2ー2
召喚されたおれはイヴァースへとその身はあった。
イヴは召喚した俺をギュッと抱きしめてきた。
俺との身長の差が激しいので腰に回した腕を感じつつイヴの金髪の頭を見下ろした。
「おれは…」
「いいのです。貴方は心が傷ついている。前に踏み出せずにいることを誰が非難しましょうか」
「イヴ…」
「今は何も言えません。ですがいずれすべてが好転します。私を信じなさい」
「好転…?」
「はい。今は苦痛を伴うこともあるでしょう。ですがすべての答えと共に幸福は貴方の中にある。信じられませんか?」
「………。いや、信じましょう…我らが女神イヴよ…」
「心安らぐのならいくらでもここに居てもいいのですよ…」
「俺がいてもいいんですかね…?」
「ふふ、もちろんです。私の大事な御子なのですから」
イヴはそう言うと少し背伸びをして触れるだけのキスをしてきた。
それはとても懐かしくて酷く落ち着いた。
心の苦しさが和らぐような気さえした。
おれは初めて訪れたイヴァースを改めて見回した。
「エデンとよく似ている…?」
「泉周りは同じですが広さはこちらのほうが広いのです。それに、こちらに」
イヴは俺の腕を握って引っ張る。
「?」
誘われるままにおれは歩くと奥のほうに二人用なのか大きいサイズの変わったソファが一脚あった。ソファというには座る部分がとても広く長いソファだった。ソファを言うよりも寝そべるような作りだった。
「これは…?」
「千年前にウィリアムがここに置いたベッドチェアというものだそうです」
「ウィリアムが…?」
俺はそれを聞いてスキルを紐解き使い方を調べると確かにあった。
イヴは強引に俺をそこに座らせた。
その直後、イヴは俺の服を剥いた。服はそのまま収納される。
「イヴ?」
さすがに全裸にされて羞恥が沸き起こるがイヴは気にも留めない。
「あまり外界の服はここではいけないのです」
「……穢れ…か?」
「はい、アルフ神が不在である以上聖別されていないものはこの地の乱れにつながるのです」
「でも…」
「この場には教皇以外誰も来ません。きにせずとも良いのです。貴方にはここに座っているだけでは落ち着かないでしょうからこれを」
イヴはそう言って装飾過多な本を取り出した。
「これは…?」
「今の貴方が探している本です」
本を受け取って表紙を見た。
〈大賢者のススメ〉
「これ…!」
「この神殿にあるものは全てわたくしの聖別がされていますのであなたも願えばすぐに手元に来ます」
「ありがとう…イヴ」
イヴは笑みを浮かべ寝そべるように座っている俺の上に軽く上半身だけ乗ってきた。
軽く力が吸われる感覚がのぼるがイヴと接触すれば避けられないことらしいので気にしないように本を見る。
おれは速読を使わずに読むことにした。
静かな時間が流れる。
読んでいた本から視線を外して本を閉じる。
ふと胸元にいるイヴを見ると目を瞑って俺の心音を聞いているようだった。
そっと頭の髪を軽く指ですいた。
感覚から吸われているだけではなく、イヴからも力を与えられているようだった。
そのせいなのか徐々に安堵からか睡魔が襲ってきた。
イヴの頭に手を置いたまま意識を失っていた。
意識を回復させた俺はずいぶんと時間が経っている事に気がつく。空が赤く染まっていたからだ。
「かなり意識がなかったのか、おれは…」
「それだけ心が傷づいていたという事です」
「……それだけじゃないだろ?」
イヴはにっこりと笑った。
「リュウの中にあるアルフの力がこの地に循環しています。ひさしぶりにこの地が活気に満ちています」
「器ならではという事か…」
「はい。リュウの体と魂はこの世界に散っているアルフの力を集めるのに最も適した存在ですので。ウィリアムでも効果はありましたがリュウほどではありませんでした」
「そうか…。それよりもさすがに時間が経ちすぎているのか腹が減ってきた」
「そうですね。この場にはリュウを満たすものはないので移動しましょう」
「移動…?」
「はい。イヴァースの聖地は神殿を覆っていますので私も移動できるんです」
そう言うとイヴは俺から離れて立ち上がる。
俺も本を持ったまま立ち上がる。
「なにか体を覆う服が欲しいんだが…」
「それは大丈夫です。あちらに用意されていますから」
イヴはそう言って前方を示した。
案内された門前にある籠をみると禊に使った薄衣が置いてあった。
「これ薄いから好きじゃないんだけどな…」
手に持つと禊用と違いしっかり体を覆い隠すことができるものだった。
とはいえ、薄衣には違いないが。
籠にあったローブ型の薄衣を着てしっかり紐を結った。
「ではいきましょう」
「ああ」
イヴは扉に手を翳すとそれだけで扉は開いた。
左手に本を、右腕にはイヴが腕を取って扉をくぐるとそこには教皇や神官たちが跪いていた。
「え、あの…」
ずらりと二十人近くいるだろうかその彼らは全員跪いているのだから壮観だった。
「私はあまりこの扉をくぐることはないので…」
イヴがそう言った。
「ああ、そういう事か…。でもいいのか?」
「構いません。今は貴方と繋がりアルフの神力を高め拡散することが重要ですので」
「おれ、そんな重要なこと何もしていないはずなんだが…」
「貴方は何もせずとも良いのです。息をするよりも簡単に無意識に器として集めているのですから」
「そうなのか?」
「はい、それを有用に活用しているというだけです」
