売れるもの
「失礼しますお父様」
「……リステリア」
お父様は頭痛でも耐えるかのように、頭を押さえていた。執務机の上に置かれている書類は、先ほどラーカス様が持ってきた婚約破棄のものだ。開封された手紙も、しまわれず、そのまま広げられている。
わたしはまず婚約破棄の書類を見た。
既にお父様のサインがされている。
手紙を見る。
確かにリヴァイエス伯の筆跡で婚約破棄をすまなく思う等々が、書かれている。
わたし宛の手紙は開封されてはいないが、まあ同じような内容が記されていることだろう。
まず、わたしはお父様に謝罪をした。
「お父様、申し訳ございません」
父はゆっくりと顔を上げる。
「……何に対する謝罪だリステリア」
「ラーカス様のお心をつなぎとめることが出来ませんでした。そして、それにより我が家への資金の援助が……」
「お前のせいではない」
謝罪途中で、お父様がわたしの言葉を遮った。
「ルース……ではない、リヴァイエス伯が、あちらも困窮状態でこちらをもう援助できんと手紙を書いてきた。ラーカスは……それに便乗してリステリアとの婚約を破棄しようと目論んだ。もちろんルー……ではない、リヴァイエス伯の承諾も得ないままな」
「……やはり、婚約破棄はラーカス様お一人の暴走でしたか……」
「ああ、だがあのような男に大事な娘を嫁がせられはしない。長年続いてきた相互扶助関係は解除、おまえとラーカスの阿呆との婚約も解消。慰謝料などいらんから二度と顔を出すなとそう返答してやったわっ!!」
お父様の判断は領主としては間違っている。
この困窮状態、リヴァイエス伯からの援助が無ければ領民はどうなることか。領民のことを思えば、泥をすすってでも、縋りついてでも援助をと言わなければならないところだろう。
だけど、お父様は、そのような状態になるのをわかっていながら、娘の、わたしのことを思ってくださったのだ。
大事な娘。
その一言を、わたしはこれ以上もなく嬉しく思う。同時に、申し訳なく思う。
だから、わたしは静かに胸の中で決意を新たにする。お父様はため息を一つ吐いた後、気持ちを切り替えるように、背筋を伸ばされた。
「さて、この二年間、何度も起こった豪雨に洪水……。我が領土の中央を流れるナーハン河も暴風雨の影響を受け大破し……流域の農業地帯は壊滅的な被害を受けた。森も林も領民の家屋も滅茶苦茶なまま、今も放置状態だ」
「はい」
「町や村の復旧もなかなかに進まずいる。死傷者もかなりの数だ。経済的被害も甚大、食料困窮状態ではせっかくの観光産業も成り立たずにいる。領民の困窮は……言葉に出来ないほどに、酷い」
お父様が唇をかみしめる。
「これまでは……あの家の援助で何とか保っていた我が領地だが……。いや、もはや過去のことは忘れよう。これ以降、我が家とあの家は、無関係。一切の付き合いを拒否するものとする」
あの家、とお父様は仰られた。
リヴァイエス伯と呼ぶのではなく、伯爵のファーストネームであるルースと呼ぶのではなく、あの家と。
……とても、仲が良かったのにね。お父様とリヴァイエス伯は。わたしもリヴァイエス伯には未来の義娘として、とても良くしてもらっていた。ラーカス様はともかく、リヴァイエス伯はとても優しくて温かな方だった。……でも、その優しいリヴァイエス伯も、我が家を見捨てた。これ以上支援できない。それがリヴァイエス伯の判断なのだ。その判断は領主としては正しいのだろう。友と言っても過言ではないお父様を見捨ててでも自領を守る。貴族としては、きっと正しい判断だ。だけど、その友に手紙一通で見捨てられたお父様は……きっと、ショックを受けていらっしゃる、はず。だから、ラーカス様に対して怒りを向けて、領主にあるまじき勢いで、即座に婚約破棄と相互扶助関係の破棄を承諾したのかもしれない。
せめて、手紙などではなく、リヴァイエス伯から直接お父様に「これ以上支援が出来ない」と言ってもらえれば、お父様だって「今までの支援には感謝している。今後は自分の領地だけ守ってくれ」とでも言ったでしょうに。「復興後はまた元のように付き合おうじゃないか」などと言ったかもしれない。無関係なんて言葉、使うはずもない。
でも……そもそもリヴァイエス伯が直接いらっしゃらないのもおかしな話なのよね。お父様とリヴァイエス伯はあれほど仲が良かったのに。なのに手紙を寄こしただけで。……お父様に対する申し訳なさに、直接、顔を合わせられなかったのかしら?それとも……まあ、リヴァイエス伯のお心を考えても無駄ね。腹の足しにもならないわ。それに、ラーカス様は新たな婚約者を、必要もないのにわざわざ連れてきた。
そしてあのような一方的な婚約破棄。
これまでの両家の付き合いなどまるでなかったかのように足蹴にして。ご自分の方が優位で、わたしたちなど切り捨てて当然とでも言いたげな態度でしたわね。
