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ロビンソンがエルフ郷に帰還して丁度二十日経ったその日ロビンソンとタテは日巫女によって城へと呼び出された。
理由は表向き世界樹に無断侵入した件を問い、撤退させる決断のための協議というものだった。
だが、日巫女も姫巫女もその臣下たち一同はそこに始祖の解放という懸案事項があるのは既に知る事実であり決定事項だった。
日巫女の座すその場は城の奥深くにあり一段上にある床に広い座布団が敷かれてある場所で日巫女は正座で座っている。日巫女の髪は青みがかった白い髪を長く後ろに一纏めしてあった。
日巫女の斜め前方に姫巫女が同じ装束と髪型をして正座している。
その場には日巫女と姫巫女と臣下を代表した二名。そしてクリフが同席していた。
姫巫女の手前に一段下がった床に臣下たちが座布団を敷いて並ぶように座っている。部屋のすぐ入り口付近に床にじかに正座しているのはクリフだった。明らかに差別感が出ていたが当事者でありながらも決定権のない立場では仕方ない事なのだろう。
日巫女の後ろには大きな布のカーテンが壁一面にかかっている。刺繍のきめ細かな作りがとても周囲に絢爛さを醸し出していた。
ロビンたちが入ってすぐにクリフに気がつく。
だがクリフはどこか視線が定まっていなかった。
世界樹に最も近い部屋のせいなのか守護の力が強く働いているせいなのか操作がうまくいかないようだった。そんなクリフを見て正面の日巫女を見るロビンソン。
「お待たせしましたね」
「うふふ、少しも待っとらんから気にせんでもええ」
「博士は連合国の代表ととらえても構わないのかな?」
「代表ではないですね。ですが今、世界樹に居られる我らの覇王様を返していただくための窓口として自分が指名されましたのである程度は融通が利きます。隣の方は同僚であり上司でもあるタテ殿です。覇王様の親衛隊長でもあり覇王様の専属守護の主任でもあられる方です」
「どうも、タテといいます。お招き感謝します」
「お前さんは魔人族のようだね。珍しいものだ。もう絶滅したと思って居ったにの」
「この時代の魔人族は行方が分かりませんのでその言葉を否定できないのは悔しいですが種の存続を図るため我らは覇王様に仕えていますので魔人族が滅びることはありませんよ」
「ほう、興味深いことだね」
日巫女は少し驚きの表情を見せた、だがそれは一瞬だった。
「さて、今回貴殿らを呼んだのには理由がある。呼ばれた理由は予想がついているやもしれんがあえて言わせてもらおうかの」
「世界樹に寄り添う我らの同胞の事ですか」
「その通りじゃ。疑問に思うてならんのだがの。そ奴らが侵入した世界樹の場所は我らエルフですらも、おいそれとして入ることができぬ禁域だ。世界樹と我らの強固な結界が遮る魔力すら通らぬ場。我らの始祖の眠る禁域にどのようにして侵入したのか応えてはもらえんかの?」
「教えたとして貴女たちは同胞に何もしないということはないのではないですか。だどしたら教えるわけにはいきませんよ」
「罰するなというのか?」
「そうです。罰するというのは理不尽です。あの場には我ら覇王連合国の主がいる場。命の危機にある我らの主を守るための守護機能が働き、主の使い魔たる我らは守るために傍にいるだけです」
「それを信じろというのか。貴殿らは」
「信じるも信じぬも事実です。我らの主をかの世界樹は長きにわたり拘束している。返していただきたいだけです。我らウィリアム覇王連合国、今代の覇王、リュウ=クドウ=マリノス様を!」
エルフたちはタテのその威圧と共に譲る気はさらさらない言葉にさすがにざわついた。
「貴殿らの言いたいと事と共に事情は理解しよう。だがの、世界樹が貴殿らの王を拘束しているなど妄言に付き合うわけにはゆかぬ。世界樹に眠るは我らの始祖様。太古より世界樹と共に我らを見守りくださっている方であり貴殿らの王ではないであろう」
「覇王様ではありえないという理由は何ですか?」
「貴殿らの覇王殿が誕生するよりも前から世界樹におわすお方だ。ありない事だ」
「それこそ、浅慮と言わざるを得ませんね」
「浅慮と申すか!」
臣下たちがいら立ち始める。
「浅慮と言わずして何なのか。我らが覇王様は大賢者の知識と能力をお持ちの御方だ。あらゆるすべての呪文を習得し新たに作り出すこともできるお方だ。この意味を理解する者は魔力に高い知識をお持ちというエルフ族殿でもいないのでしょうか?」
その言葉で周囲はざわつく。
「あらゆる呪文といったか?」
周囲がざわついて落ち着かない空気を一括するように、日巫女が聞いてきた。
「ええ」
「もしや、時空属性すら使えるというのか?」
