婚約破棄
「リステリア・フォン・ウェステルハイム。私とお前との婚約は破棄だ。そして私はこの可憐なアデーレと新たな婚約を結ぶ。従って我がリヴァイエスからの援助も打ち切らせてもらう」
久しぶりにお会いする婚約者のラーカス・ド・リヴァイエス様は、我が屋敷にやって来て、馬車を降りた途端にそう宣った。
しかも、薄桃色の髪をした可愛らしい印象のご令嬢を引き連れていた。
「……どういうことですか?」
問う声が震えた。今聞いた言葉が信じられない。婚約破棄?
「……一つ確認したいのですが、それはリヴァイエス伯もご承知の上で?」
「もちろんだ。今後一切、我がリヴァイエス伯爵家はウェステルハイム伯爵家を支援しない」
「婚約破棄のみならず、両家で結んでいる相互扶助の協定も破棄するとおっしゃるので?それは本当にラーカス様の独断ではなく、リヴァイエス伯のご指示で?」
わたしの問いかけには答えず、ラーカス様は「おい」と後ろに控えている従者を呼んだ。リヴァイエス伯爵家の従者は、無言で手にしていたカバンからいくつかの書類取り出した。
「こちらが正式な婚約破棄の書類。そして、我が父からリステリア、お前とお前の父親あての手紙だ。もちろん内容はお互いの家の断絶について、だ」
「……理由を、説明していただけますか?」
ラーカス様の独断ではなく、リヴァイエス伯の意。しかも、断絶……。
余りのことに、目の前が暗くなりそうだった。
「困窮時にはお互いの家がお互いを助ける……。そういう約束を結んでいたはずですわよね」
「そうだ。だが、物事には限度がある」
「限度……」
「ウェステルハイム領の被災……、最初の暴風雨の時から既に二年の時間が経過している。その間何度嵐があったのかは知らないが、未だに復興の兆しすら見えないではないか。低地は相変わらず水浸し。一向に引かない水に、農作物など植える余地もない。流木や壊れた家の残骸も雨ざらしのままで、片付けてもいない。さすがに支援にも限度がある。リヴァイエス伯爵家の領地と領民を守るためには……ウェステルハイム伯爵家とは縁を切り、代わりにこのアデーレのクロイツアー男爵家と縁を結ぶ。アデーレの領地は全く暴風雨の影響を受けていないというからな」
「つまりは我がウェステルハイム伯爵家の領民に……、飢えて死ねということですね?わざわざそちらのご令嬢と共に我が家にお越しいただいたのは、ダメ押しと言うことですか?本気で今後一切の付き合いを拒絶……、これまでの長きに渡るお互いの相互扶助の関係を無に、いいえ、足蹴にするためのこの婚約破棄ということなのですね?」
「まあ……そういう意味にとってもらっても構わない」
「繰り返しますがラーカス様お一人の意思ではなく、リヴァイエス伯のご意思でもあるわけですね?」
「……そのようなものだと、理解してもらって構わない」
ちょっと歯切れが悪いですねラーカス様。婚約破棄についてはともかく、家と家の断絶についてはこのお手紙をリヴァイエス伯からの手紙の文面を、きちんと精査しなければならないかしら?……まあ、でも、両家の断絶なのだから、わたしが出しゃばる場面ではなく父の判断が必要だ。わたしが感情的になって、父の足を引っ張る事態になっても困る。
わたしはラーカス様の従者から書類と手紙を受け取ると、中身を確認することなく、それを我が家の家令であるセバスに手渡した。
「至急これを父に」
セバスは重々しく頷く。……単にお父様に手紙と書類を渡すだけではなく、この場で見聞きしたこと、特にラーカス様の発言や態度も含めてお父様にきっちりと報告するだろう。セバスは老いたとはいえ優秀なのだから。
「書類はわたしも後程確認させていただきますが、ご意思は固いようですね。では婚約破棄と相互扶助協定の破棄に関して、及びその慰謝料と違約金に関しては父とお話くださいませ。直ぐに父をお呼びいたしますのでサロンにてお待ちください。せめてお茶などお淹れいたしますから」
「いや、ここで結構だ。話し合うつもりもない。サインをもらいすぐに私は帰る。それで、君ともウェステルハイム伯爵家とも完全に縁を切らせてもらう。慰謝料も違約金もこの二年我がリヴァイエス伯爵家がお前たちを支援した、その金額でお釣りがくるくらいだろう」
「……相互扶助の契約はまだ破棄されてはおりませんわ。この二年のご支援は、相互扶助契約の範囲でございましょう」
「はっ!二年も我がリヴァイエス伯爵家から金をせびっておいて、更に違約金だと?強欲としか言いようがない」
……最初に曽祖父がリヴァイエス伯爵家を支援した、それ以上のご支援は受けていないと思いますけれど、と言ってやろうとして止めた。
これ以上何を言っても仕方がない。時間を無駄にするだけだ。
「そう……ですか。ですが判断するのはわたしではなく、父です」
一礼して、わたしはラーカス様に背を向ける。
後ろで「ごめんなさいねえええええ」などと余計なことを言ってくるご令嬢は無視。付き合って差し上げる優しさはない。
リヴァイエス伯爵家と縁が切れるのならば……この先の困窮は恐ろしいものになるだろう。本来ならわたしはラーカス様に縋りついてでも支援をお願いするべきだ。
理性では、それは分かっている。だけど、そんなことしてもきっと馬鹿にされるだけで支援はない。惨めな思いをするだけだろう。
ならば、これ以上ラーカス様に縋りつくのも時間の無駄。ラーカス様に頼るのではなく……わたしは領民を守るために、何か別の手段を模索しないといけない。
わたしは足早に自室へと戻っていった。