災害さえなければ。いえ、災害が起こっても復興さえできていれば、こんなふうに突然に、リヴァイエス伯という長年の友と……顔も見ないまま絶縁なんてしなくても良かったのに。
でも、仕方がない。
そして、感傷に浸っている暇もない。
お金もなく、支援もなく、食料困窮状態で。婚約破棄の違約金を支払いもしないラーカス様を責める時間さえ惜しいほど。
それでもわたしたちは領民を支えていかなければならないのだ。
もしも仮に、災害のレベルが小範囲……わたしたちのウェステルハイム領だけであったのなら。国に領地を返還し、わたしたち家族は単なる平民として過ごす道もあったのかもしれない。
だけど、国の大部分がこれまでの被災により多かれ少なかれ困窮しているのだ。領地を返還したところで、放置されるだけ……となるだろう。領民たちももちろん放りっぱなし。つまりは死あるのみ。責任の放棄は許されない。我がウェステルハイム家がウェステルハイム領を守らねばならない。……それがどんなに険しくとも。
「……そう、ですね。過去を嘆くより、わたしたちは領民の為、未来を何とかしないといけないのですものね」
お父様は一つ頷かれた。
「そうだ、何とかしなければ、領民たちが飢えて死ぬ。かといってこの屋敷にある売れるものはとうに売りつくした。国からの支援物資を含めてあと何とか二か月か三か月は食いつなげるだろうが……その先はな」
時折、思い出したかのように国からの支援物資が届く……こともある。けれど、それもこの先いつまで続くかもわからない。我がウェステルハイム家に、もうこれ以上売れるものはない。どうしようもない現状に頭を抱えたくなる。
だけど、わたしには、一つの策がある。
それはわたしをどこか他国の……裕福な国の娼館に売ってもらうこと。
そんなこと言えば反対されるのは分かり切っている。怒られるかな?それとも……悲しまれるかしら?
でも、わたしの娼館行きを承諾してくださるよう、説得しなければならないわね。だってもうこれ以上売るものも頼るものもないのだから。そうね……、多少の演技が必要かもしれない。お父様がわたしの演技に騙されてくれるかどうかは分からない……けれど、やるしかない。
どうか、お父様が、罪悪感を抱くことなくわたしを売り飛ばしてくださいますように……。
わたしは心の中で祈ってからすっと息を吸った。そして、さもいま思いついたと言わんばかりに勢い込んで言う。
「お父様っ!わたしは今、婚約者がいない状態です。ならば……自国ではなく他国でも構いません。どこか裕福な相手に……貴族でなくて構わない。裕福な商人で良いのです。大農場の持ち主ですとか。相手は誰でもいい。我が国に支援物資を届けてくれるような、そんな相手にわたしを嫁に出してくださいませっ!ああもちろん、お相手の年齢や容姿などどうでもいいのです。お相手が年寄りでも構いませんっ!我が領を支えてくれる方がいらっしゃればいっそ、愛人でも構いませんっ!婚約破棄をされた娘ですもの、お金さえ持っていればどんな悪条件でも構いませんわっ!」
お父様は即座にわたしを怒鳴りつけた。
「馬鹿者っ!娘を売るような婚姻をさせる親がどこにいるかっ!!」
よしっ!良い流れっ!お父様の口から『売る』と言う言葉が出たわっ!私は驚きに目を見開いた演技をまずして……、それから、その『売る』という言葉に、わたしは天啓を受けたような表情を作る。ふんふんと小鼻を膨らませて、わたしは叫んだ。
「素晴らしいお考えですお父様っ!売りましょうっ!も、即座に売りましょうこのわたしをっ!」
「だから何を言っているリステリアっ!娘を売るなど出来るわけはないだろうっ!」
「いいえ出来ますっ!婚約破棄をされた娘など、売ってお金に変えるべきですっ!領民のためにわたしが出来ることはもはやこれしかございませんっ!!見てくださいお父様このわたしをっ!使用人たちがひいき目でしょうけど『妖精』とまで言ってくれたこの紫の瞳と銀色の美しい髪っ!しばらくまともに食べていませんので痩せてウエストなど、ものすごおおおおおおく細いです!胸もばいんばいん……とまでは言えませんが、ほよんほよん程度はございますっ!うんっ!売れますね!顔はちょっと平凡ですが、かえって化粧映えするというものです!確実に売れますよわたしっ!娼館で売れっ子間違いなしですわっ!!高級娼館で売れっ子になって、お腹いっぱいご飯食べますうううううう」
「よりにもよって娼館だとおおおおおおっ!リステリアお前何を言い出すんだあああああああっ!」
拳を天井に向け、ガッツポーズもしてみせます。……貴族の娘としては少々はしたないうえに……わざとらしいかしら?まあでもいいの。勢いが大事だもの。さあ、畳みかけましょうっ!!
