7.14. アカシックレコード
そんな話をしているうちに、3人ともソファーに座った。そこへ、ムーコが3人にティーカップを持って行った。レモンの香りがする。多分、レモンティーにするのだろう。
すると、焼き菓子を持って母親について行った里奈は、そのまま祖母の隣に座った。
そんな家族の様子を眺めながら、オレは父に尋ねた。
「計画…って、父さんは一体何を計画したんだ?」
すると、父が応えた。
「そうだな。『何を計画した?』って改めて問われると、何て答えたら良いかな…? あえて言えば、やりたいことをやる。そして、そこに『みんな』を巻き込む…という計画?『みんな』には、お前たち家族や私と関わって来た人たち…時宮君みたいなのも含むんだ。」
うーん、さっぱり分からん。
でも、そんなところは何処となく、時宮准教授に似ているような…。いやいや、父が師匠で時宮准教授は弟子。おそらく、時宮准教授の方が父の影響を受けたのだろう。
父が時宮准教授みたいな話し方をするなら、話題が多少逸れても言いたいことを言わせ続けた方が良さそうだ。きっと、オレが聞きたい話を早く引き出せる…ハズだ。
そこで、父の話に乗ってみた。
「それじゃあ、その『父さんがやりたいこと』っていうのは何なの?」
「量子コンピュータで出来ることを突き詰める…ことかな?」
「あんまり漠然としていて、よく分からない…。」
…つい、本音が漏れた。
でも、オレの本音に対する父の答えは、逸れた話題がさらに逸れて行った。
「漠然としているって? それは違う。全てを言語化するのは難しいけど、それは私の心の中で明確な形になっている。やりたいことがはっきりしているからこそ、全てが定まる。」
「全て?」
父の話について行けず、母と祖父の方をちらっと見た。小さい里奈に焼き菓子を食べさせている母は、とても幸せそうだった。その様子を眺める祖父も笑顔だ。
オレが小さい頃には、こんな日常を送っていたのかもしれない。
父の話は続いた。
「そうだよ。若い頃に、私は宇宙の果てにアカシックレコードが存在するという話に熱中したことがあった。それ自体は、怪しげな話なんだけどね。」
確かに怪しげな話だな。 オレもそんな宇宙論の話を聞いたことがあるような気がするけど…。確か、アカシックレコードには宇宙で起こる全ての量子エンタングルメントが記述されているのだとか。
でも、仮にそんなものが実在するとしたら、そんな莫大な情報がどうやって保存されているのだろう?
オレがそんなことを考えている間にも、父の話はまだまだ続いた。
「やがて、私は思いついたんだ。量子エンタングルメントを全て把握できれば、それはアカシックレコードを読み解くことと同じだろう…と。それなら、量子エンタングルメントで動作する量子コンピュータで起こることを読み解ければ良いと。」
大分大きい話になって、イマイチついていけないけど、一応頷いておいた。すると、父は話を続けた。
「だから、量子コンピュータで知能…AI…を創ろうと思ったんだ。知識や推論が得意なだけでなくモーツァルトを超えるような芸術家でもある、『大賢者』みたいな存在を。それは、いつしか『アカシックレコード』を読み解いてくれるかもしれない…。」
ようやく、オレが尋ねたいことに話題が還って来たようだ。そこで、すかさず話題に踏み込んだ。
「それが、フォンノイマンのAI?」
「そうだ。現実世界で昔私が創った『フォンノイマンのAI』、そしてこのAM世界で私が創った『フォンノイマンのAI』。彼らが、今回、祥太に降りかかった災難を払いのけてくれた。そうだろう?」
やはり、そうだったか。「2人のフォンノイマン」に、オレは助けられた。そして、その「2人のフォンノイマン」を動かした影の黒幕は、やはり父だった。
…それが現実世界の父なのか、AM世界の父なのか? いや、AM世界の父を創ったのは、間接的には時宮准教授だ。そして、時宮准教授が現実世界の父の掌で踊らされていたとすれば…。
でも、いくらなんでも、現実世界の父がこうなることを知って「計画」していたとは考えられない。だから、
「でも、どんなに凄いAIでも、未来のことは予知できるとは思えないよ。だから、オレを『計画』的に助けたとは言えないと思うんだけど?」
と反論してみた。
すると、父はオレの反論に反論した。
「アカシックレコードは、物理的な時間進行とは関係なく存在する。今回、私は『フォンノイマンのAI』の協力で、少しだけエンタングルメントを読み解くことができたんだ。そうだな…現実世界で昔私が創った『フォンノイマンのAI』がニュース動画に現れただろう? あれは、祥太が助かることと実は関係があったんだぞ。」
これは…時宮准教授の言っていた予知夢どころの話ではない。少なくとも、このAM世界の父はその先、いや、もっと遠くまでぶっ飛んでいた。
父は続けた。
「今回は、祥太に危害が及ばないようにした。そして、できれば、現実世界では半端に終わってしまった私の仕事の、後を継いで欲しい。そのために、AIたちに協力してもらった。…こういう言い方をすれば、祥太にも『計画』だと理解してもらえるだろうか?」
父の話は、どうも大き過ぎる…。
ポカーンとしているオレに、AM世界のオレが小さい声でささやいた。
「AM世界は現実世界とは違うから、AM世界の父さんと現実世界の父さんとは違う存在だ。でも、思考パターンはかなり一致しているよ。だから、現実世界の父さんが生きていれば、AM世界の父さんと同じことをしていたのかもしれない。」
しかし、そういうことなら、オレの一つの疑問は解決したようだ。それでも、一応聞いてみた。
「それなら、オレが頭脳工房創界で量子コンピュータのシステム開発について、父さんとお祖父ちゃんは賛成している…のかな? 頭脳工房創界は、お祖父ちゃんの会社を乗っ取ってできた会社らしいけど…。」
すると、父と母、祖父も皆うなずいた。
3人の意見を父が代表して言った。
「もちろん賛成だ。思うがままに力を振るうと良いだろう。それに…。いや、それはまだ言わないでおこう。」
「何のこと?」
すると、今度は3人に、AM世界のオレとムーコも加わってハモった。
「近いうちに分かるさ。」
どういうことだ? …と思ったけど、誰も答えてくれない。
結局、オレは新しい疑問を抱えたまま、AM世界から退出した。
そして、現実世界に戻った後で、気がついた。AM世界はオレにとって居心地が良過ぎた…と。
何故だろう。
AMのオレが創り出した世界だから、オレにとって理想郷になるのは当然だろう。…だから、父、母、祖父、そしてもちろんムーコと娘の里奈がいる。
あれっ? 理想郷だから家族がいるのか? 家族がいるから理想郷なのか?
父や母、祖父、里奈。家族と過ごした時間を思い出す。それは、時に怒り、時に苦しみ、時には辛くて死を考えた時だってあった。
だけど、1人になった今は想う。それでも、温かい気持ちがそこにはあったと。




