災害
我がウェステルハイム伯爵領は小さいが、それでも風光明媚な素晴らしい土地だった。
特に農業が盛んで、リンゴは国内の生産量の五割を誇る。リンゴ以外も、ベリーなどの果物や夏でも涼しい気候を生かした伝統野菜などなど、生産している農作物の種類は豊富。農業以外に観光業などにも力を入れていた。
観光の目玉は領内を流れるナーハン河。
「ナーハン・ブルー」という呼び名が出来るほどの、蒼く澄み切った川の水。その川を悠々と泳ぐ背が赤い色を帯びたナーハンアユ。青に赤というコントラストの妙。
息を飲むほど美しい絶景として、訪れる観光客も多かった。……そう、二年前までは。
二年前、これまでかつてないほどの大嵐がウェステルハイム領を襲った。
それも一度ではなく一か月の間に幾度もだ。
領地の中央を流れるナーハン河は溢れ、流域の低地はほぼ水没した。果樹園や農地は壊滅。被災民も多かった。高地に避難場所を設置し、そこに被災民を逃し、リヴァイエス伯爵家からの支援物資で何とかその年をしのいだ。
被災しても、もともとのんびりとした気質の者が多い我が領民たちは明るさを失わなかった。
生きていればこんなふうに被災する年もある。来年には水も引くだろうから、何とか頑張って復興しよう。
そんなふうに前向きに、頑張ってくれる者も多かった。
だが次の年もまた、嵐は我が領で暴れまわった。
低地にたまっていた水は増える一方で一向に引かない。更に崖崩れが起き、低地に汚泥がたまる。嵐で倒壊した家屋はそのまま雨ざらしになり……そして腐りかけている。黴が生え、悪臭が立ち込めている。
自然の力の前では人間の努力など無意味だ。領民たちも下を向きだした。
ウェステルハイム領主であるわたしの父も、そして兄夫婦も、リヴァイエス伯爵家からの支援物資を待つだけではなく、他にも支援を求めて奔走した。
だけど、被災したのは我がウェステルハイム領だけではない。マルクス男爵家やカーバンクル侯爵家等、ナーハン河流域の多くの地が被災したのだ。
国王陛下は他国に支援を求めたが、他の国も大なり小なり問題を抱えていたようで、たいした支援はもらえなかったようだ。
国内にはリヴァイエス伯爵家のように、直接の水害を受けなかった領地もある。だけど、そんなところには被災民たちがこぞって逃げて行ったのだ。
そして、逃げて行った先で生活が出来るようになったものはまれだった。物乞い、奴隷、娼婦……。そんなものに身を落とす者も多かった。治安は悪化し、多くの領がその対応に追われていく。
どうしようもない現状。どこもかしこも物資はなく、お金もない。
そう、お金がない。
食料もない。
だけど生きていかなくてはならない。
とりあえず、わたしは自室に戻り、自分の持ち物を物色する。
亡き母のドレスも宝石もとっくに売りつくした。屋敷の絵画や美術品も売った。……代々領主の肖像画と家族画は残してあるけれど、風景画だの花瓶だのは売ってしまった。もはや花を飾ることも出来やしない。ああ、わずかに残っている庭の花を切り花にして綺麗にラッピングしたら売れるかしら……って、無理ね。度重なる災害によって我が領のみならず、国内中これまでになく困窮しているのに、誰が腹の足しにもならない花など買ってくれるというのだろう。隣国まで花を売りに行く?交通費がかかりすぎる。治安の悪化した国内では護衛を雇わなければ安全な旅の保証などない。そんなものを雇えば利益が出るどころか当然マイナス。
では、どうするべきか?
わたしはわたしのドレスを見る。貴族の娘として最低限の嗜みとして、カクテルドレスとアフタヌーンドレス、イブニングドレスを1着ずつ残していたけれど、これも売ろう。どうせ夜会やらお茶会やらに参加できる状況ではないのだから、持っていても仕方がない。
あと他に売れるものは無いかな……と、眉間に皴を寄せながらクローゼットを睨むようにして見る。
大したお金にはならないけれど、普段着もあと一・二着なら売ってしまっても大丈夫かしら……ね。でも、流石にこれ以上服を売るのは……どうかしら?うーん……あ、そうだ、この髪を売るのはどうだろう?丁寧に櫛を通しているのでそれなりに見られる髪だと思う。髪の色も良いと思うのよね。この癖などない真っすぐな、輝く銀の色。わたしの唯一の自慢なのよ。あ、唯一ではないか。わたし、瞳も結構きれいだと思うの。ふふっ、うちの使用人たちのひいき目かもしれないけれど、「アメジストのような紫色の瞳に月の光を集めたような銀の髪、お嬢様はまるで妖精のようです!」と褒めてくれるのよね、みんな。……いくらで売れるかしら?セバスたちの朝食程度にはなるかしらねえ?……一時しのぎかもしれないけれど、せめて、少しでもお腹の足しになるのなら、髪くらい売っても構わない。でも……一時しのぎでは、本当はダメよね。もっと根本的になんとかしないと……。
そう、多少のものを売ったところでどうしようもない。わかっている。本当はわかっているの。リヴァイエス伯爵家に頼らずとも、このわたしが一人で稼げる方法を。
……ただ、その方法は……出来ることなら最後の手段にしておきたかったのよね。だってお父様もお兄様も絶対に反対するもの。これ以上どうしようもなくなったとしても、絶対にお父様もお兄様も「そんな手段は取るな、何とかする!」って言い張るでしょうし……。でもリヴァイエス伯爵家からの援助が無くなることを考えると、最終手段を使わざるを得ないところまで我がウェステルハイム家は追い詰められてきている。
わたしはすっと姿見の前まで歩く。そして、鏡の中のわたしをじっと見る。
美しく整えられた銀の髪。そこそこ豊かな胸。女性らしさを強調する細い腰……。
奇跡の女神とまでは言えないけれど、顔も体つきも貴族の令嬢の平均ラインはクリアしていると思うの。だから……売れると思うのよね、わたし。
そうして決意を込める意味で、隅から隅まで自分の姿を凝視していたら、コンコンと言う軽いノックの音がして侍女のニーナが入ってきた。