「我が国は困窮しておりますから、隣国のオーベリソン公国かもしくは商業都市のルンデルなどが良いと思います。そうそう、聞くところによると、あちらには高級娼館も数多いそうですね。ノルデンショット帝国の先王やら宰相やらが高級娼婦を競って囲い込むですとか、そんな話をお兄様から以前に聞いたことがありますっ!わたし、そのような高級娼館でナンバーワン……は、無理でも五本の指に入れるくらいを目指しますよっ!このわたしの胸を以てして、裕福な他国の殿方を虜にして、そして得たお金を我が領地に還元すれば……っ!ふっふっふ、希望の光が見えてきました!お腹一杯ご飯が食べられる日も近いっ!ああ、ラーカス様っ!婚約破棄をありがとうございますっ!」
両手を、そこそこ豊かなわたしの胸の前で組んで、神に祈るようにラーカス様に感謝を捧げます。
「いやあ、良かったっ!本当に良かったっ!婚約破棄ありがとうっ!そりゃあ、誠実な態度の婚約破棄じゃなかったけれど。それにさっきは『ケンカ売ってます?』とか、拳を握りしめそうになりましたけれど。今は感謝しかないわ。うん、婚約破棄、バンザイっ!わたし、これで自由にわたしを売ることが出来ますっ!ひゃっほうっ!きっとご飯がいっぱい食べられるっ!我が家の使用人たちや領民達にももうちょっとマシなものを食べさせることが出来るわきっとっ!さようなら、ラーカス様。ラーカス様も遠くで幸せになってね!!」
そんなことを繰り返しわたしはお父様に告げた。……うん、まあ、ちょっと、テンション上げ過ぎて、わざとらし過ぎだったかもしれないけれど。……でも、このくらいして見せないとお父様は納得してくださらないかしら……ね。うん、まあ、いい……でしょう。言っているうちに自分でも、これが最善の策っ!と思うようになってきたし。
わたしは内心を悟られないように、にっこりと満面の笑顔を貼り付けてお父様を見る。
お父様は、口を金魚のようにぱくぱくと開け閉めしていらっしゃった。……よし、わたしの演技にわざとらしさは感じてないようね。呆気に取られて入るけれど、まあ大丈夫だわ。このままもう一つ、ダメ押しも致しましょう!!わたしは喜色満面で興奮のままに……という感じに、明るい声を出していきます。
「さあ!お父様!なるべく高値でわたしを引き取ってくれるところをご紹介くださいませっ!懇意にしている高級娼館はございませんか!?」
「あるかそんなものっ!亡き妻一筋だっ!」
「ではお兄様にお聞きしなくては!きっとお兄様ならご存じのはず。売れている娼館ならわたしを即金かつ高値で引き取ってくれるに違いありませんっ!そのお金で我が家の使用人たちや領民に少しは良いものを食べさせてあげることが出来るかもしれませんっ!私だってお腹いっぱいご飯が食べられるってものですっ!さあ、ご決断くださいませお父様っ!これが現状の最上策ですわっ!!」
出来ればわが領民全員がしばらく食いつなげる程度のお金になるといいなあっ!とわたしはステップを踏んで、くるくると踊ります。うう、流石にやり過ぎ?でももう後には引けないわ。
踊るわたしとは対照的に、お父様ははらはらと静かに涙を流しております。そして、壁にかけている亡きお母様の肖像画に向かって頭を垂れて、「領民のために、娘を売る覚悟をせねばならんのか……。だが、他に方策は……ううう、すまない……」と繰り返しています。
そんな男親の心など気がつかないふりで、わたしは「ごはんごはん!おなかいっぱいご飯が食べられる~♪お金があるって素晴らしい~」と踊りまくってみせたのでした。
お読みいただきましてありがとうございました。




