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4500字超、でした。
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和泉さんはゲイ。じいちゃんはばあちゃんに先立たれてる。可能性としては、ないわけではない。
そこまで考え、思考を止める。
もし和泉さんがじいちゃんとくっついたら、和泉さんは俺のばあちゃんに? いや、男だからじいちゃんになるのか?
突然湧いた疑問に頭を悩ませ、和泉さんを見た。和泉さんは未だにじいちゃんを見ている。
じいちゃんは書類の整理をしていた。
「よし。今日はもう帰ろう」
「はい」
じいちゃんが立ち上がり、職員室を出る。和泉さんもすぐ後に続いて、俺も追う。職員室を閉め、三人で保育園内の戸締まりをする。
「あの、和泉さん」
裏口から出て保育園の鍵をじいちゃんがかけたとき、和泉さんを呼び止める。どうしても、聞きたくて仕方なかった。
じいちゃんは先に帰るみたいだ。
「あ、お疲れ様です」
「お疲れ様。また明日もよろしくね」
「はい」
和泉さんがじいちゃんに挨拶する。和泉さんは相変わらず、熱っぽい目でじいちゃんを見ていた。じいちゃんも、俺と接する時とは違う口調で応えた。
やっぱり、推察が当たっているのか。
当たっていてほしいという妙な期待と、当たっていたらこれからどんな接し方をすれば良いのかわからない不安。俺自身、どっちの答えを望んでいるのかわからない。
でも和泉さんが不機嫌そうにこちらを見ていたから、俺は自分の疑問をぶつけた。
「和泉さんって、じいちゃんのことが好きなんですか?」
「はあ?」
「だってじいちゃんを見る時の和泉さんって、何か思いつめているような目をしていますよ」
自分なりの意見を言ってみたけど、和泉さんは何度も目を瞬かせている。
「そんなことあるわけないだろう。馬鹿か」
「ひどっ。確かにちょっとぶっ飛んだ意見かもしれないですけど、そこまで言わなくても良いじゃないですか」
「そんなくだらない用件で引き留めたのか」
「くだらないって……」
もう話は終わったと思ったのか、和泉さんは郵便受けに向かう。はっきりとした答えを聞いていない俺は、すぐに追いかける。
「待ってくださいよ、和泉さん」
「オレの恩人である園長先生を馬鹿にするな。その腐った脳を一度全部取り換えてから出直せ」
「恩人?」
和泉さんが発した単語が気になり、聞く。すると和泉さんは一度足を止め、またすぐに駆け出した。
「恩人って何ですか!」
「お前には関係ない」
邪推した関係ではなかったけど、また新たに気になる言葉を聞いた。和泉さんの恩人がじいちゃんっていうのは、どういうことなのか。
階段を上ろうとした和泉さんの腕を引く。
「わっ」
強く引きすぎたせいか、数段上っていた和泉さんが足を滑らせた。俺はしっかりと和泉さんを抱きとめる。
「オレに触るなっ!」
足場が安定すると、和泉さんは俺の腕を振り払った。
抱きとめただけでどうしてここまで邪険に扱われないといけないのかと思い、苛立つ。
和泉さんがそのまま階段を上って行こうとしたから、俺はまた腕を掴んだ。
「離せ」
「嫌です。気になることを聞けるまで離しません」
「お前には関係ないことだ」
「じいちゃんが恩人って、どういうことですか」
「話したくない」
「じゃあ、俺も離しません」
和泉さんは俺を睨み、掴まれた右腕を大きく振る。俺も意地になって手の力を緩めない。それどころか、さらに力を入れた。
「……園長先生には、昔拾ってもらったんだ」
「拾った? じいちゃんが?」
「だからオレには園長先生に恩を返す義務がある。それだけだ」
「拾ってもらったって、どういうことですか?」
「そこまでお前に話す義理はない。園長先生が恩人だという理由を話したんだから、いい加減手を離せ」
「まだ俺の質問に答えてもらっていません」
「どうかしたの?」
後ろから葛城さんの声が聞こえた。きっと居酒屋の帰りなのだろう。葛城さんは目のやり場に困る服を着ている。
「あっ、和泉さん!」
葛城さんに気を取られている時に手の力を緩めてしまい、和泉さんは階段を上って行く。
「あら、何か邪魔しちゃったかしら」
「いえ……」
「そう? 何か深刻そうな雰囲気だったけど。何かあったの?」
「何かあったというか……」
俺からしたら、疑問に思ったことを聞いただけだ。それがなぜ和泉さんの期限を悪くさせたのかわからない。
葛城さんは朝海園に勤めて長いかもしれない。だとしたら、葛城さんに聞いたら和泉さんの事が何かわかるだろうか。
「あの、葛城さんって朝海園に来て長いんですか?」
「えぇ、そうよ。長いわ。それが何か?」
少し、葛城さんの口調が荒いような気がした。何かおかしなことを聞いたかもしれないと思ったけど、俺にはわからない。
「えっと、勤めて長いってことは、少し昔のことを聞いたら答えてくれますか」
「良いわよ。私は勤めが長いけど、せいぜい二年くらいよ」
「二年なんですか?」
「二年じゃ不満かしら? 昔というのは二年くらい前のことを言うのよね?」
お酒が入っているせいだろうか。それとも、居酒屋で何かあったんだろうか。葛城さんは腕を組み、肘を指で叩きながら答える。
「じゃあ、二年間ずっと居酒屋で店長さんを目で追いかけているんですか? それとも、もう少し前……です、か……」
葛城さんはどうやら怒っているらしいと判断して、話をそらしてみた。でも葛城さんは、俺を真顔で見てくる。
……あれ。もしかして選択間違えた?
