睨むと、鼻で笑われる。
「なんだよ、おれに何か用事があんのか」
「和泉さんが困るってわかっていて、何しに来たんだよ」
「おーこわ。おっかないねえ」
ケンカ腰になったからか、貝崎は両手を上げて怖がるような仕草をする。でも実際は俺を馬鹿にしたような口調だった。だから貝崎に詰め寄る。
「怖いな-。そんなに力むなよ」
貝崎は軽い身のこなしで俺と距離を置く。腰に手を当て俺を見て、ここに来た目的を話す。
「教え子がここの――正確に言えば、隣の学童保育所で世話になってるって聞いたから、挨拶しに来ただけだ」
「教え子? あんた、教師なのか」
「そ。おれはすぐそこの白山小学校で体育を教えている、真面目な小学校教諭」
白山小学校は、朝海園から歩いて十五分くらいの所にある。健太やセラちゃんも通っている場所だ。
「授業が終わってから鶴岡にここのことを聞いてな。だったら挨拶をしようと思って学校を抜けてきた」
鶴岡は、健太の名字だ。
「それで来てみたら達哉がいたから、ひよりちゃんに呼んでもらった」
もう葵ノ本さんと仲良くなったらしい。教室に戻ってくるのが少し遅かったのは、こいつと話していたからなのかと納得する。
「まさか達哉がこんな近くで働いているとは思わなかったよ。おれにとっては好都合だ」
「どういうことだ」
「そんなこと、言わなくてもわかるだろ? おれは、あいつが好きなんだから」
ふっと小馬鹿にしたような笑い方をすると、貝崎は動き出す。どうやら帰るらしい。この男を好きにはなれないけど、表向きは客人だ。送ってやろうと俺も貝崎の後に続く。
玄関で靴を履いた貝崎は、外へ出る前に振り返った。
「これからも教え子のこと、よろしくお願いしますね。朝海悠真先生」
嫌味としか思えない言い方をすると、貝崎は保育園を出て行った。
次のエピソード。
4500字超のため、18時に投稿します。
ブックマーク登録をして待っていただけると幸いです。




