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扉をくぐった先に広がっていたのは地平線が見えるほどの平原だった。くぐった扉は閉じるとその姿が消える。
『すべての魔物を討伐』
そんな試練の合否の条件が現れる。
それを横目に確認して周囲を警戒していた。
警戒していたのにも理由がある。辺りには夥しいほどの敵意と魔物の気配を感じていたからだ。
行きは良い良い、帰りは怖い…か。望むところだ。これだけの平原だ、思う存分暴れてやるさ
『アースガーデンプレス』
持っていた杖を床に接触させると、周囲の地面を高質化させて安全を図る。
『ハイ・マジック・エクステンション』
『マジックミラージュ』
対魔術対策を施した後それは起こった。
地平線が見えるほどの平原にどこから現れたのか埋め尽くすような魔物が前方に現れた。
「熱烈な歓迎ぶりだな…。過大評価はうれしいな…あ!」
近寄らせるつもりはなかった。
一瞬で五つの魔方陣が前方に浮かぶ。5属性の炎・水・風・土・聖の遠距離魔法『アロー』種を各二十発、魔物に向けて繰り出す。全力なので一発でも十分魔物を不能にすることができる威力があることは理解していた。
杖にその余波として魔力が籠り一瞬だけ光る。
着弾と同時に轟音と土煙が辺りを漂い視界を狭める。
それを何度か繰り返していたがどうしても討ちもらしはできるものである。
それでも周囲に魔物が寄ってきていることには気配で気がついた。
無詠唱で熱呪文を繰り出す。その余波で杖が光る。
『アルテマフレア』
最上級の熱呪文を繰り出した。
その威力は桁違いで周囲を覆っていた魔物の大半を屠った。
その後も最上級の魔法を次々と繰り出した。
そうしてしばらく経ち、周囲の魔物は駆逐したので遠巻きにいる魔物を見やる。
遠巻きでも警戒は解かない。
意識的に超回復を入れた。
しばらくその位置から動かず魔物の様子を見つめていると残った魔物は寄ってきそうにない事を知る。
『サイレント・ダークネス』
術師封じの呪文を遠巻きの敵の集団に向けて繰り出した。
けん制のつもりだった。
効果発動に少し時間のかかる呪文で発動にはタイムラグがある。
『フライ』
おれは飛行呪文を繰り出し少し近寄る。
魔物集団は俺に向けて様々な呪文を繰り出してきたのだが俺の纏っているマジックミラージュの効果が絶大で俺にダメージを与えることができなかった。
おれは着地する前に呪文を繰り出した。杖が光る。
『フリージングダスト』
この呪文と遅延呪文の封じの呪文が同時に魔物に直撃した。
周囲を見回し瀕死状態の魔物を確認したがあまりにも点在していた。
だがこれも想定内だった。
杖を振り上げ増幅の陣を敷き、それまでため込んでいた魔力と共に広大な結界を伴う呪文を繰り出した。
『デッドエンド』
最上級の魔属性即死魔法だった。そのすべての魔物は結界内に閉じ込められ黒い一点に吸われるように引き寄せられる。
黒い点は全ての魔物を吸った後閉じるようにその存在が消えた。
その後には静寂が辺りを覆い周囲の気配を確認するようにサーチを使い全滅を確認した。
試練だけあってドロップはしないようだな
『全魔物討伐を確認。条件を満たしました。観覧者と共に先の間の扉を解放します』
その言葉を聞いて俺は警戒を解いた。
杖をしまう。
「ふう……」
さすがに安堵からため息が漏れた。
思いの外、討伐数が多かったな
現れた扉をくぐると倉庫に使っている部屋に戻ってきていた。
「リュウ様お疲れ様です」
タテが労ってくれた。
背後の扉を見やると淡く光っていた。
「不思議な扉だな…。異空間につながっているとは驚きだ」
「隆さん凄すぎです…」
「あの数をものともしないなんて…」
「あの最後の呪文って何属性なの?」
麗奈が聞いてきた。
「あれは魔属性だ。最上級即死呪文だが、範囲だからな。使いどころはあまりないぞ」
「範囲って…」
「術者の魔力と相手の抗魔次第で合否か決まるんだ」
「楽しそうにしてたわね」
クリスが俺の腕を取る。
「それ、おもったわ」
ステラも負けじと腕を握る。