葛城さんが纏うオーラが、何か黒々しいものに変わったような気がする。それはきっと、俺の気のせいじゃない。
「もう五年以上も同じ人を目で追いかけていたら朝海君に何か迷惑をかけるかしら? かけないわよね? だって恋愛なんて人それぞれだもの。誰かに文句を言われて意見を変えるものじゃないわ。そうよね?」
「ええ! そうですとも!」
葛城さんが一息に言い、その迫力に押される。
「プロポーズされていたって、どうして私が年下に養われなきゃいけないのよ。かといって、私があいつを養うなんて関係も嫌。結婚したら家庭に入るなんて誰が決めたのかしら? そんな古くさい風習、現代日本ではもう化石同然よ」
「そうですね」
「そうよね、朝海君もそう思うわよね? そうよ。それが今の若者よ。それなのにあいつは仕事を辞めろって言うし、両親からは早く孫を見せろってせがまれるし……」
「葛城さんも大変ですね」
これは刺激しない方が良いだろうと思い、俺はひたすら葛城さんの味方をする。すると葛城さんは一度大きく叫んだ後、深呼吸をして落ち着いた。
「それで、朝海君。私に何を聞きたかったの?」
「えっ?」
「つい暴走しちゃったけど、私に何か聞きたいことがあったんじゃないの? 五年前くらいのことだったらわかるわよ」
どうやら葛城さんは意図的に話をそらしたとわかっていたらしい。やっぱり人生経験の年数が違うのかと思う。
「朝海君。今、不穏なことを思わなかった? まさか私が三十路ちかいおばさんだなんて思っていないわよね? 朝海君が何かを聞きたいんじゃないかってわかったのは、決して年を取っているからじゃないわ」
「はい。わかってます」
「そう。なら良いの。それで、私に何を聞きたいの?」
「和泉さんのことです」
「和泉君?」
「和泉さんっていつから勤務しているんですか? じいちゃんに拾われたって聞いたんですけど……」
俺の質問を聞き、葛城さんは腕を組んで考えている。
「確か和泉君は今二十五歳だから、三年前よ。三年前の秋頃に園長先生につれられて来た」
「三年前の、秋?」
和泉さんが二十五で三年前といえば、大学を卒業してすぐの年だ。就職していなかったのかな。保育士という職業柄、大学三年の時か遅くても四年には決まっているはず。
俺は、じいちゃんに保育士をやらないかって誘われていたから例外になるんだけど。
「初めてここに来たとき、今よりもっと儚げな感じだったわよ。なんか、今にも倒れるんっじゃないかってぐらい」
「秋ってことは、それまで和泉さんはどうしていたんでしょう?」
「そんなことは知らないわ。でも前に園長先生が、和泉君はどこかの公園で見つけたと言っていたわ」
「公園……」
「それ以上のことはわからないわよ。好奇心で聞いちゃったけど、それ以上はさすがに自粛したから」
「和泉さんは、来た当初から調理室に?」
「えぇ。本人は私達と一緒に園児を見るって言い張っていたんだけど、園長先生が調理室を頼むって」
「そうなんですか」
「聞きたいことは、それだけ?」
「はい。ありがとうございました」
「じゃぁ、お疲れさま。また明日職場でね」
「はい。おやすみなさい」
葛城さんを見送り、俺も自室へ向かう。
三年前の秋にじいちゃんが拾い、それからずっと勤めている和泉さん。拾われた恩を返すから、ずっと真面目に働いている和泉さん。
ただ恩を返すためだけに働くなんて、息が詰まらないのかな。
朝海園の保育園で働くこと。それは和泉さんにとって楽しいはずだ。園児に出す料理を作っている時は生き生きとしている。
でもじいちゃんに恩を返すという固い信念で日々を送っていたら、絶対に肩がこる。
「和泉さんって、ちゃんと休んでいるのかな」
物理的にもだけど、精神的にも。
自室の前に立ち、鍵を差し込んだまま隣にある和泉さんの部屋を見る。当然ながら扉は閉ざされていて、開く様子は微塵もない。
部屋の作りは同じはずなのに、和泉さんの部屋はすごく冷たい気がした。
「もしかして、俺に対して態度がきついのは、昔何かあったからなのかな……」
和泉さんは、基本的に調理室から出てこない。でも出てきた時、女性陣には普通に接しているように感じる。
じいちゃんと接する時は、拾ってもらったという恩があるからか常に低姿勢だ。
四人と俺では、何が違うのか。
「俺が男で、和泉さんと何の関わりもない新参者だから?」
考えた答えを出してみて、納得する。
きっと俺が女性だったなら、和泉さんは今ほど固い態度ではなかった。もし、何かの縁があったなら。
「せっかく、同性なのに」
今まで和泉さんには同性の同僚はいなかった。和泉さんの過去に何があって、異性の同僚しかいなかったのかはわからない。だけどきっと、じいちゃんは俺に期待している。
自分の性癖で悩んでいる和泉さんの同僚に、俺を選んだのだから。
「ん? でも、じいちゃんって和泉さんの性癖って知ってんのかな?」
朝海園から道を隔ててすぐの所を走る電車の音がした。そのとき、冷たいけど暖かいと感じる風が俺の頬を撫でる。
「せっかく美人なんだから、和泉さんには笑っていてほしいな」
玄関を開けて寝室に行く。鼻で息を吸って、口で吐く。頭の中をクリアにした。
クリアな頭に浮かんだのは、一つの顔。
細めだけど瞳は大きくて、鼻が小さい。パーツが顔の中心にバランス良くある。そんな感じの、目を引く容姿。
和泉さんには、笑っていてほしい。
「うしっ。寝るか」
和泉さんが笑えば、周りも暖かい気持ちになる。そう信じて、俺はスウェットに着替えて就寝した。