「それは良いんだが、こうやって畏まられても居たたまれないから立ってもらえますかね?」
そう言った直後だった。
「リュウ!」
クリスの声だった。声のほうを見ると駆け寄ってくるクリス達がいた。
「ここに来ていたのか…」
「ええ、今朝早くにリュウ様が消えた後、神殿から使いの者が来てこちらに来ていると招待を受けたのですわ」
「そうか。すまなかったな」
「大丈夫なのかえ?」
俺は首を横に振った。
「自分の気持ちに整理がつかないだけだ。だけどイヴの言うことは信じられるから…受け止めようと思う。できるかはわからないが…」
「大丈夫です。今は苦痛でも好転し幸福に感じるときは来ます。そう遠くはない未来に…ですが」
イヴがきっぱりと言い切った。
「全部知っていてなお、なんで教えられないのか聞きたいところだけど…」
「今の貴方はまだ知らないこともあります。貴方が、気が付かねばならないことです。彼女のことに関しても告げることは簡単です。彼女が何者なのかどこから来たのかどこへ行こうとしていたのか知っています。ですが…それらは全てリュウが自身で気がつかねばならぬことですので」
「彼女……?」
クリスが不思議な顔をした。
「さぁ立ち話もほどほどに食事の用意はできておりますから」
教皇が言ってきた。
「個室で食事できるところはありますか?」
俺は教皇に聞いてきた。
「大丈夫です。用意させてもらいましたので」
タテがそう言ってきた。タテは少し不安げに見つめているのでそこでいまだに共有を遮断していることに気がつく。
「すまなかったな」
俺はそう言って遮断していた共有を繋げた。
「いえ、お気になさらず」
イヴは行く場所を知っているのだろう。俺の腕を引っ張ってきた。
「いきましょう」
「あ、ああ」
おれは引っ張られるままつられるように歩き出した。
一同が食事できる部屋で神殿での簡素ともいえる食事を終えてホッと一息ついていると俺の背中にもたれるように同じ椅子に座っていたイヴは立ち上がり俺にのしかかるように背後から抱きすくめてくる。
「イヴ?」
「栄養摂取終わったのですか?」
「え、まぁ…」
「ではイヴァースに戻りましょう」
「え」
「一緒に戻りましょう。まだ足りないのですから」
イヴはそう言うと俺の腕を引っ張る。
本をもって引きずられようにして立ち上がるとさすがに慌てて聞いた。
「たりないって…」
「リュウのおかげでアルフの神力がこの地を中心に広範囲で満たしました。ですがそれに合わせて魔の物が活性化しています。整調が必要なのです」
「魔物が活性化してる?」
「はい、この地はしばらく前から魔の物が活性化しつつあったのですが浄化が必要なのです」
「ああ、そういう事か…」
「ですから戻りましょう」
さらに引っ張られて俺は一同を見て一言だけしか言えなかった。
「すまん…」
一同はさすがに苦笑いを浮かべていた。
引きずられていくようにリュウはイヴに連れられて部屋を出て行く様を海たちは声を失うように呆れるしかなかった。
「すごいね。ずっと離れなかったよ」
「あの方がこの世界の神と言われているというのに納得できるな」
「そうね、何というか生活臭のようなものがなかったから…」
麗奈の言葉に頷いた優美とエリーゼだった。
「エデンの時はさほど長い時間会っていなかったから気がつかなかったのう」
「離れなかったのも理由があったみたいだけどそれ以上にリュウに暇を与えていない感じがしたわね」
「暇を与えるといけないとわかっていらっしゃるのかもしれませんね」
エリーゼが呟いた。
「どういう事?」
「リュウ様の心の奥底では未だ不安定な御様子でしたからそれを防いでいらっしゃるようです」
タテがそう言った。
「そういえば気持ちの整理がつかないって言っていたけど…」
「何かの理由で過去の香里菜さんを失った古傷が開いてしまったようですわね」
「そうみたい…」
優美が軽く沈んでいた。
「香里菜さんを失った時の兄さんは、それは酷かったからね…」
「そうだな。後追い自殺を図るかと心配したほどだったからな」
「でも何の理由でそんなことになるのかな…」
「誰かとここに来るときに一緒だった人がいたようですね」
「そうなの?」
「はい、どうやらかなり親しくなられたようです。その方の存在がどうやら不安定な心の原因のようです。それ以上は共有でもわからないですが」
「親しくなってそれでどうして恋人の古傷が開くのよ…」
リューイは一つ思い当たることがあった。
「ひょっとしたらリュウに特別ができたのやもしれんな。カリナ殿とやらと同じだけの想いが湧き上がったのやもしれん」
「ああ…そういう事か。兄さんならあり得るかも。忘れたくないのに別の存在が気になるのが自分で許せないのかもしれない」
「だとしてもじゃ、妾はリュウに惚れておることに変わりはない。どのようなリュウであったとしても受け入れるぞな。それだけの覚悟はしておる。そばに侍ることができるだけで十分じゃしのう…」
「リュウは優しいから私たちに気を使ってしまうのかもしれないわ」
「あり得るわね。平等にできなくなりそうだとか思ってそうだわ」
「要らない心配ですわね。私たちはリュウ様の傍に居たいからいる。リュウ様が一人を贔屓するような人じゃない事くらいわかりますわ」
側室たちは全員その言葉に頷いていた。
「その言葉をリュウ様にぶつけてみてはいかがですか。きっと喜んでくださいますよ」
「もちろんそのつもりよ」
クリスは強いまなざしで言い切った。