「はは、あれ程、周囲を気にせずに気ままに魔法ができる場なんてないからな。爽快感はあったさ」
おれはそう言って確認のために窓を開けた。
予想通り魔力は半分ほど使っていたようだ。
「めったに使えない最上級魔法の全力の確認ができたのはありがたいな」
「この後、準備次第、試練に入りますか?」
「いや、それも考えたが今日はやめとく。体調は万全にしておきたいからな。試練とはいえ何が起こるかわからないのもあるが次の試練は知の試練だ。疲れた頭では思考も鈍る」
「わかりました」
その日の夜はゆっくりするつもりだったのだが側室たちがそれを許すつもりもなく俺にあてがわれていた部屋に乱入してきた。
それをタテは予測していたのだろうか俺の部屋のベッドはなぜか大きいので何もしないという言葉を信じてその日は同じベッドで5人全員が休むことになった。
いつも思うのだが俺の隣は争うことなくその日によって変わる。というのも側室たちによって順繰りになっているようだ。一番人気なのは俺の右側だ。
なぜかといえば俺の抱き癖のせいだ。
右腕が高確率で人肌を無意識に求めるのか翌朝には必ず右側に寝ている側室の体を抱いているせいだった。
左側も無意識に人肌を探すのか右腕ほどではないものの人肌があると抱いている。
この無意識の人肌を求める癖には理由がある。その理由ゆえに治すことができないくせになっている。
この人肌を求める癖には香里菜を失ったトラウマに関わっている。
香里菜を失った喪失感から人肌を求めているのである。
そのトラウマゆえのものだが理由は話していないので側室たちは同じベッドに眠るだけでも抱きしめてもらえると嬉しいようだった。
翌朝も両腕がそれぞれ腰を抱いていたようだった。
因みに一人だけだと両腕でガッツリ抱いていることが多いので良し悪しだ。
両腕を引き抜くと高確率で相手も目を覚ます。
この日はリューイが右で左が優美だった。その外側を埋める形でクリスとステラが眠っている。俺の上はいつもエリーゼでこの位置だけは変わらないようだ。
エリーゼの頭をひと撫でしていつものように胡坐をかいて魔力操作で体の目を覚ます。
この聖地という土地柄なのかいつもの警戒心は働かなかったので疲労はない。
俺の魔力鍛錬が終わる頃にはベッドで眠っていた皆は目を覚ましていた。
寝起きのキスをエリーゼ以外の全員にしてから俺はベッドを出る。
身だしなみを整えてから朝食を取った。
試練は午後から予定していたので朝はゆっくりしていた。
そんなゆったりとした空気を乱したくはなかったのか側室たちは全員が頷くようにくつろいでいた俺に質問をしてきた。
その質問におれはさすがに驚いたが聞かれれば答える覚悟はしていたのですぐに気を立て直す。
その質問は香里菜について聞きたいというものだった。
「本当は聞いちゃいけないのかもしれないけど海さんたちに聞いたら本人に聞くほうが良いって言われたのよ」
「そうか…」
「やはり気が進まんかの?」
「いや、覚悟はしていたから…」
俺は首を軽く横に振った。
「彼女、香里菜は自分の感情を表に出すのが苦手な人でね。かといって自分の主張をしないわけではないんだけど、いつも周囲に流される人だったな」
「そうですよね。隆さんの後ろにそっとついてくるような人だったわ」
「ステラよりも物静かな人…?」
「そうかもな。初めて出会った時も彼女の荷物が盗まれたのを目撃してしまってね。後を追って取り返したのがきっかけだったんだけど、その時も感謝するだけでうまく言葉にできない感じだったな」
「香里菜さんの生い立ちを考えれば仕方ないことだと思います」
優美の言葉に疑問が出た。
「生い立ち?」
「俺と香里菜はとても似た者同士でな。両親から疎まれた者同士で気が合ったんだよ」
「え」
「疎まれた…?」
「ああ、彼女の場合は俺と違ってすぐに手が出たらしいから人とうまく接触して会話するのが苦手になったんだよ」
「リュウと違うって…」
「そういう意味ではおれは運がいいのさ。手が出たわけでなく居なかったことにされただけだからな。早々に家の中に見切りをつけたからな」