「我らの覇王様は至上の御方です。当然お使いになられますよ。時空呪文は一つの呪文でも大きな影響を世界に及ぼす危険と隣り合わせな呪文属性ですので、めったにお使いにはなられませんけどね」
「なんという事だ…。ヒューマにそのような者がおるとは…」
「少し前に覇王様に事故が起こり、その時空呪文が暴発した可能性があるのですよ」
「なるほどのう…。時逆の呪文でもおかしくはないという事か」
日巫女がその事態に気がついてどうするかを思案しているのを臣下たちは息をのんで見守っていた。
しばらく沈黙が流れていたその時タテがいきなり背後のクリフに視線を送った。
そのタテが気づいた魔力の異変にロビンソンと日巫女も気がついた。
「失礼しますよ」
そう一同に断りを入れたタテはクリフに近寄る。
「大丈夫ですか?」
「……………」
彼は答えなかった。
答えとばかりにその体が横に傾いて床に落ちた。
派手な物の音が響いた。
タテは慌ててゆっくりと上体を抱えて腕の中に座らせる。その体は幾分縮んでいるように見えた。
ロビンソンも近寄ってきた。
そこで異変にロビンが最初に気がついた。
「魔力が萎んでいる?」
姫巫女が心配げに近寄って来て言った。
「この部屋には魔道具阻害の結界があります。そのせいでしょうか…?」
「部屋の外の廊下まで効果があるんですか?」
「いえ、そこまでは効果はないはずです」
「ひとまず廊下に出します」
日巫女は頷いた。
「構わぬ」
慌てるようにクリフを廊下に出し、ロビンは人形の魔力を精査していた。
「………、どうですか?」
姫巫女が聞いてきた。
「よくありませんね。気のせいではなく本当に魔力が萎んでいます。それも急速に」
「どうしてそうなったのかわかるか?」
さすがに気になったのか日巫女が寄ってきて聞いてきた。
「この魔石に込められている魔力はどうやら絶対魔力のようです。長く体から離れすぎたようですね。急速に消えつつあります。このままではこの魔力の持ち主である本体も死んでしまうでしょう。戻さなくてはいけません」
「なに、絶対魔力じゃと。確かか?」
「それって魔力の持ち主である始祖様が死んでしまうという事?」
「はい、確かですよ日巫女様。このまま放置すればそうなります」
「ふむ……、非常事態という事か。あい分かった。始祖様の命を守るのは我らとて同じこと、このまますぐに禁域の始祖様の元へ運ぼうぞ」
「部外者を禁域などと許されませんぞ、日巫女様!」
臣下たちが制止してきた。
「部外者云々という場合ではない。始祖様の命を守るは世界樹の意志、そのものであるぞ!」
その日巫女の言葉に反対する言葉と理由が浮かばなかった。
「連れてまいれ」
「……英断、感謝いたします」
タテはそう言ってクリフを抱えた。
日巫女は一同を連れ、先ほどの部屋に戻ると奥にある布のカーテンの紐を引っ張りカーテンを開けるとそこには大き目の扉が隠されていた。
「ここよりはエルフの禁域。口外は許さぬ。もっともこの先に入ればここを口外できぬ呪が掛かるのでどのようにして侵入しようともその呪からは逃れられぬ。そなたらの同胞も同じ事よ。それが罰ということになる」
「それ以外にありますか?」
クリフを抱えたまま、移動している日巫女に追従して聞いてきたタテだった。
「ないわ。解呪不可能な呪だからこそこの禁域に限っての口外厳禁なのよ」
それに答えたのは姫巫女だった。
「元より口外するつもりはありません。我らの主ならばそう厳命なさるでしょうし、何よりも我らの主の子孫ならばなおの事、害するつもりはありませんよ」
「本当にそう言えるのか?」
日巫女が聞いてきた。
「もちろんですよ。我らの主リュウ様は元々、人同士の争いを特に嫌われる御方ですからね。その御意志に逆らうような同胞は一人もおりませんよ。心配ならば主の名と共に神にすら誓えますよ」
「ほう…。さすがは魔人族の忠誠か。絶対の忠誠という事か…」
扉の先にあった長い階段を下りた先には少し開けた場所があり、広場のようなその場所の中央には噴水らしき物と外側には川が流れていた。その広場の奥には同じ文様のある扉があった。
「この噴水はすぐ傍を流れるレテの水から引いている水よ。民たちは別名を世界樹の雫と呼んでいるわね」
「この水から捧げていたのですか?」
「ええそうよ。貴方から頂いた神の薬のおかげで役目を終えた形になるわね」
扉を前に日巫女がクリフを見た。
「実を言えば世界樹は始祖様を解放しようとしておってな。何かの条件が揃って居らなんだのか実行されはしておらんかったが、ここ一月ほど世界樹は始祖様から魔力を吸ってはおられなかったんじゃ」
「それでは…」
