ドラゴン飛来
がっくりとひざをついて「娘を……売るなんて……、そんな親が……どこに……。いや、しかし……領民を守るためには……、もはや他に方策は……ううううう」などとめそめそと泣き続けるお父様を放っておいて、とりあえず、お父様の執務机の上にあるベルを鳴らします。
程なくして、セバスがやってきました。
「お呼びでしょうか?」
長年に渡り我が家に忠実に使えてくれる執事のセバスは、ちらりとお父様に目をやり、口を開きかけました。
が、わたしが「不問にしてちょうだい」とばかりににっこりと微笑めば、意を汲んでくれたようです。
「コホン」と一つ咳をしただけで、柔和な顔をわたしに向けてくれました。
「ああ、セバス。お兄様はお帰りになったかしら?」
「カイエン様は奥方様と共に東部の領民に支援物品配布とその地の被災状況の視察に行っておられます。お戻りは早くとも一週間後かと……」
「ああ、そうだったわね。うーん、お兄様ならご存じと思ったのだけれど……、あ。そうそう、セバス。貴方なら知っているかしら?」
年の功もあるでしょうけれど、セバスは博識だもの。お兄様にそういうところを紹介したことだってあるかもしれないし。きっと知っているに違いないわ。もし知らなくても、調べてくれるでしょうし。
よし、聞いてみようっ!
わたしは期待に満ちた目で、セバスを見ます。
「何でしょうか、お嬢様」
「うん、あのね。わたし、わたしを娼館に売ろうと思うのだけれども、オーベリソン公国とかルンデルとか、えーと、そのほかの……リーンデベルクとか、何処の国でもいいのだけれど、なるべく羽根振りの良い国の、流行っている娼館、知っているなら教えて欲しいのよ」
さらっと言ったのが悪かったのか、セバスは目を何度か瞬かせた後、ようやくのことで、「……は?」と一言だけ漏らし、そしてその口の形のまま、固まった。
……えーと、うまく聞き取れなかったのかしら?ああ、そういえばセバスはもう老境よね。長年我が家に仕えてくれて、髪だってわたしが小さい頃は黒々としていたというのに今では白髪交じりになっているし。あ、思い至ったわ。もしかしたら、耳も遠くなっているのかもしれない。でも……ごめんなさいね、セバス。この状況では貴方を楽隠居させてやりたくても出来ないのよ。うん、やっぱりわたし、わたしを可能な限り高く買ってくるところに売られなければ……。
「ええとね、セバス。娼館を、探しているの。出来れば、高級と、呼ばれるところをね。わたし、娼館で働いて、お金を稼いで、領民に、お腹いっぱいご飯食べさせてあげたいなーって……ちょ、ちょっとセバス何故泣くの……」
遠くなった耳でも聞き取りやすいように、一字一句くっきりはっきりと言ったのに、何故かセバスはその場に崩れ落ちた。
そして、ずるずると床を這うようにしてセバスに近寄ってきたお父様と肩を抱き合って泣いている。
「……旦那様……」
「セバス……」
うーん、中年男と老境に差し掛かっている男の抱き合う姿は……美しいと言えるのかしらねどうなのかしら?ええと、あのね、売れるものがあるのだからさっさと売ってお金に変えないと、領地の未来は暗いということを納得していただきたいの。……わたしの決心が鈍る前に……ね、と、あら、これは余計な言葉だったわ。こほん。
と、突然、「大変ですっ!旦那様っ!お嬢様っ!」と侍女のニーナやその他の使用人たちが駆け込んできた。
「どうしたの?」
「そ、空に……っ!いえ、お逃げください旦那様お嬢様っ!」
「え、空?」
執務室の窓から外を見る。空にたくさん雲は浮かんでいるけれど……雨になりそうな気配はない。雲の色も灰色ではなく、白で……、ん?雲と雲の間を何か……黒い影のようなものが、凄い勢いで横切った……?鳥……かしら?いいえ、もっと大きい……もっと素早く飛ぶものだ。
「ドラゴンですっ!こちらに向かって飛んできていますっ!」
「ええ……っ!」
今の黒い影はドラゴン!?ちょっと待ってよ、これ以上我が領地に何かの被害があったら、もうわたしを娼館に売るくらいじゃどうにもならないかもしれないじゃないのっ!
「どういうことだっ!」
お父様が、床に手を突いたまま、それでも領主としての責任感を取り戻して叫んだ。
「は、はい旦那様。報告によればその、緋色のドラゴンは数刻前アーノルド地方にて目撃され、しばらくの間、そちらを旋回していたとのことでしたが……。現在はアーノルド地方から飛び立ち、こちらの方面へ真っすぐに向かってきているそうなのですっ!」
わたしはお父様やセバスと一緒に、急いで執務室から庭へと出て行った。