「俺、それ知った時、自分のせいだと思ったよ。生まれてきた俺のせいで兄さんは家に居場所がなくなったんだって…」
「海、前にも言ったろ。あの母さんは俺の事を初めから認めてなかったって。父さんの子供だったから世話をしてくれただけだって。お前が居なくてもいずれ放置されたのさ」
「兄さん…」
「だからなのね。エリアーナお母様に甘いのは」
「はは、そうだな。俺にとって初めての母さんには違いない。生みの母は二人いても育ててくれたのは今の母さん一人だ」
「兄さん」
「だからかな。同じ境遇だった空気を持った彼女を放っておけなかったのは」
俺は彼女を想った。
うまく人と話すこともできなかった彼女に共感したのかもしれない。
どこかで他人すらも信じられない彼女に手を差し伸べて他人がみんなそんな危害を加える人ばかりじゃないと教えてあげたかった。
おれが師匠から教わったように無償の信頼を彼女にあげたかった。
「そんな彼女は俺のこともすぐに理解した。同じ痛みを持つ者同士理解しあえた。だからこそお互いを想うのに時間は掛からなかったよ」
「理解しあえたからお互いを必要としたのね…」
俺は頷いた。
「でも彼女が時々体にあざを作っていたことは知っていた。そのあざを作ったのが実の父親と知った時、もう彼女をあの家に、実の父親のいる家に帰すことができなかった」
「兄さんは守りたかったんだよね」
「ああ、だから彼女と同棲するようになった。今にして思えばあの時にはもう決めてた。彼女となら俺も幸せになれるかもしれないと。一生そばにいて欲しいとそう思ってた」
「なにかあったのじゃな?」
俺は頷いた。
「同棲してから俺たちは本当に幸せだった。工藤隆の一生に一番の幸福な時間だったと思う。でもそんな時間も長くは続かなかった」
「隆さん…。私が知り合ったのもその頃だったわ。はた目から見ても、とてもお似合いの二人だった」
優美がそう言った言葉に麗奈や覚も頷いた。
「そうね。隆さんのその性格から当時からモテていたけどそんな女性から二人を見た途端に敗北感を持つ人も多かったわね」
「………。ある日実家に帰っていたはずの彼女が家に帰っていたことに驚いた。また実の父親から暴力でも受けたのだろうかと思ったがそんなんじゃなかった。もっと酷かった」
「兄さん…」
「部屋から一向に出てこない彼女に異変を感じて部屋に入ったおれは彼女の恐怖を知ったよ」
おれは目を瞑って軽く横に首を振った。
「彼女は怯えてた。何があったのか聞く必要もないほど彼女の服は乱れていたからな」
クリス達は驚いた。
「それって…」
「彼女は実の父親に手籠めにされたんだ」
おれは気持ちを落ち着かせた。
「……………。本当なら時間をかけて傍にいて、彼女の心の傷を癒してあげるべきだったのかもしれない。でも俺には縋りついてきた彼女に拒絶できるほど心ができる人間じゃない。彼女は部屋に入ってきた俺に開口一番に泣きながら言ったよ。〈あなたにあげるつもりだった純潔を上げられなくなった〉と」
俺はしばらく声にできなかった。
あの時のことを思うと苦しくなった。
そんな俺にみんなは気がついたのかステラは腕を握ってきた。
しばらく心を静めて言った。
「不思議に思うか?二十を超えた、想いあった男女が一つ屋根の下に半年も過ごしておきながらキス一つしたことがないほど俺たちは純粋だった」
「…………。信じられんのう…」
俺はそんなリューイを見て少し笑った。
「お前らしいな…。彼女がそれを、進展を拒んでたというのもあるかな」
右側のクリスは俺をいたわるように身を寄せてきた。
その頭を撫でる。
「だからこそ、縋りついてきた彼女を俺は拒絶することはできなかったよ。彼女と付き合い始めるまで女っ気が無かった俺だからどうすればよかったのかおれには分からなかった。だからこそ俺にできることなんて限られてた」
「………兄さん……」
「俺にできることは彼女の苦痛の上書きだったのかもしれないが彼女が求めるままおれは彼女を抱いた。その日から毎晩な」
「毎晩…か。納得じゃのう。それであればあれ程に女の体を知り尽くした理由が納得できるのう」