「うむ。今にして思えば姫巫女が持っていた魔術人形に始祖様の魔力が宿った時からだった。恐らくじゃが不測の事態だったのかもしれん。体から出るはずのない絶対魔力が体から出てしまったことで解放を促した可能性は否定できん。それ故に世界樹は始祖様に生きていて欲しいのだと我らも気がついたのじゃ」
日巫女は扉に手をかける。
「この先に始祖様と世界樹の深奥ともいうべき根がある禁域だ。そなたらの同胞もいる場だ」
「はい」
禁域へ入った。
エルフの日巫女が入ったからだろう入り口付近にあった光の魔石が輝き辺りを照らし出した。
奥にも燭台が二つあり、その燭台もまた光の魔石だった。その燭台も輝いた。
炎が厳禁なのは見てもわかることだった。
正面には祭壇がある。燭台が二つ置いてあった。その祭壇の奥に彼は居た。
祭壇と同じ高さに背後の木の幹に張り付けられるようにその体をおびただしい木の根に拘束されていた。
着衣は何も着てはおらず、腰より下はおびただしい木の根によって視覚では確認できなかった。
黒い髪を持ったどう見てもヒューマの十歳くらいの少年が眠るようにしてそこにいた。
タテ達がその様子に見入っていると腕の中にいたクリフが身じろいだ。
目を開けていた。
「クリフ!」
姫巫女は慌ててクリフに近寄る。その弱弱しい手を握った。
「…………姫様…ありがとう……」
姫巫女のフローラは涙が止まらなかった。
タテは視線をクリフから世界樹に移す。抱えたまま動き出すと傍にキバが現れた。他にも数人召喚されているようでキバの背後には跪いて周囲を守っていた。
タテはそのまま本体に近寄る。手を伸ばせば届く距離に詰めるとクリフと本体が淡く金色に輝きだした。
辺りが金色の輝きで満たされ視認できなくなる。
辺りが視認できるほど輝きが収まるとそこにはさほど変化はなかった。
変化があったのはタテが掌に持っている人形だった。
人形らしく髪など無く無機質な作りで作られた小さな人形だった。
目の前のはりつけにされている少年の瞼がゆっくりと開く。
その青い瞳はやがて理性の光を取り戻してゆく。
同時におびただしい木の根がざわざわと動き出し彼の拘束をゆっくりと解いた。
床に落下しかけるその体を支え抱えたのはキバだった。
「リュウ様!」
キバたちが安堵を浮かべる。
タテは涙を流していたフローラに近寄り人形を差し出した。
「ありがとうございました。お返しいたします」
受け取ったフローラは人形をギュッと抱きしめて離さなかった。
遠くからそれをジッと見届けてから自分を抱えているキバを見た。
「迷惑をかけたな…すまないキバ、ほかのみんなも…」
「いえ……、とんでもございません。迷惑をかけられてこそ我らは嬉しゅうございます」
「迎えに来てくれてありがとう…」
タテが近寄ってきた。
全裸の俺の体を覆うように黒い布をかぶせてくれる。同時に抱え手がキバからタテに変わった。
「本当に覇王殿というわけなのじゃな…」
その日巫女の声に一同は日巫女に注視した。
「お返しくださり感謝しきれません。じきに本国より正式文が届けられると思います」
キバが恭しくお辞儀をして見せる。同時に背後にいた他の者も頭を下げた。
「この後はどうするつもりじゃな?」
「リュウ様の衰弱が激しすぎますのでお身体が戻るまではロビンソンの屋敷で静養することになるかと思います」
「ふむ。噂に聞く移動魔道具とやらで本国に戻るのではないのか。かの屋敷にはその移動魔道具とやらが設置されておるのだろう?」
「知っておられましたか…。寛大な心感謝します」
タテが否定せず軽くお辞儀をした。その言葉の返事をキバが答えた。
「今、この衰弱のまま本国に戻ればたちまち本国全土に危機として通知されますのでそれは避けねばなりません」
「それは…」
「そのような危機を知れば忠臣熱い民たちはこぞってこのエルフ郷に怒りを向けるでしょう。それは本国としても不本意ですので…」
「なるほどな、わかった。滞在とその魔道具の設置を許可しておこう。必要なものがあれば博士を通じてくれればよい」
「ありがとうございます」
「さて用はすんだな。引き上げようぞ」
一同は頷いた。
だがその時、リュウが声を上げた
「すまない…少し世界樹に近寄ってくれないか…」
「リュウ様?」
「世界樹に用があるんだ。触りたいんだ…」
キバがちらりと日巫女を見た。
日巫女は頷いて言った。
「手短にな」
タテは抱えたままさらに世界樹に近寄る。おれは震える手でそっと世界樹に触る。
その直後に世界樹はざわざわと根と共に葉を揺らした。
俺は目を閉じて集中する。一瞬だが金の光が手のひらから世界樹に注がれた。
目を開けて掌を世界樹から離したその時、世界樹から葉がたくさん手に収まる。どうやら世界樹なりの感謝の意を込めたようだ。大切に仕舞った。
「もう、よろしいのですか?」
「ああ」




