7.16. 再会
その時、オレたちの席の後ろの引き戸が開いて、沈黙が破れた。
引き戸を開けて部屋に入って来たのは、黒留袖を着た女性だった。だが、その女性の顔を見て驚いた。倉橋香…叔母だ。
久しぶりに再会した叔母に、声をかけようとした。ところが、加賀さんはオレよりもさらに早く彼女に声をかけた。
「社長、ご指示の通り、桜井君を連れて来ました。」
「少し遅くなってごめんなさい。時宮先生、加賀さん、それに祥太君。」
「社長」? って、叔母が? どこの社長?
叔母に「社長」と呼びかけたのは加賀さんだ。…ということは、叔母は頭脳工房創界の社長…なのか? 祖父から会社を奪ったという…。
オレの知る限り、頭脳工房創界の「北山社長」が表舞台に立った姿を見たことは、一度もなかった。女性だと聞いたことはあったが、まさか叔母だったとは…。
あれっ? でも、祖父から会社を奪ったのは、男だったと聞いていたが…?
それに、叔母はこんな所に、一体何をしに来たのだろう?
オレが混乱していると、叔母の後ろからもう一人、振袖を着た女性が入ってきた。一体誰だ? 叔母は、何のためにこの女性を連れて来たのだろう?
いや…。オレは、多分、彼女を知っている!
その女性の身長、身体つき。…そして顔が見えた。他の誰でもない…。その女性を認識した瞬間、オレの混乱はピークに達した。
そこがどんな場所であったのか、すっかり忘れて叫んだ。
「里奈!!!」
彼女は、少し苦笑いをしながら、それでも小さく手を振った。
里奈の意識は戻っていたのか…。それに元気そうだ。何故、今まで連絡をくれなかったのか?
そんな里奈が、今、ここにいる。何故ここにいるのか分からない、オレと同じ場所に。
解らないことばかりだが、とにかく里奈の元気な姿が見れた!!! それだけでも、今日は良い日だった。休日、ここまで来る価値があった…。
やがて、叔母が加賀さんの前に、里奈がオレの前の席に座った。2人が席に着くと、引き戸がまた開いて、仲居さんがお茶と茶菓子を運んできてくれた。
それを見て時宮准教授が口を開いた。すかさず、茶菓子を放り込んで、お茶をごくごく飲んだ。…この高級そうな場所って、こんなマナーで良かったんだろうか?
そう思っているオレは、この雰囲気に少したじろいでいた。もちろん、お茶にも茶菓子にも手がつけられない。
口の中に茶菓子がなくなった頃、彼が再び口を開くと、今度は言葉が出てきた。…と思ったら、今度は
「それでは、本日のお見合いの仲人を、私こと時宮良路がつとめさせていただきます。」
と言い出した。
お見合いだって? 誰の?
慌てたオレは、加賀さん、叔母、そして時宮准教授の顔を変わるがわる覗き込んだ。しかし、誰も何も反応しない。
時宮准教授が加賀さんの方を向いて言った。
「まずは、桜井君の紹介をお願いしますね。加賀さん。」
だけどその後、加賀さんが
「今更だけどね…」
と呟いたのを、オレは聞き逃さなかった。
そう、今更だ。ここにいる時宮准教授、加賀さん、叔母、里奈の中で、オレを知らない人はいない。ということは、もしかするとこの「お見合い」は、形式的なものなのか? オレと里奈の…。
でも、何のために?
オレがそんなことを考えている間に、加賀さんがオレとの関係や、オレの経歴、人柄などを簡単に説明した。…一部、脚色もあった気がするけど…。
そして、オレの紹介が終わると、今度は叔母が里奈を紹介した。…と言っても、その内容は、もちろんオレの知っていることばかり。
あの事件からいつどうやって里奈が回復したのか? どうして里奈は、今、ここにいるのか? …オレの疑問に答えてくれるような話は一切無かった。
叔母の話が終わると、再び時宮准教授が口を開いた。しかし…
「それでは、あとは若い2人で話し合ってください。この場所は、あと1時間くらい借りているので、ここで話し合うも良し、移動するも良し。好きにしてください。それでは、大人は退出しましょう。」
と言うと、叔母と加賀さんと共に出て行った。
「お見合い」はこれでおしまい、っていうことらしい。
どこからか、カツーンと甲高い音が聞こえた。鹿おどしだろうか? そういえば、目の前の日本庭園もなかなか見事だ。加賀さんや叔母さんが同席していた時には、緊張していたせいか、全く気付かなかった。
でも、その前に佇む里奈に眼が止まった途端、そこから眼が離せなくなった。大人になった里奈。だけど、オレが知っている可愛らしさ…あどけなさと言うべきか…も確かに残っている。
すると、里奈もジッとこちらを見て、視線を外さない。しかも、その視線には徐々に熱がこもって来たように、顔が少し赤らんだような気がする。
何か、睨めっこをしているような…。
そう言えば、遠い昔、里奈とこんなふうにして遊んだことがあった。それを思い出して、つい笑みがこぼれた。
すると、里奈も笑顔になった。
そこで、オレは言った。
「里奈に尋ねたいことは沢山あるけど…とにかく元気になって良かった。」
すると、里奈は視線を外しながら、少し俯いて言った。
「ありがとう。私も話したいことはいろいろあるけど、その前に、倉橋里奈として桜井祥太さんに聞かなければならないの。」
この期に及んで、オレが里奈に尋ねられるようなことって、一体なんだろう? 少し怖さを感じつつ、応じた。
「何?」
すると、里奈はますます顔を赤くした…俯いていても判るくらいに。その後は、しばらく髪を弄って黙っていたが、やがて顔を上げてオレをジッと見た。
そして、里奈は微かな声で、絞り出すようにして言った。
「私を…倉橋里奈を…桜井祥太さんのお嫁さんにしてくれませんか?」
静寂の中で、全てが動きを止めた。
やがて、カツーンという甲高い音が聞こえて我に返った。
それで、呼吸を忘れていたことに気づく。
いや、心臓も止まっていたのかもしれない。
慌てて呼吸を始める。
そして、深呼吸をすると、ようやく頭に血が巡ってきた。
そうだ、これはオレが夢に見そうな状況だ。だけど、これは現実だ。
そして今日は「お見合い」…それが形式だとしても…。
それなら、オレがすべきことは、里奈の問いにただ唯唯諾諾と答えることではない。オレの思いもしっかり伝えなければ…。
オレは里奈の隣に移動して、彼女の手を取って言った。
「里奈、結婚してくれないか? またオレと家族になって欲しい。永遠に。」
里奈は言葉で応えるより早く、オレに身体を預けて、目を閉じた。そして、オレは彼女を抱きとめた。…顔が近い…もう限界だ。
オレと里奈は唇を重ねた。
…その言葉は、ずっと前から心の中にあった。
そして、オレから里奈の唇が離れると、彼女の言葉が再び告げられた。
「これからも、一生、よろしくお願いします。お兄ちゃん…じゃなくて旦那様。」