「あの時は猫だったわたくしも傍にいるのが難しかったですわ」
「はは」
おれは少し居心地が悪く感じた。
そんな俺を知ってかタテがみんなの分の茶を出してきた。
おれは取ってくれたステラからそれを受け取り軽く飲む。
両手でカップと持ち琥珀色の液体を見つつ続ける。
「当時すでに外に出て職を持っていた俺は朝仕事に出て夕方に家に戻る生活を続けていたんだが彼女は一人が不安になっていたんだろうと思う。夜はそばから離れようとしなかった」
カップの中の液体を回して見つめる。
「そんな生活が三か月ほど続いたかな。当然といえば当然なんだが、彼女に乞われるまま関係をつづけたということもあって避妊する余裕はなかったからな。彼女から子供ができたと報告されたよ」
「当然じゃのう…」
「一抹の不安があった。だから俺は女性の体に関して調べるだけ調べたよ。確率的に言えば俺の子供の可能性が高かったんだが彼女はその不安が消えないと泣いた」
「それは…」
「不安でしかなかっただろうと思う。彼女も俺も俺の子であってほしいと。でないととんでもない出自の子になってしまうから」
「実の父親ですものね…」
「……ああ。彼女の不安を取り除きたいと思った。不安ではあったけどそれ以上に俺は彼女の子供なら愛しめる。腹の子の実の父親が誰かなんてどうでもいい。確実なのは彼女の子供という事。俺はそれだけであれば十分だった。彼女の子供なら俺が父親になる。そう思っておれは彼女と結婚することにしたんだ」
「香里菜さん最初は断ったと言っていたわ。枷になりたくないと」
その麗奈の言葉に俺は少し笑ってカップの茶を飲み干した。
「ああ、だけど俺は譲らなかった。同棲したときから決めていたことだったからな。最後には折れてくれたけどそれも今にして思えば悪手だったのかもしれない」
「臨月間際に兄さんの元から出て行方知れずになったんだよね…」
「臨月間際にかえ?」
「ああ。………彼女は二度とおれの元には戻ってこなかった。帰ってきたときは子供もろとも冷たい体だった」
「リュウ…」
「彼女は高い塔のような建物の上から身を投げて自殺した。彼女の死を確認した医者から聞かされたよ。子供は近すぎる血のせいで奇形児だったと。彼女は恐らくそれを聞かされて絶望してしまったんだ」
「僕らの世界では調べようと思えば簡単に父親が誰なのかわかるからね」
「それって……」
「腹の子供は俺の子ではなく実の父親の子だった」
クリスやステラは息をのんだ。
「…………」
「だからなのじゃな。意に染まぬ妊娠はろくな結果にならんといったのは実体験じゃったのか…」
俺は頷いた。
「あの後、香里菜さんを失ってからの兄さんは酷かったよ。仕事も手につかず荒れたよね」
「そうだよな、一時期は本当に後追い自殺をするかと本気で心配したからな」
「とても一人にはできなかったわ」
「優美には感謝してるよ…。優美がいたから俺はやっと前を向くことができたから…」
「立ち直った後に事故で亡くなってしまったから後追いと言われたわね」
「そうなのか?」
「うん。でも俺たちは後追いじゃないことは知っていたからね。そんな噂はすぐに消えたよ」
「すまんかったの。辛いことを思い出させてしもうた…」
俺は首を横に振ってその言葉に応える。
「覚悟していたことだから気にするな」
「私たちは大丈夫よ。貴方の子ならいつだって受け入れられるもの。ろくな結果とやらにはならないわ」
「ええ、そうですわ。むしろ子はまだかと急かされてしまいますわ」
おれはさすがに笑みが浮かんだ。
「言いそうだな。特にリチャード王は」
「でしょ?」
「お父様も言いそうだわ」
「こうやって香里菜の事を話せるようになったのはお前らがいたからなんだ」
「リュウ…」
「お前らが俺を慕ってくれたから俺は立ち直れた。たとえ胸の奥に香里菜がいても一人ではできないこともある。感謝してるよ俺の傍にいてくれたことに…」
「妾たちでも役に立ったのかえ?」
「役に立つとか立たないという事じゃない。お前らは全員俺にとって大事だから、できればそばにいて欲しい、そう思ってるよ」




